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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第一部 第3章:恋と葛藤

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第19話 月明かりの誓い②

 中庭の噴水がかすかな水音を立て、夜の冷たい空気を和らげる。月明かりが二人を照らすなか、パルメリアはレイナーの言葉をじっと聞いていたが、やがてゆっくりと視線を上げる。


 彼女の瞳には戸惑いと、ほんの少しの揺らぎ――そしてかすかな感謝の色が混ざっている。それを読み取ったレイナーは胸が熱くなり、思わず一歩踏み出して彼女との距離を詰めそうになるが、ぎりぎりで踏みとどまる。


「ありがとう、レイナー。あなたが側にいてくれるのは本当に心強いわ。けれど……恋愛感情にまで向き合えるだけの余裕は、まだないの。私自身が納得できるまで、この道を進むしかない」


 パルメリアの声にはかすかな震えがある。それは切ないながらも強い意志の表れだ。夜風が彼女の髪をそっと掻き上げ、月光の下で金色にきらめかせる。レイナーはその光景に見とれそうになるが、同時に胸を突き上げる切なさが耐えがたいほど増していく。


 このまま言葉を重ねれば、互いの感情があふれ出してしまう――レイナーはそんな予感を抱き、かすかに視線をそらす。自分がここで「諦めない」と強く抱きしめるような真似をしても、きっと彼女の重荷になるだけだと分かっているからだ。


 パルメリアもまた、彼がどう想っているかを痛いほど理解できる。けれど、今の彼女は王太子との駆け引き、保守派との衝突、さらに革命の火種という不穏な動き……さまざまな要素に心をすり減らしながら、領地を守ることを最優先にせざるを得ない。


(もし平和になったら……私がゆっくり恋を考えられる日が来たら……そのときは、ちゃんと向き合えるのかしら)


 心の奥でそうつぶやきながら、パルメリアは静かに微笑む。レイナーも小さく息をつき、愛おしさと苦しさが入り混じる表情を浮かべて彼女を見つめる。月明かりのなか、二人の視線が重なっては離れ、互いの言葉を求め合いながらも最後の一線を越えない。


 どれほど経っただろう。パルメリアは書類を抱え直し、ふと夜空を見上げる。大きな月がまるで舞台照明のように、中庭を青白い光で満たしている。レイナーも同じように空を見上げ、淡く霞む星々を眺めた。


「……ごめんね、こんな時に。変なことを言ってしまって」


 レイナーが小さく唇を震わせると、パルメリアは首を振る。「いいのよ。あなたが素直に気持ちを話してくれて、むしろ嬉しいわ」と返す彼女の声はやや掠れ、疲れがにじむものの、心からの思いがにじんでいる。


 レイナーはそんな彼女の横顔に再度目をやる。気丈に振る舞いながらも、その細い肩には多くの責任と期待がのしかかっていることを知っているからこそ、何も言えない自分が歯がゆい。それでも、彼女が「嬉しい」と言ってくれたのなら、少なくとも嫌われたわけではないとわかる。


「そろそろ行くよ。君こそ、あまり夜更かしはするな。体を壊したら大変だから」


 少し震えた声でそう言い残し、レイナーは踵を返して歩き始める。パルメリアも「ありがとう。あなたこそ気をつけてね」と小さくつぶやき、夜の庭を後にしようとする。


 互いに見合うようにして小さな頭の下げ合い。距離はわずかに詰まったようで、まだ届かない場所にいるかのような、もどかしい空気が残されるばかりだった。


 レイナーが庭の出口へ向かう背中を、パルメリアは静かに見送る。あの頼りがいのある幼馴染が、今やどんな思いを抱えているのかは、痛いほどに伝わる。彼女もまた、胸がきしむような切なさを感じながら、しかしそれを抑えて前を向くしかない。


 夜風が薔薇の香りを運んでくる。中庭の噴水の水音がかすかに響き、月の光が二人の背中を照らしては、一方を邸内へ、一方を屋敷外へと導くかのようだ。


 結局、二人の間には「いつかは」という約束めいた空気だけが残る。恋心を完全に否定するわけでもなく、かといって受け入れる余裕もない状況で、それでもお互いを必要とし合っている――そんな微妙なバランスに引き裂かれそうな思いを抱きながら、二人はそれぞれの道へ足を進める。


「いつか、もっと余裕ができたら……きちんと向き合えるのかしら」


 パルメリアは誰にも聞こえない声でそうつぶやき、夜空を一瞬だけ見上げる。月の光が、その金色の瞳にわずかに涙のような輝きを宿しては、すぐに消えていく。すぐそばにあるはずのレイナーに手を伸ばせない――そんなもどかしい胸の痛みが、彼女をほんのしばし立ち止まらせる。


 一方、屋敷の外へ向かうレイナーは暗い庭を歩きながら、自分が一体何をするべきなのかを探していた。幼馴染だからこそ彼女の苦労をよく知っているし、だからこそ助けになりたい。しかし、恋心まで抱いてしまった今、もう単なる「支え」では物足りない。それでも、彼女の負担になるわけにはいかない。


 月の光が中庭を白く照らすなか、二人は互いにすれ違うように離れていく。しかし、その背中はどこか同じ夜の星空を仰いでいて、いつか同じ場所で再び向き合う日を待ち望んでいるかのようにも見えた。


 屋敷の灯りがひとつ、またひとつと落とされていき、静寂が深まっていく。パルメリアは結局、抱えた書類を確認するため執務室へと戻り、デスクのランプを灯す。頭の片隅でさきほどのレイナーとの会話が繰り返され、心がざわつくのを抑えられないが、「明日も早い」という現実が彼女を机へ向かわせる。


 レイナーの言葉は、暖かくも苦しく胸を締めつける。彼女は唇をかみしめて、書類に集中しようとするが、なかなか文字が頭に入ってこない。


(気を抜いたら、一気に感情があふれてしまいそう……今の私は、恋に揺れる余裕はないはず。わかっているのに、どうしようもないわ)


 そんな葛藤が胸を巡るまま、時折ペンを止め、瞳を閉じる。月明かりの下、レイナーの切実な面影が浮かんでは消え、彼の声が耳に残る。


 それでも彼女は前に進むと決めたのだ。王太子という存在にすら簡単に屈しないように、この領地を救うために。恋心もときめきも、今はほんの少し脇へ置くしかない。


 こうして、月明かりの中庭で交わされたわずかな言葉は、二人の想いのすれ違いと約束を象徴するかのようだった。レイナーが己の胸に芽生えた愛情を自覚し、パルメリアがそれに応じるだけの余裕を持てない――けれど互いに離れられない存在であることもまた、はっきりしている。


 夜が深まるほどに、静寂は二人の切なさを際立たせる。しかし、その切ない感情こそが、レイナーに「もっと強くなりたい」という決意を抱かせ、パルメリアに「いつかは恋に向き合う時が来るのだろうか」という希望を残す。


 月が陰り、夜が明ければ、また改革に向けた忙しい日常が始まる。愛の痛みを抱えながらも歩むしかない――それが二人の現実だ。


 この夜、言葉にならなかった想いが、穏やかな夜空に溶け込んでいく。いつの日か、それが形を持って二人の未来を照らすかもしれない。ときには夜風が冷たくても、やがて訪れる夜明けを信じて――二人はそれぞれの場所で、一瞬の切なさとほのかな温もりを胸に秘め、歩き続けるのだ。

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