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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第5章:崩れゆく世界

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第118話 最後の懇願③

 ガブリエルは、もう伸ばす手さえも動かせない。血の海に沈んだ床を見つめながら、意識が薄れていく中、「パルメリア様……どうか……」と最後の懇願を声にしようとするが、口が動かず、言葉にならなかった。


 彼女への忠誠や愛惜(あいせき)は、しかし、まるで風に溶けるように虚空をさまようだけ。もはや彼には主君を抱えて逃げる力がない。かといって、パルメリアを説得するすべもない。


 こうして「最後の懇願」は、またしても突き放される形で終わる。なぜなら、パルメリアが救いを望んでいないのだから。


 しばらくして、邸内の最後の家臣数名がガブリエルを抱え、「ここにはもう留まれない、外へ運ぼう」と半ば強引に廊下を通り抜ける。ガブリエルは足を引きずりながら、パルメリアが視界に入らなくなるまで振り返り続けていた。声にはできない想いを瞳にたたえながら、最期に見たのは、背を向けたまま動かないパルメリアの姿だった。


 ガブリエルが運び出され、使用人たちが一気に逃げ出し、邸内にはほとんど人の気配が消えた。


 パルメリアは廊下に残り、一人きりで赤い炎のきらめきが入り込む窓を見つめている。町のほうでは無数の悲鳴が空気を振動させているが、その音はもはや遠い。まるで自分が巨大な閉鎖空間に取り残されているかのような感覚。


 ――外の混沌と、屋敷の静寂。その境界で、彼女は深く息を吐く。


(本当は……ガブリエルを死なせたくないのかもしれない。でも、それで私が生き残ったら、また同じことになるのよ。こんな地獄はもう見飽きたの。だから、私は動かない)


 わずかな未練をかき消すように、彼女は強くまぶたを伏せる。一滴の涙さえ見せず、胸の痛みを押し殺す。


 かつて仲間と思えた者への情や、騎士の忠誠への感謝がないわけではない。しかし、それらを受け取ってしまえば、自分が再び「世界を動かそうとする」かもしれない――その先は必ず血と裏切り。もう二度と体験したくない悪夢だ。


(ごめんなさい、ガブリエル。救いを拒む私を憎んでもいいわ。それでも、私は……ここで終わるしかないの)


 そう心中でつぶやくと、また一つ大きな爆発音が遠方で鳴り響いた。王都の光がさらに夜空を染め上げ、風に混じる火の粉がこちらまで届きそうになる。


 だが、いまだ屋敷には火の手が及んでいない。どこか奇妙な静寂が広い廊下に充満し、パルメリアはその中で彷徨(さまよ)う幽霊のように立ち尽くしていた。


 こうしてガブリエルの「最後の懇願」も退けられ、血塗られた床を引きずられるようにして連れ出された騎士は、すべてを諦めたように瞳を閉じるしかなかった。


 パルメリアは、その背中を見送ろうともせず、ただ自らの意志を変えない。もしガブリエルが命を落としても、それは「避けられない結末」だと割り切るように心を固めていた。


「皆がなんと言おうと、私は動かない。どんな呼びかけにも応じない。それが、私の下した答え」


 言葉は小さなつぶやきとなって廊下に溶ける。使用人の足音がまばらに聞こえ、もう屋敷から逃げ出した者が大半という雰囲気が漂う。空中に立ちこめる塵のような灰が照明に浮かんでいて、まるでこの場所が現実世界から切り離されているようにも感じられた。


 王都は炎に包まれ、仲間たちが足掻き、ガブリエルが血を流し、いまだに最後の抵抗を試みる人々の悲壮な叫びが響く。それでも、パルメリアは救いの手を差し伸べない。自身が破滅を受け入れることでしか、惨劇を増やさないと信じているのだ。


(これは、私の選んだ道。……たとえ矛盾でも、もう引き返せない)


 わずかな未練が胸を疼かせるが、圧倒的な後悔と恐怖がそれを押し殺す。


 過去の独裁と粛清が、一歩でも動けば再び同じ血の洗礼を繰り返すと脅かす。自分が生きる限り、さらなる破局を呼ぶのだという呪縛が、彼女を廊下に縛りつける。


 ――周囲は必死になって懇願するが、それは「パルメリア」の中ではもはや意味を成さない。完全に拒絶で応じるしか道がなかった。


 こうして、ガブリエルの最後の熱い呼びかけも報われず、パルメリアの心を変えることはできなかった。


 騎士団が崩壊し、領地の軍も壊滅に近い状況だ。いま屋敷に残っている者は、時間の問題で敵や暴徒に飲まれる危険と隣り合わせにある。だが、彼女は動かないと決めた。


 夜はまだ深く、遠くで燃えさかる王都の炎が赤く空を照らしている。先ほどまでの爆音が少し遠のいたのは、戦場の焦点が別の区域へ移ったからかもしれない。明け方までに、全土が焼かれる可能性は高い。


