表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第5章:崩れゆく世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

299/314

第120話 燃え尽きる世界①

 昼夜の区別さえ曖昧(あいまい)になって久しい。灰色の空がどこまでも広がり、燃え盛る火柱と黒煙が交互に地平を染め上げる光景は、もはや恒常と化していた。


 王都はすでに紅蓮の炎に包まれ、阿鼻叫喚の修羅場と化している。しかし、その破滅の炎は王都のみにとどまらず、周辺の都市や村へと続く街道、さらには国全域へ雪崩を起こすように広がっていた。


 逃げ惑う人々は行き場を見失い、侵攻軍や暴徒が混在する戦火のなかで命を落とす者が後を絶たない。誰もが悲鳴を上げても、誰もが耳を塞いでいる。そんな混乱が止まらず、想像を絶するほどの崩壊が加速度的に進行していた。


 「もはや王家が機能しない」という噂が、火の粉のように方々でささやかれる。主力軍は分裂し、保守派や改革派などの貴族連合も次々と壊滅し、ある者は自領へ退避し、ある者は国外へ逃亡したという。


 増税と飢餓はそれらを後押しする形で民衆を絶望に追い込み、圧倒的な暴力が席巻する状況ではもはや集団的な防衛も整わない。隣国の兵だけでなく、自国の内側からも略奪や破壊が噴出し、遂には荒廃の規模が国全体を呑み込もうとしていた。


 一見、城塞を誇ったはずの王都の外壁が、遠目には赤い火柱を背景に曲がりくねった影として見える。その先には、焼け落ちた屋根や、砕け散った瓦礫(がれき)の山がまるで墓標のように積まれている。煙が低く漂い、天空に混じる灰が太陽を遮り、刻一刻と視界を暗くする。


 どこを見回しても、破滅の匂いが漂っている。「ここまで崩れるとは」と嘆く者の声は小さく、絶望に沈んだ顔と共に喉が焼け付いてしまったかのように聞こえる。


 ――しかし、そんな絨毯(じゅうたん)爆撃のような死の風景が広がるなか、かろうじてまだ全壊を免れている場所もあった。公爵家の領地だ。そこに立つ大きな屋敷――コレット公爵家は、奇妙なほど静寂を保ったまま、まるで死の列車が到着するのを待っているかのように沈黙している。


 幾度も耳に届く爆発音や悲鳴が徐々に近づいているのに、屋敷はまだ直接燃えてはいない。ただ、そこに滞留する空気は確実に重く凍りつき、使用人たちの足並みは慌ただしいばかりだ。


 門を固く閉ざし、侵入者を防ぐような形跡はあるが、それすらもどこまで機能するのか疑わしい。いずれは、この屋敷も炎に呑まれる。あるいは侵攻軍や暴徒の手で破壊されるだろう――そう直感している者は多い。


 だが、最も不気味なのは、公爵家の令嬢パルメリア・コレットが微動だにせず「ここ」に留まっているという事実である。


 パルメリアは自室の窓辺に立ち、遥か王都方面を遠く見遣っていた。目に飛び込むのは絶え間なく立ち昇る黒煙と火柱、耳を刺すのは風に乗って流れてくる断続的な爆音や絶叫。


(ふふっ……こうして世界は終わるのね……)


 ――そう、彼女の瞳はどこか飽きたように虚空を捉えている。


「前も血を見たけれど……こんな結末は、望んでいなかったわ。でも、結局は同じなの。どんなに足掻(あが)いても――世界はこうして燃え尽きる……」


 部屋の奥には私物がまだ整然と並び、一見すると平穏な空気が漂っている。しかし、その空気こそが狂気じみていると言えるかもしれない。


 外界では完全なる崩壊が進んでいるのに、パルメリアは以前から変わらない冷やかな眼差しを保ち、あの忌まわしい前世の革命と今の滅亡とを照らし合わせては嘆きに似た笑みを浮かべる。


