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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第5章:崩れゆく世界

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第121話 静かなる終焉①

 王都はすでに赤黒い炎に覆われ、かつての王城は瓦礫(がれき)と灰の山に成り果てて久しい。


 王太子ロデリック・アルカディアが、侵攻軍によって広場で処刑された一報が走ったとき、まだかろうじて抵抗を試みる者たちもいたが、その首が晒された瞬間、王国の終焉は決定的になった。


 彼が死んだという事実は、民衆にとって最後の(とりで)が崩れ去ったも同然で、悲鳴こそ上がったものの、それはすぐに絶望の淵へと沈み、兵は戦意を失い、貴族たちも四散して各地へ散り散りに逃げていった。


 王城跡地には怒号と火炎が絶えず吹き荒れ、かつて王国の中心を飾っていた豪華な尖塔や城壁も、今や瓦礫と灰の山だ。誰もが「あの輝かしき都は消えた」と口を閉ざし、命のある者ですら亡者のように歩き回る。


 商人たちは荷車を捨て、騎士は旗を捨て、飢えた孤児が息絶える姿が路地裏で目撃されても、誰も助けることができない。人々の間では、激しい炎に煽られて「この国はもう終わりだ……」という声が日常語になりつつある。


 逃げ惑う群衆はただ死に場所を求めて彷徨(さまよ)う亡霊と化し、必死に生き延びようとする者はさらに凶暴化して奪い合う。まさに人間が人間であることを忘却した絶望が、廃墟と化した街を覆いつくしている。


 そんな中、戦火に染まった都市の郊外へ視線を転じれば、同じ惨状が拡大しているのが見える。侵攻軍と連携した盗賊や裏切り貴族が各地を略奪し、周辺の領地や農村は火の海に沈む。どこもかしこも、灰の風が吹き荒れるばかり。


 王国全土がすでに無秩序の地獄と化し、もはや国家の機能は微塵も残っていないのだ。


 王都が陥落した直後、各地の貴族や指導者が一斉に姿を消した、あるいは処刑されたという話が飛び交う。軍を率いて抵抗しようとした者たちも、侵攻軍の圧倒的戦力と内乱の混沌の前に滅ぼされ、あるいは逃亡している。


 民衆の多くは「ただ生き延びる」ことすらままならず、瓦礫(がれき)の間を彷徨(さまよ)い、燃え盛る余炎の中でうずくまって息を引き取る者が続出した。


 廃墟と化した市場では、食料を奪い合う暴徒が血みどろの争いを繰り広げ、誰もそれを止めようとしない。兵も騎士も存在せず、ただ混乱の絶頂にあるだけだ。


 子どもたちが泣き叫びながら路地を這い回っても、もはや助ける人は見当たらない。略奪や暴力を好む者が、獲物を探すように徘徊し、息絶えた遺体から物を奪う光景が至る所で繰り返される。


 空には黒煙が群れのように漂い、炎が断続的に照らし出す夜空を赤い影絵のように染めている。


 かつてこの国に繁栄があったのかと疑いたくなるほどの荒廃。


 王城に属していた華麗な建築物も、今では屋根が崩れ、瓦礫(がれき)と燃えかすの山となり、そこに人々の断末魔と呻き声が響くだけ――。最後まで従っていた兵士たちは意気を失い、武器を捨てて敗走している。


 この国を象徴する「秩序」という言葉は完全に消え失せ、ただ焼き尽くされる世界と流血の舞台が広がっているだけだった。


 一方、そんな地獄絵図から少し離れた場所に、まだ大きな炎には包まれていない公爵家の屋敷が存在する。


 とはいえ、侵攻軍と暴徒はすでに近隣の領地を焼き払い、周囲は破壊の爪痕だらけ。いつここへ火の手が伸びてもおかしくないのに、不思議なほど屋敷そのものはまだ難を逃れていた。


 それでも、屋敷を取り巻く空気は逃げ遅れた動物のような恐怖に満ちていて、使用人たちは次々に支度を終え、ある者は夜のうちに姿を消し、ある者は朝を待って一斉に出て行く計画を立てている。


