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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 最終章:絶望を抱いて

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第122話 終末の微笑み①

 国全体が業火に覆われ、誰もが絶望を宿して逃げ惑う長い夜が続いていた。


 かつての王都は跡形もなく燃え尽き、赤黒い炎の海と化している。大通りの石畳は崩れ、建物は軒並み瓦礫と化し、かつて灯されていた灯火の面影など微塵(みじん)も見えない。


 空を仰げば、黒煙が層を成して流れ、赤い火花が閃光のように散り散りに舞い上がる。爆発が繰り返され、いつどこで地面が崩れ落ちるかも分からない。もはや城壁の守りも、大通りの整備も何の意味も持たず、ただ雑然と炎の灰に埋没しただけ。


 王宮のあった場所には、かつての塔の土台が黒い影のように立ち、周囲には瓦礫(がれき)の山が堆積している。そこからかつて王太子ロデリック・アルカディアが連行され、侵攻軍によって広場で処刑されたのは、もはや遠い過去のようにも思える。


 だが、現実の時間はそう遠くない。処刑台で晒された王太子の首は、民衆の嘆きと共にこの国の未来をもぎ取り、兵士たちは戦意を失って四散し、守るべき貴族は私利私欲に走って逃げ去り……何もかもが瓦解していった。


 今、この光景を「ただの廃墟」と呼ぶのはあまりにも言葉が足りないほど、凄惨な焼け跡が広がっている。


 骨のように剥き出しになった街道や建築物が、赤い炎に舐め尽くされ、ちぎれた叫び声も次第に弱まっている。もはや滅亡に抗う抵抗も散発的で、民衆は命を繋ぐためだけに逃げ惑い、互いの命を奪い合い、あるいは野盗や侵攻軍に蹂躙される。


 かつて彩りを放っていた王国の街並みはことごとく灰色に沈み、空気には炭のような残り香と血の鉄錆びた臭いが満ちている。


 そんな焼け野原と化した王都から離れた地に、コレット家の公爵邸がかろうじて形を留めていた。周囲の街区は火砲や暴徒によって破壊しつくされているが、この屋敷だけが、不自然なほどまだ炎の直撃を受けずに残っている。しかし、それも長くはもたないと誰もが思う。


 侵攻軍も、もはや大勢の市街を制圧し、残党の抵抗も規模を失っている以上、こうした貴族の邸宅など時間の問題で燃え落ちるか破壊されるに違いない。けれど、そこにいる主人――パルメリア・コレットは、一向に屋敷を離れる気配がないという。


 コレット家の屋敷は、廊下に漏れた灯火が弱々しく照らすだけで、もはや人の気配がほとんどない。


 使用人たちは次々と逃げ出し、今では大広間や応接室も無人同然で、痛ましいほどの静寂が充満している。


 家具が乱れ、割れた食器や散らばった物資が床に転がっているが、誰もそれらを片付ける者はいない。それどころか、屋敷の扉は破れかけたまま放置され、夜の闇がそのまま侵入してきている。いつ侵略者や暴徒が押し入ってもおかしくないというのに。


 だが、それでも火の手はまだ直接的にこの屋敷へ及んでいない。あたかも運命の災厄が別の場所を荒らし尽くしたあと、最後にここへやって来るかのように、その時を待っているようにも見える。


 そして、その時を待つかのように、一人だけ――パルメリアは今も静かに生きている。


 彼女は広い屋敷の奥まった部屋にいるわけでもなく、応接室や廊下、窓辺などを行き来しながら「燃え盛る世界」を眺め続けている様子だ。屋敷のどこにも逃げこまず、結末を受け止めるべく待機しているかのような姿勢。それが“静かな死”を待つための行動だということは、もはや疑いようもない。


 夜空は相変わらず赤黒い煙に満ち、火の粉が風に散って灰と化す。街の中心部での火勢はいまだ続いているらしく、時折大きな閃光が上がっては地面を揺らしている。


 廃墟と化した市街を背景に、遠目には炎の柱があちこちで渦巻いていて、一帯が焼け野原になってからどれほどの時が過ぎたのか、もはや誰も正確には把握できない。


 そんな凄惨を極める光景のなか、コレット家の屋敷だけが今なお崩壊を免れ、奇妙な「終末の聖域」とでも言うべき雰囲気を漂わせている。


 その屋敷の窓辺に立つパルメリア・コレット。ドレスの裾が灰にまみれ、髪は空気中の(すす)を帯びてわずかに汚れている。けれど、彼女自身の表情には焦りや動揺の色がまったくない。むしろ蒼白な肌に浮かぶ唇は、かすかな笑みを帯びてさえいる。