 どれほど自分が動いても結果は同じ。むしろ、動けばさらなる惨劇を呼ぶ――彼女はそう信じきっているからこそ、一歩も動かない。


 屋敷の廊下では、取り残された使用人が荷をまとめて逃げ出す準備をしている姿が見える。中にはパルメリアを連れ出そうと説得を試みる者もいたが、彼女は一貫して首を縦に振らない。


(どうせ世界は燃え尽きる。ならば、最後までここにいるほうがいい)


 ――それがパルメリアの結論だ。「前世」で血を流した記憶が、いま再び彼女を鎖のように縛り、行動する意欲を根こそぎ奪っている。


 王都周辺を含む各地で、遠目にも分かるほどの炎の閃光が頻繁に上がっているという報告が飛び交う。「あの城砦が落ちたらしい」「あの地方都市で民兵と侵攻軍が衝突し、大火事だ」といった噂話が行き交うが、もはや真偽を確かめる術さえない。


 国中の街道は使い物にならず、橋が落とされ、あるいは扉が封鎖され、逃げ出そうとする民衆が関所で殺到しているとも聞く。どの地域も不穏な混乱の渦に巻き込まれ、通信や連絡網は寸断されたままだ。


 農村の一角では、すでに飢えた人々が暴徒化し、貴族の倉庫を焼き払っているという報せもあった。もはや全国規模で相互破壊が繰り広げられているのだ。


 そうした破滅のスケールは、まさに「世界そのものが燃え尽きようとしている」としか言いようのないものだった。


 仮にパルメリアが一度でも王都へ足を運べば、その目に信じがたいほどの地獄絵図が映っただろう。だが、彼女は屋敷から一歩も動く気配を見せない。


 火の手が伸びてこようが、侵攻軍が押し寄せようが、それを呆然と受け止めるだけで何もしない。まるで、この国全体が黒い煙と業火に包まれる光景を受容するかのように沈黙を守っているのだ。


 廊下を通りかかった侍女が青ざめた顔で告げる。


「お嬢様、すでに隣国の兵が近くまで来ているらしいです……屋敷も安全では……」


 それに対し、パルメリアは薄く笑って肩をすくめるだけ。これを見た侍女は涙を浮かべて走り去る。「もうだめだ……」とつぶやき、彼女自身も逃げる支度に入った。


 こうして邸内からも人が減っていき、やがてパルメリアを残して閑散とした空気だけが取り残されるにちがいない。


 火山が噴火したかのように、赤黒い煙が市街のあちこちから上がり続ける。その脇を通り抜けようとする商隊は、略奪に遭って壊滅し、護衛の兵士もわずかな抵抗を試みるが多勢に無勢。通りの中央には壊れた荷車や放置された死体があふれている。


 また、「この機に新しい秩序を作る」と称して旗を掲げる集団もいるが、その後ろでは粛清めいた私刑が日常茶飯事のように行われ、かつての革命を思わせる惨状が再現されていた。


 喉が焼けつくほどの熱波が街に行き渡り、建物の壁は地割れのようにひび割れて、火砲の衝撃が石畳を抉る。ある大聖堂は屋根が落ち、鐘楼が崩れて瓦礫(がれき)の山となり、聖職者らしき人々が瓦礫の下敷きになってうめいているが、誰も救う手立てはない。


 かつては人々が憧れた華麗な街が、いまや一瞬で焼け野原に変貌しかけている。ある場所では火が弱まってきたと思えば、別の区画で新たに火柱が立ち上がり、それを消そうとする動きは一切見られない。役所も役人も機能停止している以上、無秩序な破壊の連鎖が続いていた。


 そんな無惨な光景を耳にするたびに、パルメリアはかすかな苦笑をもらす。


「私はもう、こういう血みどろの惨状を見たくないのに、結局はそれ以上の滅亡を見せられるのね……」


 ――彼女はそんな(あざけ)り混じりの独白を内心でつぶやくが、やはり足は動かさない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