 もう誰もパルメリアを動かせないと悟っている以上、各自の命を優先して逃げるしかないのだ。


(……こんなにも崩壊が広がっているのに、まだ屋敷が無事というのが滑稽だわ。いずれは同じ運命でしょうに。私が留まっている限り、これもほんの一時の猶予にすぎない……)


 パルメリアは窓際に腰掛け、夜明け前の薄暗い空を見上げる。火柱を浮かび上がらせる赤い光が、辺りの黒煙を透かし、まるで巨大な口を開く竜のようにも見える。遠くでは建物が崩落する振動がわずかに伝わってきた。


 屋敷にはもうほとんど人影がなく、どの廊下もひどく寒々しい。普段なら衣擦れの音や給仕が行き交う活気があったが、今では焦げた匂いを伴う風が廊下を吹き抜けているのみ。


 なぜパルメリアがここまで動かないのか、説明できるのは彼女自身のトラウマだけだろう。前世での革命の末、独裁へ進み、数々の粛清を行い、そして処刑台で散った――そんな記憶が、彼女に行動を許さない呪縛になっているのだ。


 使用人たちの中でも、最後の数人が青い顔をして旅支度をまとめる場面が目撃された。「お嬢様、このままでは……」と声をかけようとするが、パルメリアは無表情に首を横に振る。


 誰もが「この屋敷を出ないならば、火と暴徒の餌食になるだけだ」という恐怖に(さいな)まれる。一人の老家臣が「かつて公爵様がこの屋敷を守れと仰ったのに、こんな形で終わるなんて……」と涙を浮かべながら震えるが、パルメリアは冷たく目を伏せるだけ。


 結果、彼らも消えゆくように屋敷を離れるしかなかった。誰も殿(しんがり)を務めない最終的な退却だ。


 かつてこの広間でひらかれた宴や、朗らかな談笑の面影は消え、今は割れた食器と崩れかけた装飾が散乱している。大理石の床には汚れた足跡と焦げ跡が残り、使用人の足音が途切れたとき、ホールはひどく虚ろな冷気をまとった。


 外では、ぼんやりした朝焼けともいえない赤い薄明かりが広がり、轟々と燃える音がかすかに耳を揺らす。どこかの町が完全に灰になった合図なのだろうか。


 「この国が燃え尽きるのも、もう時間の問題だ」――人々がそんな言葉をつぶやきながら散っていく姿が、屋敷の窓から見え隠れする。馬を駆り立て、錆びた鎧を引きずり、空っぽの荷車を押す者もいる。いずれも絶望が染み付いた面差しだ。


 パルメリアはその光景を黙して見つめ、何ひとつ感想を漏らさない。


 不思議なことに、パルメリアの顔は静かな穏やかさを漂わせている。それは生への執着を失った者が見せる、一種の恍惚とも言える境地だろうか。誰かがこれを「狂気」と評するなら、その通りかもしれない。


 かつて、ガブリエルが必死に救いを求め、パルメリアを逃がそうと懇願した。しかし、彼女は一貫して「私はここで終わる」と冷やかに言い放ち、その態度を崩さなかった。


 自分が動けばさらなる流血を招く――そう固く信じているからこそ、世界の終焉を穏やかに受け入れているのだ。


 しかし、その穏やかさの背後には、やはり深い悲しみが見え隠れするかもしれない。使用人たちがどれほど涙を流しても、彼女は表情を変えず、それでもどこか視線が揺れている瞬間がある。


 たとえば窓ガラスに反射する自身の姿を見つめ、かすかに「これが本当に私の結末なのね……」と口を動かす。声はかき消されて誰も聞きとめないが、彼女自身にしか分からない痛切な感情があるのだ。


「革命の頃も、こんな終わり方は望まなかった。けれど、あのときよりも酷い破滅がやってきたのに、私にはどうすることもできない……」


 それが今のパルメリアの正直な思い。しかし、行動する選択肢は、もうはなから排除している。動けば前世の再来だし、動かずとも世界は崩れる。どちらも救いがない以上、静かに終焉を待つほかに手がないのだと。

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