第24話 交錯する想い①
近頃、王太子ロデリック、幼馴染のレイナー・ブラント、革命派のユリウス・ヴァレス、そして騎士のガブリエル・ローウェル――そんな四人が、それぞれ異なる理由と思惑を抱えながらパルメリアへと視線を向けていた。本来、彼女が望んでいたのは、領地を守り民を救うための行動。だが、その積み重ねがいつしか多くの人々を巻き込み、彼女自身がさまざまな感情の中心へと変わりつつある。
(まさか、こんなふうに四人もの男性から想いを寄せられる日が来るなんて……。だけど、今は恋に溺れる場合じゃない。私にはやらなきゃいけないことがあるのよ)
パルメリアはそう自分に言い聞かせながらも、胸の奥にざわつく気持ちを抑えきれないでいる。王太子、幼馴染、革命派のリーダー、そして忠実な騎士――立場も性格も違う四人が、それぞれに彼女へ特別な感情を抱き始めている。
ある夕暮れ、公爵家の館ではこぢんまりとした夕食会が開かれることになった。主だった目的は、「領地の改革状況を外部の有力者に報告し、意見を交わす」という名目だが、実際にはパルメリアの父である公爵が「娘と周辺貴族との関係を整えておきたい」と意図して準備した場でもある。
夕方から執事や使用人が慌ただしく動き回るなか、レイナー・ブラントは早めに館に足を運んでいた。彼は幼馴染としてパルメリアを支え続けてきた一人で、最近は領地経営の相談役のように動いている。
しかし、広間で待機する彼の胸は落ち着かない。まるで何かが胸を締めつけてくるような、言いようのない不安があるのだ。
(王太子殿下がこの場にいらっしゃるって聞いた。……やはり、パルメリアのことが気になるのだろうか。彼女がさらに注目を集めれば、僕なんて下級貴族の次男では到底かなわないんじゃないか)
レイナーはそう自嘲気味に独りごちる。
一方で、室内の壁際にはガブリエルの姿もある。彼は騎士としての役目を果たすため、警備態勢を整えながら、パルメリアが夕食会に臨む間の護衛を任されている。寡黙な彼もまた、最近は特にパルメリアへ向ける眼差しが熱を帯びているように見え、レイナーの眼には「主従の域を超えた信頼関係」を感じさせる光景がかすめる。
さらに、革命派リーダーのユリウスがこっそりと顔を出すという話もささやかれていた。彼は招待状を受け取っているわけではないが、民衆の支持を得るために貴族社会へどう食い込むかを常に考えている節があり、この機会を逃すまいと密かに駆けつけるのではないか――そんな噂が立っている。
(僕はただ、昔のようにパルメリアと一緒に歩んでいたいだけなのに。いつの間に、彼女はこんなに多くの人の注目を集めるほど大きな存在になってしまったんだろう)
レイナーは胸の奥で苦い思いを噛みしめる。
やがて日は落ち、屋敷の大広間には優雅な調度品と灯りが彩りを添える。そこへ人々が集い始めると同時に、王太子ロデリックが侍従を伴って姿を現した。
その瞬間、場の空気が一変する。王太子殿下の到来に、公爵や家臣たちは深く頭を下げ、レイナーも軽く膝を折って礼を示す。ロデリックは慣れた所作で場を見渡し、やがてパルメリアに視線を向ける。
「パルメリア、先日の視察ではいろいろと世話になった。……今日も忙しそうだね」
ロデリックの落ち着いた声音に、パルメリアは静かにうなずく。
「殿下こそ、お忍びだと伺っておりますが、改めてお越しくださるとは驚きました。何か領地にご興味を持っていただけたのでしょうか?」
ロデリックはかすかに笑みを浮かべる。その瞳には、単なる興味以上の好意がうかがえた。
「君が進める改革を、もっと詳しく知りたいと思ったのだ。君がどうやって人々をまとめ、短期間でここまで領地を立て直したのか……私としても学ぶべき点が多いと思うからね」
