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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第一部 第3章:恋と葛藤

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第16話 王太子の来訪①

 コレット公爵領の改革が着実に進んでいると各地でささやかれ、王都や他の貴族領でも注目を集め始めたちょうどそんな頃、パルメリアにさらなる波乱を予感させる報せが舞い込んだ。王太子ロデリック・アルカディアが「視察」の名目でこの領地を訪れるというのである。


 普通であれば、王太子が地方を回る場合は華やかな行列を従えた行幸となる。しかし、今回の訪問はそれとは違い、しかも遠く離れたコレット領まで足を運ぶというのは極めて異例だ。パルメリアは書類の束を抱えたまま家令のオズワルドの報告を聞き、思わず息を飲んだ。


「王太子殿下が……この領地へ?」


 オズワルドは眉をひそめながらうなずく。


「はい。すでに日程がほぼ確定しており、殿下が自ら馬車を率いてこちらに向かうとのことです。公には『公爵領経営の視察』という形のようですが、実のところ何を狙っているのか……」


 パルメリアは深く息をつき、机に書類を広げたまま視線を落とす。王都での噂を思い返せば、保守派と自分が衝突している現状を面白がる層もいるだろうし、王太子ロデリック自身が何らかの目的を持っている可能性は高い。


(前世の記憶では、ロデリック殿下は腐敗した貴族社会に何かしらの疑念を抱く人だったはず。今回の訪問は単なる社交儀礼じゃないわね。私の改革を直接見に来る気か、それとも……)


 頭の中でいくつもの推測が交差しつつも、断定はできない。とにかく迎えないわけにはいかないのだから、パルメリアは急ぎ家臣たちと協力し、領地全体において王太子を出迎える準備を整えるよう指示を出した。


 コレット家の使用人たちは、王太子来訪の話を知り、にわかに忙しくなった。廊下のあちこちで落ち着かない足音が響き、侍女たちは「お客様用の食堂の飾りつけはどうしますか」「殿下のお付きが何人いるか分からない以上、多めに部屋を用意するべきかしら」と慌てている。


 パルメリアもまた、最初こそ気丈に構えていたが、次第に「なぜ今このタイミングで?」という疑問が頭を離れなくなる。漠然とした警戒と好奇心、そしてほんの少しの高揚感がないまぜになって、彼女の胸をざわつかせるのだ。


(殿下がわざわざ辺境の地にやってくるなんて、よほど私の改革が気になるのか、それとも別の目的があるのか。私に会って何を話すつもりなの?)


 そんな思いを抱えながらも、パルメリアは決して不安を口にせず、毅然とした態度で準備を進めるよう周囲を指揮する。「必要以上に過剰なもてなしをして、殿下を持ち上げる必要はない。ただ失礼がないように最大限の配慮を」と、的確な指示を出す姿は普段通りだが、その瞳の奥にはいつも以上の緊張感が宿っていた。


 王太子ロデリック・アルカディア――この国の正統なる王位継承者であり、未来の王となるべき存在。前世のゲーム設定を思い返せば、彼は腐敗や権力闘争にはうんざりしている一方で、体制を根本から変えるほどの大それた行動には踏み切れない人物だった……はず。


 少なくともゲームの筋書きでは、ロデリックは体制の象徴でもありながら、腐敗に疑念を抱き、どこか揺れ動く王太子という印象だった。実際、現実の彼がどういう考えを持っているのか、パルメリアは今のところ断片しか知らない。


(ゲームでは終盤にしか本音を見せなかったキャラ。今はまだ、ただの王太子として振る舞うのか、それとも何か狙いがあるのか……)


 彼女は思わず苦笑する。ここはゲームの世界ではあるが、すでに多くの要素が「本編」とは異なる展開を見せている。ロデリックもまた、前世の知識通りに動く保証などない。


 それに、噂では彼は王太子とは思えぬほど強い軍事的才能を持ち、王都の守備を仕切っているという話もある。そんな王太子が突然、領地の視察に乗り出すのだから、普通の好奇心だけで済むとは思えない。


 そして数日後、ついに「王太子の馬車がコレット領に入った」という連絡が入り、屋敷の使用人たちがさらに慌ただしく動き出した。


 パルメリアは夕刻、玄関の大ホールに立ち尽くしながら、控えめに並んだ侍女や家臣たちの姿を見渡す。皆が張りつめた空気を漂わせ、王太子の到着を待ち受けている。その背後には武装したガブリエルの姿もある。彼の落ち着いた面差しが、一種の安心材料になっているのは否定できない。


「パルメリア様、殿下のお付きの者がまもなく正門に到着すると報じてきました。ご準備を……」

「わかったわ。みなさん、落ち着いて行動してください。無用の混乱を招かないように頼むわね」


 パルメリアがそう言うと、侍女たちは一斉に「はっ」と返事をして散り散りに配置についた。静まり返る屋敷の空気が、かえってこの一瞬の緊迫感を強調する。


 やがて、邸内の廊下から人の気配が増し、玄関扉の奥で馬車が止まる音が聞こえてくるのがわかる。ここが辺境だとはいえ、「王太子を迎える」儀式を甘く見るわけにはいかない。


 大扉が開かれた瞬間、パルメリアの視線はその向こうに立つ青年に注がれた。灰がかった金の髪が柔らかく揺れ、軍服風の装いをまとっている。背筋はぴんと伸び、高貴さの中にどこか冷ややかな知性が漂う――初対面でも強く印象に残る姿だ。


 彼こそが、王太子ロデリック・アルカディア。その後ろには数名の近衛騎士らしき人影が控えている。パルメリアは深々と一礼し、決して取り(つくろ)うのではなく、堂々とした態度で迎える。


「ようこそコレット公爵領へお越しくださいました、ロデリック殿下。辺境の地でおもてなしに不備があるやもしれませんが、できる限り心を尽くさせていただきます」


 ロデリックは低い声音で、しかしきっぱりとした口調で応じる。


「礼には及ばない。むしろ私が興味を抱いたのが先だ。貴族令嬢が自ら領地を立て直していると聞けば、確かめたくなるのは当然だろう」


 その言葉には、どこか挑戦的な響きが混じっていて、パルメリアは思わず唇を引き結ぶ。視線を交わした一瞬、彼女は「ゲームのロデリック」を思い出しながらも、現実の彼はもっと複雑な存在なのではないかと感じた。


(どうして私の領地を、こんな形で見に来るのか。単なる視察というには、少し演出が派手すぎるわね)


 しかし、今は深く詮索している時間はない。とにかく彼を館に招き入れ、一通りの歓迎の辞を述べてから視察の日程を確認する――それが公式な手順だった。

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