第27話 暗殺者の襲撃②
「ふう…やっと片付いたか」
レイナーが大きく息をつき、地面に落ちた短剣を足で払う。ガブリエルはまだ警戒を解かずに剣を構えているが、刺客の大半は既に捕縛され、残りは散り散りに逃走するしかない状況だ。
ユリウスは仲間に合図し、捕らえた刺客の武装を念入りに取り除く。一方、パルメリアは馬車から降り立ち、そっと胸を押さえながら様子を見回した。
(まさか、ここまで露骨に襲撃してくるとは…やはり相手は追い詰められているのね。でも、みんなのおかげで私は守られた)
彼女はふと空を見上げる。月が雲間に見え隠れし、夜露の冷たさを感じさせる風が頬を撫でていく。先ほどまで華やかな舞踏会にいたとは思えないほど、周囲には戦いの気配が残っていた。
やがて、ガブリエルが鋭い眼差しを保ちながら馬を降り、パルメリアのそばへ寄ってくる。
「パルメリア様、ご無事ですか?」
その言葉にパルメリアは深くうなずく。クラリスも馬車から降り、震える手で彼女の腕を支える。
「ありがとう。ほんの一瞬でも、あなたたちが駆けつけてくれなければ危なかったわ」
思わず本音がこぼれ、パルメリアは彼らの顔を見渡す。するとレイナーも微苦笑しながら言葉を継いだ。
「僕も焦っていたんだ。王宮からの帰り道だし、狙われる可能性はあるかもしれないと思ってね。…まさか、本当に暗殺者が出るとは」
その声には、安堵とわずかな苛立ちが混じっている。幼い頃からパルメリアを知るレイナーにとって、彼女を殺そうとする者たちの存在は、許しがたいものだろう。
一方、ユリウスは捕らえた刺客を仲間たちへ預け、改めてパルメリアの前に姿を見せる。
黒髪を夜風になびかせ、普段は過激な革命論を語る彼も、今は静かな声で問いかける。
「パルメリア、ケガはないか? 馬車の中にいたなら、余計に危険だったはずだ」
「ありがとう、ユリウス。クラリスと私は馬車に留まっていたから、大丈夫。ガブリエルやレイナーがいてくれたし、あなたが駆けつけてくれたおかげで助かったわ」
ユリウスは「当然だ」と言わんばかりに視線を伏せる。
革命派のリーダーとして目指す理想は、パルメリアのそれとは多少異なる部分もある。しかし、こうして共闘できる現実が、両者の距離を確実に縮めているのがわかる。
「俺たちが協力すれば、こんな襲撃で脅かされることもない。…君も遠慮せず頼ってくれればいいんだ」
その言葉に、パルメリアはほんのわずかに唇を引き結ぶ。無謀な行動を嫌い、血の流れる革命は避けたいと思っている自分と、武力も辞さないユリウスの姿勢には、やはり大きな違いがある。
だが、この瞬間、彼が確かな仲間として彼女を助けるために動いた事実が、パルメリアの胸を熱くするのもまた本当だった。
暗闇の中、取り押さえられた刺客たちが呻く声がかすかに響く。レイナーとユリウスの仲間たちが縄で彼らを縛り上げ、隙を与えないように監視している。ガブリエルは再び馬上へと乗り、周囲を警戒する態勢を続ける。
一見ばらばらの出自や立場を持つ者たちが、今はパルメリアを守るため力を合わせている。その光景に、彼女は強い感慨を抱かずにはいられない。
(こんなにも頼もしい仲間ができるなんて、前世の私には想像もつかなかった。…だけど、だからこそ、私は皆を巻き込む以上、本気で改革を成功させなくちゃいけない)
パルメリアは自分の手を握りしめ、決意を固めるように深く息をつく。
ふと、クラリスが彼女の袖を引き、心配そうな面持ちで語りかける。
「パルメリア様、ひとまず安全な場所へ移動しましょう。このままでは、また別の刺客が現れないとも限りません」
「そうね。皆と一緒に、少し距離を取りましょう。馬車はどうにか動かせるかしら?」
パルメリアが御者を振り返ると、彼は真っ青になりながらも、かろうじて言葉を返す。
「はい、なんとか…道を迂回すれば、おそらく…」
「では、ガブリエルとレイナー、ユリウスの仲間たちに先導してもらいましょう。すぐに出発するわ」
こうして、パルメリアたちは刺客を捕らえた者たちを背後に配備しつつ、少人数で安全な場所へ向け馬車を進めることにした。
列を整え、夜道を再び進み出した馬車。その速度はゆっくりとしたものだが、さっきの緊張からは幾分解放されている。
ガブリエルは馬車の横を護衛する形で伴走し、レイナーとユリウスはそれぞれ後方や斜め前方に位置して監視体制を敷く。刺客を確保した仲間の一部も加わっており、簡単には再襲撃を許さない布陣だ。
馬車の中で、パルメリアはクラリスと顔を見合わせ、小さく微笑む。
「誰かが言っていたわ。私が危険に晒されるのも、改革を進める上で避けられない代償だって。…だけど、実際にこんな形で襲われると、やはり怖いのは本当ね」
「パルメリア様…」
クラリスは言葉を探すように一瞬視線を落とすが、すぐにしっかりとした目でパルメリアを見据えた。
「だからこそ、私たちも全力でお守りしたいんです。私の研究が何らかの形でお役に立てるなら、いくらでも協力しますし、皆さんも同じ思いだと思います」
「ええ、わかってる。ありがとう」
パルメリアはそう答えながら、窓の外に映るガブリエルやレイナー、そしてユリウスの姿を見つめた。
各々が違う立場や思想を抱えながらも、彼女を守るために剣を交えた。危うい綱渡りのような同盟かもしれないが、今の彼女にとって、これほど心強い存在はない。
(みんなと一緒なら、きっとこの壁も乗り越えられる。暗殺なんて手段に出る相手の正体が、もしベルモント派なら…いや、ほかの陰謀勢力かもしれない。いずれにせよ、私は屈しないわ)
やがて、一行は比較的安全な場所までたどり着いた。街道からやや外れた小さな集落のはずれにある古い家屋が、一時的な休息所として使えそうだという情報をレイナーの仲間が提供していた。
「ここなら周囲が開けていて、敵が近づけばすぐわかる。休むには十分だろう」
レイナーが簡易的に建物を調べ、ユリウスとガブリエルも警戒を続ける。捕らえた刺客たちは、付近の空き倉庫に拘束して閉じ込めておくことになった。
パルメリアは馬車から降りて、草の上に足をつける。ドレスの裾がわずかに夜露で湿るのを感じ、苦笑交じりに小さく息をついた。
(さっきまで、あんなに華やかな舞踏会にいたのに。今はこんな夜道で、暗殺者の血生臭い余韻を味わう羽目になるなんて…)
だが、胸の中にあるのは不思議な充実感だ。仲間たちの連携がなければ、彼女は確実に命を落としていたかもしれない。それを思うと、無事に生き延びられたこと自体が奇跡のように思える。
「パルメリア様、今日はもう休まれたほうがいいかと。今夜は私たちがしっかり見張ります」
ガブリエルが騎士らしい口調で進言する。レイナーも同調し、ユリウスは「捕えた刺客から事情を聞き出すのが先だ」と仲間と相談を始める。
パルメリアは仲間たちに感謝を告げ、暫定的に整えられた室内へと足を運んだ。屋根が古く、床板がきしむが、少なくとも風雨をしのげるだけの静かな空間だ。