パルメリアはあえて冷ややかな微笑を浮かべ、形だけの礼を返したが、その内心では「どういう意図で言っているのかしら」と警戒を解かない。王太子の関心が自分に向かい続けるというのは、政治的にも非常に大きなリスクだ。
夕食会が始まり、貴族たちと談笑する王太子を横目に、レイナーは深いため息をつく。
華やかな場に身を置くパルメリアの姿を、遠巻きに眺めるのは切ない。かつては気軽に話せた幼馴染だったのに、今ではこの国の未来を握る存在として、王太子ですら魅了するほどの気品と力を放っている。
レイナーは胸の奥でざわつく感情を抑えきれず、さりげなくテーブルの片隅へ移動する。
(ああ……彼女はいつか僕の届かないところへ行ってしまうのかもしれない)
そんな弱音が口から漏れそうになるが、歯を食いしばって飲み込んだ。王太子を前に無力感を覚える自分が情けなくて仕方ないが、それでも彼女を支えたいという想いは消えない。
そんな中、噂通りユリウスがひそかに館の外に来ているらしいという報告が入る。
ただし、彼は正式な招待客ではないため、館の中に踏み込むことは控えているようだ。どうやら革命派としてパルメリアとの連携を強化するかどうか、様子を探る目的らしい。
館の外にいるユリウスを見つけた侍女の一人が、「ユリウス・ヴァレス様が中へ入りたがっているようで……」と恐る恐る報告すると、パルメリアは小さく息をついて考え込む。
「ここで彼を通せば、王太子との会話の場で鉢合わせになりかねない。それは避けたいわね……」
レイナーやガブリエル、そして父公爵までもがパルメリアの指示を仰ぐ視線を向けている。パルメリアは静かに指示を出す。
「ユリウスには、今日はお引き取りいただいて。それとなく、改めて別の機会を設けると言っておいてちょうだい。騒ぎになるのは避けたいわ」
侍女が「かしこまりました」と頭を下げ、足早に立ち去る。ユリウスの存在自体が、ここにいる保守派の貴族や王太子に露見すれば大問題に発展しかねない。パルメリアは危うい綱渡りを続けていると改めて感じ、胸に冷や汗がにじんだ。
一方、広間の隅ではガブリエルが鋭い視線を巡らせ、王太子や他の貴族の動きを警戒している。彼は決して多くを語らないが、その存在はパルメリアにとって大きな支えとなっていた。
時折ガブリエルと目が合うと、彼は静かにうなずき、まるで「何があっても、あなたを守る」と伝えているかのように見える。先日改めて誓ってくれた「騎士の誓い」が、今も彼女の胸を温かく灯していた。
それが恋かどうかは別にしても、彼の存在が彼女を落ち着かせ、行動を後押ししているのは確かだった。
夕食会が中盤に差し掛かった頃、公爵の計らいでパルメリアが皆の前に立ち、簡潔な領地改革の報告をする場面が訪れる。
彼女は淀みなく言葉を並べ、農業改革の進捗や学舎の設立効果などを説明していく。貴族たちは驚きの眼差しを向け、レイナーも彼女を誇らしく思いながら、少しだけ切なさも感じる。
王太子ロデリックは品のある微笑みを浮かべているが、その瞳には明らかに強い興味と好意がにじんでいた。まるで「もっと話を聞きたい」と言わんばかりに微動だにせず、パルメリアを見つめ続けている。
ガブリエルは広間の隅で警戒態勢を崩さないが、その視線も彼女に注がれていることがわかる。まるで「いつでも来い」とばかりに、危険に対して細心の注意を払う姿が頼もしい。
(私が何かを言うたび、四人それぞれが違う想いで応えてくれる。それが嬉しいけど、同時にどうしようもなく切ない。今は国の未来を最優先に動くと決めた以上、私に恋を選ぶ余裕なんて……)
パルメリアは自分に言い聞かせるように心を叱咤する。「今は恋など後回しにしなければならない」と。




