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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第一部 第3章:恋と葛藤

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第23話 騎士の誓い①

 幾度もの改革案や来客への応対を終え、薄闇に包まれたコレット公爵家の館には静寂が漂っていた。廊下を巡回する足音もほとんど途絶え、遠くから聞こえるのは夜警のかすかな声だけ。そんな夜更けの時間帯、パルメリアはまだ執務室に残り、机いっぱいに広げられた書類に目を通している。


 ランプの小さな炎がかすかに揺れ、青白い月光が窓辺に落ちていた。深夜の冷気が肌を刺激し、頬にかすかな寒さを感じさせる。けれど、彼女の胸の奥には絶えず熱が渦巻いていた。腐敗と戦うために日々重ねている努力、幼馴染のレイナーや革命派のユリウス、そして王太子ロデリックの存在――いくつもの要素が入り混じり、パルメリアの心を絶えず揺さぶるからだ。


(領地を守るだけじゃなく、この国そのものが変わるかもしれない。けれど、そうなれば保守派や王宮からの圧力はさらに強まるはず。……それでも止められないのが現実なのよね)


 彼女は書類に視線を戻す。改革関連の報告や資金繰りの記録が、これでもかというほど積み上がっている。ほんの少し前なら考えられなかった規模の変化が、コレット領のあちこちで起きているのだ。


 その一つひとつに目を通しながら、パルメリアは自分の中に生まれた強い意志を再確認する。腐敗を断ち切り、多くの人を救うための行動――それが彼女の掲げる大義だ。たとえそれが、大きな危険を伴うと分かっていても。


 やがて夜も更けきった頃、控えめなノックが執務室の扉を静かに叩いた。すでに深夜を回っているはずだ。パルメリアは警戒とともに「入って」と声をかける。少なくとも、この時間帯に訪れるのはよほどの急用か、彼女にとって重要な用件を持つ者に違いない。


 扉の隙間から姿を見せたのは、騎士の鎧を纏ったままのガブリエル・ローウェルだった。深々と礼をした後、低い声で問いかける。


「パルメリア様、まだお仕事中でしょうか。先ほど巡回を終えましたが、特に不審な動きはありませんでした。……しかし、夜も遅いので、お身体を大事にしていただきたいと思いまして」


 パルメリアは思わず苦笑を浮かべる。


「わかっているわ。でも、あともう少しだけ書類を確認したいの。明日になってしまうと、また別の予定で時間が取れなくなるから」


 ガブリエルは黙ってうなずくと、部屋の中へ静かに足を進めて扉を閉める。その動作にまったく無駄がなく、騎士として磨かれた所作の美しさを感じさせる。


 一見無表情なその顔は、よく見るとどこか険しさと悩みを帯びているようにも見えた。パルメリアは彼の様子が普段より落ち着かないことに気づき、机上の書類から目を離してガブリエルに向き直る。


「……どうかしたの? 今夜は普段にも増して、警戒しているように見えるわ」


 ガブリエルはわずかに躊躇うそぶりを見せてから、静かに答える。


「最近、屋敷の近くで不審者の影が報告されることが多いのです。保守派や革命派、そのどちらでもない裏の勢力が動いている可能性も考えられます。パルメリア様のお身を守る上で、私が騎士として徹底して警戒しておくべきだと考えております」


 彼の声には揺るぎない誠実さがにじんでいる。それでも、その奥にある不安がパルメリアには感じ取れた。


 いまや、コレット領の改革は王都や周辺貴族の間でも話題になっており、敵対勢力がこっそりと暗殺や妨害工作を企ててもおかしくない状況だ。確かに、平穏な夜であっても、いつ襲撃があるか分からない。そんな中、彼女が深夜まで執務室に残っているのは、護衛の側からすれば気が気ではないだろう。


「あなたがそこまで心配してくれるのはありがたいけど……今はまだやることが山積みなの。大丈夫、私を狙う刺客がいても、あなたがいるわよね?」


 少し冗談めかして言ったつもりだった。しかし、その言葉にガブリエルはむしろ神妙な表情を深める。次の瞬間、彼は深く頭を下げ、真剣そのものの声で口を開く。


「パルメリア様、改めてお伝えしたいことがあります。……私は先日も申し上げたように、どのような危険が迫ろうとも、パルメリア様をお護りする覚悟です。ですが、今日、もう一度その誓いを、はっきりと示させてください」


