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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第一部 第3章:恋と葛藤

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第16話 王太子の来訪②

 ロデリックの来訪に、周囲の貴族や家臣たちは少なからず動揺を見せている。廊下を行き交う足音は落ち着かず、低い声でささやき合う様子が目につく。


「まさか王太子殿下がわざわざこの辺境まで……何を考えておられるのだろうか」

「お嬢様の改革があまりに目立つから、お咎めが来たのではないか?」


 そんな噂めいたささやきが広がるのを感じながらも、パルメリアは内心で冷静さを保とうと努力する。もともと改革が進めば、王太子の耳にも届くだろうし、いずれこういう形で接触があることはある程度予想していた。それが思ったより早かっただけの話だ――と自分に言い聞かせる。


(殿下がどういう目的で来たとしても、私がやるべきことは変わらないわ。改革の成果を示し、必要なら協力を取り付ける。あるいは、余計な干渉を防ぐために毅然と対処する。それだけのこと)


 しかし、一方で彼女の中には得体の知れない緊張感が生まれている。前世のゲーム設定を踏まえれば、ロデリックは腐敗に疑念を抱きながらも、王太子としての責務を背負う複雑な存在だったはず。もし本当に同じ人物像を持っているとしたら、彼がパルメリアの改革をどう受け止めるのか――それは正直、想像がつかない。


 それに加え、王太子ロデリックの容姿と雰囲気は、実際に目にすると否応なく目を奪われるほどに洗練されていた。灰がかった金髪と深い色を宿す瞳には、一見冷徹とも取れる鋭さがあるが、その奥には何か探究心にも似た輝きが潜んでいる。


 ほんの一瞬、パルメリアはその瞳が「自分と似た何か」を抱えているように感じ、とっさに視線をそらしてしまった。自分を慌てさせるなんて、まさか王太子がここまでの存在感を放つとは……と、わずかに頬が熱くなる。


(こんなの馬鹿馬鹿しい……王太子だからといって動揺している場合じゃないわ。私は私の務めを果たすだけ)


 自分を叱咤(しった)するように、彼女はもう一度ロデリックの横顔を見やり、かすかに微笑む。だが、その柔らかな笑顔は、ロデリックの冷静な眼差しを受けると、小さくはね返るような錯覚があった。


 やがて、ロデリックとパルメリアは執務室の一角で互いのあいさつを交わし、領内視察の詳細をざっくりと確認する。もっとも、ロデリックは視察と称しているが、その日程には細かい意図がありそうな雰囲気が漂う。


 ロデリックが確認書をオズワルドに手渡しながら淡々と言う。


「明日、領内の数か所を直接見て回りたい。無論、貴公たちの都合はあるだろうが、あまり大勢を引き連れて行くつもりはない。最小限の同行人だけで十分だ」

「はい。かしこまりました、殿下。詳細は今夜のうちにお伝えしますので、不備な点がございましたら遠慮なく仰ってください」


 オズワルドが低頭する横で、パルメリアは軽く息を吐く。視察コースがどこに設定されても、彼女は領主代理として同行しなければならない。王太子の立場を考えれば、彼を放っておくわけにはいかないし、むしろ自分の改革を直接見せる良い機会かもしれない。


(ここは逆に、私の取り組みを正しく知ってもらうチャンスよ。殿下に味方してもらえれば、保守派との衝突も多少は緩和できるかもしれない)


 期待半分、警戒半分。しかし、パルメリアはどんな結果になっても対応できるだけの準備を進めるつもりだ。すでに幾度も障害を乗り越えてきた経験が、彼女の心を強くしている。


 そんな彼女の内面を知ってか知らずか、ロデリックは視線をパルメリアへ向け、落ち着いた声で告げる。


「コレット領の姿を自分の目で確かめたい。噂と現実に違いがないか、そして公爵令嬢――いや、パルメリア……君自身がどんな人なのかも見たいと思っている」


 唐突な呼び捨てに、一瞬パルメリアの胸がざわつく。王太子に名前を直接呼ばれたという事実が、どうにも奇妙な感覚を与えるのだ。彼は柔らかな微笑すら浮かべず、むしろ冷静なままその言葉を発しているからこそ、なおさら心を乱される。


 こうして、ロデリック王太子の来訪が本格的に始まることになった。だが、実際に領地を巡るのは翌日以降――いよいよその時が迫っている。


 夜になり、パルメリアは執務室で地図や資料を広げ、どの村や町を案内すれば改革の実情を的確に示せるか検討していた。保守派に対する牽制もあるし、王太子が保守派の立場に傾けば、視察そのものが自分の足元をすくうことになるかもしれない。それでも彼女は、自らの取り組みを見せることに賭ける価値があると判断している。


