第20話 危険な共闘②
パルメリアは椅子から立ち上がり、ユリウスと同じように窓の外へ視線を移した。黒雲が垂れこめる空に、わずかな光が差し込む気配はない。しかし、彼女の目には、遠くにかすかに見える領地の人々の姿が浮かぶ。
彼らが懸命に働き、新しい農法や学舎で学び始める姿。それが彼女にとって、どれほど尊く、守りたい風景になっているかを改めて感じる。ここで危険を伴う革命を選んだら、その笑顔を失うことにならないだろうか――そんな不安が胸を締めつける。
(私が築いてきた改革の成果を、むざむざと戦火にさらすわけにはいかない。けれど、ユリウスの言うことも一理ある。地方や都市部で苦しむ民を見捨てるのは、私の理想とも矛盾する……)
考えれば考えるほど、難しい選択を突きつけられていることを痛感する。彼女はユリウスの方へ振り返り、切実な声で問いかける。
「あなたが望む『共闘』って、具体的にはどうするつもりなの? 私にとって領地を守るのが最優先。何もかも壊して犠牲を増やすような革命には賛同しかねるわ」
ユリウスは少し苦い表情を浮かべながらも、彼女の問いに応じるように言葉を選んだ。
「今すぐ武装蜂起をしようという話じゃない。民衆が蜂起しても混乱を招くだけなら無意味だ。だからこそ、コレット領のように改革に成功している地域と連携し、正当な形で社会を変えられる可能性を探りたいんだ」
その言葉にパルメリアの胸は小さく高鳴る。やはり、ユリウスは一方的な暴力だけを求める過激派というわけではないらしい。彼にも、彼なりの理想と方法があるようだ。
だが、パルメリアは完全に警戒を解くわけにはいかない。過去のゲーム知識が頭をよぎり、ユリウスが後に過激な行動を取る展開を思い出す。ここは慎重に見極めるべきだと、心のなかで自分を諫める。
彼女は再び椅子へ腰を下ろし、落ち着いた声で言う。
「その『正当な形』を明確に示してもらえれば考えやすいのだけど。……あなたの革命派が本気で血を流さない方法を模索しているなら、私も話を聞く用意はあるわ。けれど、私のやり方まで否定されるなら、協力はできない」
ユリウスは真剣な瞳でパルメリアを見返し、一瞬だけ逡巡する様子を見せる。どうやら彼自身も、完全に「平和的な道」を信じているわけではないのだろう。腐敗に苦しむ民衆を見てきた経験が、強硬策を捨てきれない理由になっているのかもしれない。
「……わかった。すぐに形を示せるわけじゃないが、俺としても不用意に血を流したいわけじゃない。いずれまた詳しい話をしてほしい。君が国全体を変える可能性を秘めているなら、俺たちの力が必要になることもあるはずだ」
その台詞は、脅しでも誘惑でもなく、強い確信から出ている言葉だ。パルメリアは静かにうなずき、「要件が済んだなら、そろそろお引き取りを」と促すように視線を向ける。
ユリウスは一度深く頭を下げ、「また近いうちにお目にかかりたい」と言い残して部屋を後にした。
応接室に一人残されたパルメリアは、少し遅れて息を吐き出す。ユリウス・ヴァレス――噂でしか知らなかった革命派のリーダーがこうして直接接触してきた事実は、彼女の心を大きく揺らす。腐敗を止めたい想いは重なり合うのに、その手段やリスクには大きな溝があるように感じた。
ユリウスの熱い言葉と、その奥にある冷静な判断力。その両方が危ういバランスで混在している。武力に頼るのはできるだけ避けたいが、彼の言うように体制を根本から変えなければ、民衆を救いきれないかもしれない――そういう考えも否定できないのが実情だ。
彼女は机に肘をつき、そっと瞳を閉じる。王太子ロデリックも、改革への興味を持っていた。一方、革命派のユリウスも、コレット領に強い関心を抱く。対極にいるようでいて、どちらも腐敗を変えようとしているのかもしれない。自分はどの道を選ぶべきなのか――それを決めるには、まだ多くの情報と時間が必要だ。
(危険だけれど、未知の可能性も大きい。私の改革が国全体に波及すれば、王太子も革命派も放っておかないでしょうね。でも、その先には大きな波乱が待っている……)
さらに、彼女の心を複雑にするのが“恋愛要素”の存在である。王太子ロデリックとの奇妙な「探り合い」、そして幼馴染のレイナーからの「切ない想い」――そんな感情が混ざり合うなかで、今度は「革命派のリーダー」という強烈な存在が現れた。
ユリウス自身は恋愛の絡みこそないものの、強烈な熱意や鋭い眼差しがパルメリアの中に不思議な共感を呼び起こす。まるで「腐敗を許せない」という共通の情熱が、ロマンチックな興味とも結びつきかねない――そんな淡い想像すら頭をかすめる。
(私がこんな気持ちを抱くなんて、馬鹿馬鹿しいわ。今は領地を、そして改革を……でも、彼の言葉の力は確かに強い。この国を変えるには、ああいう情熱も必要なのかもしれない)