 言い終わるやいなや、ガブリエルは膝をつき、その姿勢はかつて騎士団で行われる「忠誠の儀」を彷彿とさせた。


 パルメリアは息を呑む。これまでもガブリエルは忠実に彼女を護ってきたが、こうして言葉にして「誓い」を立てるのは初めてかもしれない。まるで騎士団での式典のような厳粛な空気が、狭い執務室を満たした。


「私は、パルメリア様の盾となり剣となり、命を懸けてお護りすることをここに誓います。たとえどれほど強大な敵が立ち塞がろうと、私が斬り裂いてみせる。……それが、私自身の正義を貫くことでもあります」


 ガブリエルの言葉は決して多くはないが、その一つひとつに重みが感じられる。彼の過去――騎士団で腐敗を糾弾し、結果として左遷された経緯を思えば、彼がいかに「正義」を大切にする人間なのか、痛いほど分かる。


 パルメリアは立ち上がり、彼に近づいた。その場に膝をつくガブリエルの肩にそっと手を置き、静かに微笑む。


「……ありがとう、ガブリエル。あなたの覚悟は痛いほど伝わったわ。私も、あなたの思いを無駄にしないよう、何が起きても正面から立ち向かうつもりよ」


 彼がどれほどの逆境に耐え、自分の信念を曲げなかったか、その片鱗をパルメリアは感じ取っている。新たな改革を進め、国全体の体制を揺るがす道へ踏み込むなら、彼が再び不当な扱いを受ける可能性もある。だが、それでも彼は退かないと言うのだ。


 ガブリエルが起き上がると、パルメリアと目が合った。騎士として仕えているとはいえ、彼の瞳には単なる職務以上の強い意志が宿っている。


 それは時に、彼女の心を戸惑わせるほどの情熱をはらんでいる。恋愛感情かどうかは分からない。だが、パルメリアにはレイナーやユリウス、そして王太子ロデリックとの繋がりもある。そんな状況のなかで、ガブリエルまでが「ただの護衛」を超えた思いを示してくれると、彼女の胸には様々な感情が一気に押し寄せてくる。


(私は、誰かに守られるだけの存在でいたくはない。でも、こうして誓ってもらえると、心が熱くなるのはなぜ……?)


 内心の揺れを隠すように、パルメリアは少しだけ笑みを浮かべる。するとガブリエルは目をそらさず、静かな声で続けた。


「もし、今後王太子や革命派との衝突が避けられないとしても、私は決してパルメリア様を裏切りません。……たとえ自分の身にどんな危険が降りかかろうとも、それを恐れて逃げる気はありません」


 王太子ロデリックとの微妙な関係、ユリウスが秘める革命の炎、そしてパルメリアを巡る噂――どれもが大きな嵐を呼び寄せそうな気配を漂わせている。ガブリエルは、それらすべてを飲み込むように「守り抜く」と誓う。その言葉は綺麗事だけでは済まされない現実味をもって、彼女の心に響く。


 パルメリアは執務室の奥へ歩みを進め、窓際に立った。外は深い夜で、遠くの空には雲がかかり、星すらほとんど見えない。薄く光る月が、中庭をぼんやりと照らしている。


 ガブリエルもまた、彼女の後ろに控えるように立ち、夜の風景を見つめる。二人きりの静謐(せいひつ)な空間――ここでなら、余計な人の目を気にせず本音で会話を交わせる。


「……ガブリエル、あなたは私にとって大切な仲間であり、護衛騎士よ。でも、もし私がさらに大きな改革を志し、王宮や貴族社会を本気で揺るがすようなことになれば、あなた自身にも大きな危険が及ぶでしょうね。それでも、離れていく選択肢だってあるのよ?」


 あえて突き放すような言葉を口にするのは、パルメリアの優しさとも言えた。もしガブリエルが早々に身を引けば、危険から逃れられる可能性があるからだ。しかし、彼は揺るがない。


「私は、かつて騎士団で腐敗に立ち向かいましたが、結局は追われる身となりました。それでも、あのときの行動を後悔したことはありません。パルメリア様がこの国を変えようとするなら、たとえ王宮全体を敵に回すことになっても、私が剣を握り続ける理由になります」


 その静かな声は、パルメリアの胸に深く染みる。言葉数は多くないが、その一つひとつに揺るぎない決意がこもっていた。

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