 そして、この屋敷も無事である保証はない。いや、むしろ時間の問題だろう。それでもパルメリアは動かない。


(最後のお願いをされても、私は「ここで終わる」としか言いようがない。誰かを救うことなど、どうせできないんだから……)


 深く沈んだ思考に軽く蓋をして、彼女は再び視線を窓に向ける。外の空には、火の粉が点々と宙を舞い、時折突風に煽られてゆらりと光を揺らす。実際に火の手が届くのはもう間もなくかもしれない――だが、それは「今この場所で終焉を迎えるだけ」という彼女の意志をさらに固めている。


 これこそが、パルメリア・コレットの結論。「誰も救えないし、救われない」という残酷な答えを抱えて、最後の刻を待ち受ける。


 こうしてガブリエルは血まみれのまま連れ出され、屋敷内に残った者たちは次々に避難を決意し、パルメリアのそばを離れていく。


 彼らの懇願や思いは、まるで硝子に砕かれた欠片のように地面に散らばり、もう一度拾い集めることなどできない。それが、ここで繰り広げられた「最後の懇願」の結末だった。


 パルメリアは立ち尽くして、瓦礫(がれき)のように積もった後悔や罪悪感を胸に押し殺しつつ、自らの終わりを受け入れようとしている。――屋敷はまだ燃えていないが、外では炎の勢いを増しているのが分かる。真っ赤な夜空に、いつかはここも呑まれるだろう。


「……ガブリエル、どうか生きて。私は守られなくていい。あなたが死ぬだけの騎士道なんて、もう見たくないわ。だから、あなたは私のそばを離れて……私を置いていけばいい」


 そんなささやきが、冷たくも優しい余韻を残し、廊下に淡く響く。部屋の空気は重い灰と絶望に満たされている。


 逃げ道はまだあるかもしれないが、彼女自身は一歩も動かない。この地で最期を迎えることが、彼女が選んだ運命――そうでもしないと「二度と失敗を繰り返したくない」という凄絶な決意が崩れてしまうのだ。


 ――屋敷は今はまだ燃えていない。けれど、遠くの炎が燃え上がる音が風に乗って大きくなり続けている。


 まるで真綿で首を絞めるかのように、運命の歯車がじわじわとここへ向かって迫ってくる。パルメリアが抱える深い苦悩と拒絶は、誰からも破れず、誰も彼女を止めることができないまま続いていくのだ。


 ガブリエルの最後の懇願は、結局パルメリアの冷徹な拒絶によって退けられた。


 血に濡れた騎士の想いも、周囲の必死な呼び声も、結局は届かない。彼女の胸には「もし助けを求めれば、さらなる惨劇を呼び込む」という恐怖が根を下ろし、わずかな未練さえ粉々に砕く。


 外では王都の炎が一層激しくなり、ここへ火の手が及ぶのも時間の問題。だが、それがいよいよ差し迫る運命だと、パルメリアはまるで既知の事象として静かに受け止めている。


「誰も救えない。私はここで終わる。……それが、私の選んだ結末」


 その言葉は、騎士の懇願を振り切る冷たさと、一瞬だけこぼれた哀しみを同時に孕んでいた。家人たちはその声を聞き取ったかどうか定かではないが、彼女の背中が揺るぎない断絶を示しているのは明白だ。


 かつて仲間たちと夢見た未来や、騎士が捧げた忠誠、その他すべてが、血と炎の混沌へ呑まれ消えていく――そんな“救いのない終焉”を、パルメリア・コレットは自ら選ぼうとしているのである。


 屋敷には不気味な静寂が訪れる。騒がしかった廊下も、人の声が遠のいていき、残るのはパルメリアと少数の使用人だけ。


 廊下の窓の外には依然として赤黒い夜空が広がり、鼓動のような爆音がかすかに響いている。その音がどの程度近づいているかは、もはや彼女にとってどうでもいいことだった。


 今はただ、ここで世界が燃え尽きるのを待つのみ。――そう、彼女は心の奥でつぶやきながら、静かに扉を閉ざす。


 こうしてガブリエルが流した血と懇願は、そのまま空しく夜へ溶け、パルメリアの意志を変えるには至らない。


 次の瞬間には、外の炎がさらに燃え上がったのか、夜空が深い鳴動を刻んでいる。屋敷はまだ燃えていないが、いつ崩壊の音が響いてもおかしくないほど世界は乱れ、今にも姿を失いかけている――それが、この章の結末を暗示するかのように思える。


 救いのない終焉。その足音は止まらず、パルメリアは逃げることもなくその運命を受け入れようとしていた。まるで、すべてを拒みながら、罪と呪縛に縛られた「人形」のようにたたずむのだった。

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