 使用人に「お嬢様、どうか避難を」と懇願され続けていたはずが、今はもう誰もいない。みな揃って逃げたり倒れたりし、屋敷の中には彼女だけしか残っていないのだから。


 その事実を確認するかのように一度、パルメリアは廊下を振り返る。どこからも足音はせず、呼びかける声もない。まるで世界から切り離された真夜中の空間にいるようだ。


 狂気と諦めの境界線――その言葉がもしあるなら、いまのパルメリアはまさにそこにたたずんでいる。


 炎が広がる焼け野原のほうを眺めながら、彼女の口元はなぜか微笑んでいる。悲哀や恐怖が勝った表情ではなく、むしろ「心からの穏やかさ」さえ感じさせるほどの笑みだ。


 だが、それを静かに見守る人がいない以上、この笑みが狂気ゆえなのか、絶望を超えた諦観なのか、断定できる者はいない。


 パルメリアは薄く息を吐き、窓ガラス越しに遠方を見つめる。遠くの瓦礫(がれき)が時折崩れ、新たな火柱が上がるらしき閃光が夜空を切り裂くのを、まるで美しい花火を見るかのように眺めている。この様子を傍から見れば、「こんな破滅を目にして笑うなんて、正気の沙汰ではない」と思うだろう。


 しかし、彼女にとっては何も驚きはない。前の人生で血塗れの革命を経験し、そこでは数えきれない命を自らの手で奪った。だが、あの革命すら、今の世界の滅亡と比べれば「まだ優しかった」とさえ思うほどの光景が目の前に広がっている。すべてが灰に還る様子が、むしろしんとした安堵を伴って迫ってくるのだ。


 仮に誰かがこの微笑みを問い質したなら、パルメリアはおそらくこう言うだろう。「これが私の選んだ終わり方。前世での処刑より、まだ優しいわ」――と。


 かつて独裁に染まり、粛清を繰り返し、最後は処刑台で首を吊るされた自分。そのときは最後の瞬間まで血と裏切りにまみれた。


 しかし、今はどうだろう。彼女は誰も粛清せず、誰の血を直接流すわけでもない。ただ、国が滅びる結末を見届けるだけで、世界が自壊していくのを受け止めている。それが「前世の処刑と比べれば、まだ穏やかな破滅」だと、彼女は感じているのだ。


「……あのときは、私自身が血に塗れて終わったけれど。いまの私は、こうして静かに笑っていられる――何という皮肉でしょうね」


 声音は静かで甘美な響きを(はら)みながらも、底には測りがたい「狂おしいほどの諦念」が潜んでいる。火照るような熱波が屋敷へ吹き込み、頬を撫でるが、彼女は動じずに唇を引き上げる。


 その笑顔が、まるで滅亡という舞台を最後まで楽しむような印象を与え、見る者がいれば震撼しただろう。


 外の通りには瓦礫(がれき)と灰が積み上がり、ほとんど人影が消えている。未だに侵攻軍が周囲を略奪しているかもしれないが、この辺りは最終的に放置されているのか、あるいは蹂躙(じゅうりん)済みで用無しなのか――どちらにせよ、屋敷の門近辺にはもう暴徒の姿も見られない。


 それを証拠に、地面には馬車の車輪の跡や、焼け焦げた武具が散乱していて、誰かがここを通ったらしい形跡はあるものの、今はただ静寂が広がっているだけだ。


 真っ黒になった外壁を背に、コレット家の邸宅がまだ生き延びている様子は、まるで燃える荒野に立つ孤島のようなコントラストを生み出している。


 しかし、それは決して安全を保証するものではない。火の粉が絶えず降り注ぎ、屋外の庭は灰まみれになっているし、今後いつ熱波が建物に引火してもおかしくない。


 そんな脆い均衡の中で、パルメリアは笑う。燃える廃墟の世界が円環を作るように赤光を広げ、その中心で「微笑み」を浮かべる姿には、悲壮感というより「狂気じみた静穏」が漂っていた。


 屋敷の内部は半ば荒れ果て、廊下の壁にはすすが付着している。だが、本格的な火災に巻かれてはいないのか、床や天井はまだ崩れていない。あちこちで支離滅裂に放置された荷物や家具が、使用人たちが逃げ出した際の混乱を物語っている。


 パルメリアはその散乱を踏み分け、ゆっくりと広間へ向かう。足音がわずかに響くだけの静かな空間を満たすのは、灰の匂いと遠くの火砲の残響だけ――。


 誰も彼女を止めないし、守ろうとする者もいない。皆去ったのだ。もうこの屋敷には彼女だけがいる。


「……ここが、最後の舞台になるのね。静かに迎えられる破滅が、前世よりは穏やかで、少し笑えてしまうわ」


 独り言めいた言葉は、誰にも聞かれることなく宙に消える。もし心配する使用人が近くにいたら、この言葉に慄いただろう。そのぐらい「穏やかな微笑み」に支配された声だった。


 前世の処刑では、彼女自身が首を吊られる瞬間まで悲壮な決意を抱いていた。しかし、今の彼女は違う。何の決意もない。ただ「諦めた笑み」と言うべきか、「狂気と諦観の境界」に立つ者の静けさがあるだけ。

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