つぶやくように思いを巡らせながら、パルメリアはさらに深い混乱を感じる。ロデリックとの駆け引きやレイナーとの切ない関係に加えて、ユリウスという「革命を掲げる男」が示す別の道――どれもが彼女を引き寄せ、あるいは試そうとしているように思えた。
しかし、どれほど迷おうと、パルメリアが選ぶ最終的な道は「コレット領を守り抜く」という一点に尽きる。王太子や革命派、保守派など、どんな相手が来ようと、彼女自身が掲げる理想を捨てるつもりはない。
ユリウスと話した短い時間で、彼女はそんな自分のぶれない基盤を再認識したとも言える。もし彼の言葉が真実なら、革命派との「危険な共闘」によって、彼女が望む改革がさらに進むかもしれない。だが、そのためにはユリウスが推し進める武力行使をどれだけ抑えられるかが鍵になるだろう。
(革命派が本当に血を流さずに国を変える道を見いだせるなら、私も協力を考える。だけど、そうでなければ、たとえ同じ敵を持つ仲間だとしても、手を取るわけにはいかないわ)
思考を巡らせながら、パルメリアは椅子に深く腰を下ろす。窓の外で、曇った空がわずかに光を漏らし始めていた。雨が降り出すかもしれない――そんな気配を感じるが、今の彼女には外の天気を気にする余裕はない。ユリウスがもたらした“革命”の二文字が、頭から離れそうにないのだ。
気がつけば、パルメリアは内心で「彼となら、あるいは……」と考えている自分がいることに驚いた。もともと穏健な改革を目指す彼女にとって、革命派との提携はリスクが大きすぎるはず。しかし同時に、ユリウスの熱に満ちた瞳を思い出すと、腐敗への怒りと悲しみを共有している感覚が沸き上がる。
仲間となり得るのか、あるいは最後まで相いれない相手になるのか――それはまだわからない。だが、ユリウスの持つ「民衆を動かす力」は、保守派だけでなく王太子ロデリックすら凌駕しうる可能性を秘めている。それを思うと、恐怖と同じくらいの好奇心や期待が湧いてくるのだ。
「……危険すぎるわね。でも、動かずにいれば、私の改革だっていつか行き詰まるかもしれない。国を変えたいのなら、彼のような人の存在は無視できない」
自分のつぶやきが静かな応接室に響く。聞いているのは誰もいない。パルメリアは立ち上がり、もう一度窓の外を見やる。灰色の雲の下、彼女の領地は確かに少しずつ変わり始めているが、この先にはさらなる困難が待ち受けていることは明白だ。
応接室を出ると、廊下には家令のオズワルドが控えていた。彼は目でパルメリアに問いかける。「先ほどの客人、いかがでしたか」と。
パルメリアは小さく首を振り、「まだ見極めが必要ね。でも、侮れない相手だわ」と言葉少なに答える。家令の渋い表情を見るに、オズワルドもユリウスとの接触はリスクが大きいと感じているのだろう。
それでも、今のパルメリアにとっては、保守派や宮廷内の力学だけでなく、革命派の動向も無視できないほど情勢が動いているのが現実。むしろ、ユリウスの登場は必然だったのかもしれないとさえ感じる。
こうして、パルメリアはユリウス・ヴァレスという名の革命派リーダーと直接対峙した。彼が示す共闘の道は危険を孕みながらも、国全体を大きく変える可能性を秘めている。血を流すのか、あるいは穏健な方法で変革を進められるのか――その分岐点に立つのは、やはりパルメリア自身にほかならない。
ユリウスは帰り際にこう言っていた。「腐敗を見過ごせないという点では、俺たちも君も同じだろう。いつか本気で力を合わせる日が来るかもしれないな」と。パルメリアはその言葉を反芻し、複雑な感情を胸に抱えたまま、短く答えを返しただけだった。「ええ、そうかもしれないわね」と――。
危険な共闘に手を染めるか、あるいは別の道を探るのか。パルメリアの胸にはまだ迷いがある。しかし、腐敗を許さないという点でユリウスと共感できる部分があるのも事実。この先どう動くかによっては、保守派だけでなく王太子ロデリックとの関係にも大きな影響を及ぼすだろう。
(危険だけど、新たな可能性でもある……。私はこの領地を守るために生きている。それが国全体の改革につながるなら、手段を慎重に選びつつ行動するしかない)
パルメリアは自室へ向かう廊下を歩きながら、そんな決意を固めていた。恋愛、政治、改革、革命――あまりにも多くの事柄が一度に押し寄せ、彼女を試しているかのようだ。
だが、どんなに困難な道であろうと、彼女は自分で決断し、前に進むしかない。ユリウスの求める“革命”に巻き込まれるのか、あるいはそれを自らの改革に組み込み、穏健な変革に活かすのか――その選択によって、国の未来は大きく揺れ動く予感がある。
こうして、応接室での短い対話は、パルメリアに新たな覚悟と大きな宿題を残して幕を下ろす。「共闘」という言葉に潜む危険な香りと、そこに宿る希望の種。彼女はそれを胸に抱きながら、また一歩、自分の道を切り拓くために歩み続けるのだった。




