第21話 共鳴する理想①
ユリウス・ヴァレスという革命派の青年と、パルメリアが初めて顔を合わせてから幾日かが過ぎた。
コレット領の別邸に足を運んだ彼は、パルメリアの改革に共感しつつも、決して穏健なだけでは済まない手段をチラつかせる危険な男であることを隠さなかった。普通なら、保守派や王太子ロデリックとも衝突しかねない革命派を真っ先に警戒して遠ざけるのが無難なところ。
しかし、パルメリアはユリウスに対して「絶対に切り捨てるわけにはいかない」という本能的な感覚を覚えつつあった。腐敗に抗する情熱、その輝きがあまりにまっすぐで眩しかったからだ。
ある日の午前、薄曇りの空からわずかに陽射しが差し込むなか、パルメリアが書類整理をしていると侍女が駆け込んできた。
「お嬢様、ユリウス・ヴァレス様がお越しです」
その名にパルメリアは眉をひそめながらも、即座に応接の準備を指示する。再度訪ねてくるとは早い。だが、先日交わした会話の内容を考えれば、珍しくもないかもしれない。
(前回は互いの立場を探り合うだけで終わった。でも、今度は何を話しに来たのかしら)
少し胸の奥がざわつくのを感じつつ、パルメリアは別邸の応接室へ向かう。ドアを開けると、そこには黒いマントを脱いだユリウスが待っていた。相変わらず、貴族にはない粗削りな雰囲気を漂わせながらも、どこか礼節をわきまえた立ち姿には不思議な気品がある。
「またお会いできて嬉しいですよ、パルメリア・コレット様。先日はお時間をいただき、感謝しています」
彼の声には、以前よりもわずかに柔らかな響きが感じられた。パルメリアは静かに椅子に腰を下ろし、「ご丁寧にどうも」と淡々と応じる。
部屋の窓からは薄い光が差し込み、室内を明るくはしているが、どこか曇った天気と同じように、二人の間には重苦しい空気が流れている。
ユリウスは前回とは異なり、今日は幾分丁寧に言葉を選んでいるようだった。テーブルの上に簡単な地図を広げ、都市部の困窮や農村での権力者の横暴など、様々な実態を報告する。
「君のコレット領の改革は、大いに注目されている。民衆を直接説得し、農業や教育の改善を進めていると。俺たち革命派が目指すのも、それと同じ『腐敗を一掃し、人々が自由に生きられる国』だ」
パルメリアは地図上に示された都市部の様子や、人々がどれほど過酷な搾取に苦しんでいるかというデータに目を落とす。
「確かに、こんな実態を放置すればいずれ社会の破綻は避けられないわね。……でも、あなたたちのやり方は、時に暴力をも辞さないのではないかしら?」
ユリウスは噛みしめるように唇を引き結ぶ。激しい抵抗をする姿ではなく、どこか複雑な苦悩がにじんでいる。
「力を使わずに済むなら、それに越したことはない。だけど、この国の腐敗は根深い。平和的に改革を重ねるだけで本当に変わるか、俺は疑問に思う」
「ええ、私だって楽観しているわけじゃない。けれど、今のところは改革が成果を出し始めている。だからこそ、無闇に血を流す道は避けたいの」
意見が対立するかに見える二人だが、その根底には「腐敗を見過ごさずに行動したい」という強い意志が共通していた。パルメリアは自分でも驚くほどユリウスの考え方に共感している部分を感じる。ユリウスもまた、彼女の穏健な方法を一蹴できずにいる。
熱のこもった議論がしばらく続いたあと、一息ついたように沈黙が落ちる。
パルメリアは立ち上がり、窓際へ移動する。曇天ながら、外にはコレット領の整然とした畑や学舎の建物が見え、それらが改革によって息を吹き返している証拠でもあった。
「私がやってきたことは、大貴族に舐められないための策でもあるし、領民を守るための挑戦でもあるわ。……あなたの言葉を聞いていると、私のやり方はぬるいと思っているのかもしれないけれど、それでも成果は出ている。少なくとも今はね」
ユリウスは椅子に腰を下ろしたまま、静かな瞳で彼女の後ろ姿を見つめる。
「ぬるいとは言わない。むしろ、君の実行力を尊敬している。正面から領民に接して、こんな短期間に結果を出したのは並大抵のことじゃない。だからこそ問いたいんだ。なぜそこまで穏やかな方法にこだわる?」
パルメリアは振り向き、彼の鋭い眼差しと交差する。心臓がどきりと音を立てるのを感じる。ユリウスの問いは、まるで「どうして武力行使に踏み切らない?」と突きつけるようでもあり、同時に「君は何を本当の理想としている?」と問うているようでもある。
「……私は、血を流すだけが手段だと思っていない。確かに腐敗は深刻よ。でも、混乱を招けば庶民や子どもたちが最も大きな被害を受ける。私の理想は人々が笑顔で生きられる世界で、そのためには多少の時間がかかっても、できる限り秩序を保ちながら変革を進めたいの」
その言葉を聞いたユリウスの表情が、ほんの少しだけ和らぐ。
「そうか……君には君の正義がある。俺たち革命派だって無闇に血を流したいわけじゃない。声を上げなければ変わらないから、時に強硬策を使わざるを得ないと思っているだけだ」