(私の改革が、ただの思いつきや幸運の産物ではなく、理にかなったものであることを殿下に示せば、王都のほかの貴族たちにも少しは認められる可能性がある。もちろん、彼が何を考えているかはわからないけれど……)


 窓の外はすっかり暗くなり、灯りを落とした廊下を見回ると、使用人たちも視察の準備に奔走している音がかすかに聞こえる。パルメリアは机に肘をついて考え込む。


 王太子ロデリックは、腐敗に飽き飽きしている王太子としての側面を持つかもしれないし、単に自分の権威を確かめようとしているだけかもしれない。いずれにせよ、彼女と体制を象徴する存在である彼とが出会うことで、何か大きな変化が生まれる予感がぬぐえない。


 夜も更けて、パルメリアは部屋へ戻ると、侍女たちが視察当日に着るドレスや簡易装備を用意しているのを横目に見ながら、自分の机に向かって静かにペンを走らせる。


 ――「視察コースの候補」「王太子に見せるべき農村の現況」「学舎の進行度」などをメモし、頭の中で明日の段取りを組み立てていく。そこには明確な戦略的意図もあるが、一方でどこか高揚した気持ちがあるのを彼女自身感じていた。


(まるでゲームのイベントのようだけど、これは現実。私がどう動くかで、領地の未来も、私の評価も変わる。王太子殿下とのやり取りが、改革に大きな影響を及ぼすなら、気を抜くわけにはいかないわ)


 同時に、ロデリックという存在そのものに対して心が揺れるのを抑えきれない自分がいることも、薄々自覚していた。冷静かつ厳粛な態度に潜む、わずかな熱や知性――それに対して軽いときめきを感じてしまうのは、おそらく前世でも王太子ルートが人気だった名残なのか、あるいは彼が持つ不思議な魅力のせいなのか。


「……王太子がどういう人間であっても、私は私。浮かれている場合じゃない」


 パルメリアはそうつぶやき、メモを閉じるとベッドへ向かう。明日はいよいよロデリックとの視察に出かける日。たとえ「王太子」であろうとも、自分の改革を揺るがそうとするなら容赦しない――その決意は変わらない。けれど、もし理解を示してくれるなら、これほど頼もしい味方はいないだろう。


 こうして、ロデリック王太子の来訪によって、パルメリアの改革は一気に王都の正統な権力者の目に留まることとなった。王太子が何を探り、何を目的としているのか、今はまだ見えない部分が多い。それでも、領内視察という公式の場を与えられた以上、彼女は最大限の準備を整え、いつ何を聞かれても答えられるよう気を張り詰めている。


 一方で、「王太子とコレット令嬢が初めて顔を合わせた」という事実は屋敷の中でも早くも話題になり、侍女たちは「殿下とお嬢様のやりとりがまるで舞踏会のように華麗で…」と興奮交じりに語り合っている。実際、二人が対面した玄関先での空気は、場にいた誰もが息を呑むほどの緊迫感と華やかさを兼ね備えていたという。


 そんな噂話を漏れ聞くたび、パルメリアは苦笑しながらも心を落ち着かせようとする。王太子とのやりとりに対する期待や動揺を顔に出すのは得策ではない。どうせ明日からの視察で、じっくりと彼と向き合う機会が訪れるのだから。


(大丈夫。私がやってきたことを正しく示すだけ。下手に取り(つくろ)わず、成果を見せればいい……)


 夜明け前、まだ薄暗い屋敷の廊下を静かに歩くパルメリアは、胸の内でそう繰り返していた。まだ王都の貴族たちにとって「危険な令嬢」とささやかれているかもしれないし、王太子がどう評価するかは定かではない。


 けれど、彼女が選んだ道は揺るぎない。たとえ相手が次期国王であっても、真っ向から臆することなく自分の改革を示し、その結果を受け止めるしかないのだ。


 こうして、コレット公爵領での王太子ロデリックとの対面は無事に終えられたが、本番ともいえる「視察」は翌日以降に控えている。パルメリアがどのように迎え、どんな言葉を交わすのかは、まだ誰もわからない――しかし、この邂逅が、彼女の未来、そして王国全体に大きな転機をもたらすことは、もはや疑いようのない事実だった。

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