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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第4章:滅びの足音

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第116話 崩壊の予兆②

 一方、パルメリアは屋敷の寝室で、淡いランプの光の下、ぼんやり天井を見つめていた。外は不穏な風が吹き、遠くで響く爆音か、あるいは怒声かがかすかに聞こえる。


 部屋に差し込む夜気が肌を()でても、彼女は微動だにしない。まるで魂を抜かれた人形のように、ただ息をしているだけに見える。


 そっと瞳を閉じると、今の混沌とした王都の情景が瞼の裏にちらつく。暴徒、盗賊、飢餓、疫病、軍の侵攻……何もかもが、前世の激動を思い出させる。


「もう手遅れよ……。皆がどんなに足掻(あが)いても、結局は血で染まるだけ」


 声には乾いた響きが混じる。部屋に誰かがいたとしても、その言葉を聞き取るのは難しいほど小さな声だ。


 彼女がここまで諦観を深めたのは、やはり前の人生で目撃した革命と独裁の地獄が原因だ。どんなに善意をもって動いても、最後には裏切りと殺戮が横行し、自分自身も処刑された――そんな記憶を抱える限り、もう二度と行動を選びたくないのだ。


「どうせ私が足掻(あが)いたところで、未来は同じ……。そっと見ているほうが、せめて自分の手は汚れずに済むでしょう?」


 けれど、心の奥でわずかな痛みが走る。王太子や人々が必死に足掻(あが)いている姿を知りながら、何もせずにやり過ごす罪悪感が、胸をずきりと締め付ける瞬間があるのだ。


 しかし、その痛みこそが、彼女の行動意欲を奪っている。何かをするたびに、さらなる惨劇を呼び込むかもしれない――その恐怖が、今の彼女を鎖のように縛っている。


「どうにもならないわ。どのみち、この国は……崩壊するのよ」


 そうつぶやいたところで、何も変わらない。そう思いつつも、彼女の唇はかすかに震える。この国がどんな未来を迎えるのか、既視感を伴って理解しているからこそ、なまじ気が休まらないのだ。


 翌朝、王都の数カ所で発生した小競り合いが暴動に発展し、城下町の一部が火の手に包まれたと知らせが来る。


 同じ頃、隣国がさらに軍を進め、国境付近で事実上の小規模な交戦状態となっているという報告も飛び込んだ。これらの情報が立て続けに伝わり、王都では慌てて鎮圧に向かう兵を派遣しようとするが、既に軍の指揮系統が派閥間の対立で分裂しており、決定がまるで下せない。


 そして、この状態を知った地方の諸侯たちは「王都が不穏なら、自らの領地を守るしかない」と引きこもり、動こうとしない。改革派の若手貴族たちは「中央へ加勢するより、民衆と共に立ち上がるべき」と別の方向を検討し、混乱をさらに増していく。


「いったい、誰が国を守るんだ? このままでは内乱と侵攻が同時に押し寄せる」

「どちらかが先に爆発すれば、もう止められないだろう」


 そんな噂が王都全体を飛び交い、人々はますます恐怖を募らせる。城門近くでは衛兵が検問を強化しているが、人々が殺到し、混乱はいつ暴徒と化しても不思議ではない状況だ。


 ある商人は「荷物をまとめて隣国側へ逃げる」と言い、ある農民は「帰る場所がもうない」と顔を伏せる。絶望に染まったうめきが街を覆うなか、「今こそパルメリア様が……」と言いかける者がいたとしても、すぐに「いや、あの方は動かない」という嘆きが返ってくるだけ。


 そして、パルメリアの屋敷は以前よりさらに静寂に包まれていた。


 ドアを叩く訪問客はほとんど来ない。周囲も「彼女に頼んでも無駄だ」と完全に見限っているため、誘いも要請も絶えた。パルメリアの目に留まるのは、配達された新聞や噂話の断片的な書簡だけで、それらに書かれた混乱の報告を眺め、ただ息を吐く。


「……こんな最悪な情勢になっても、まだ足掻(あが)く人がいるのね。馬鹿みたい。私はもう、そこに加わるつもりはないわ」


 自室で書斎机に肘をつき、そうつぶやいた彼女の瞳はどこまでも冷め切っていた。


 仲間たちがどれほど必死に努力しようと、結末は変わらないと分かっている――彼女なりの確信がある。だからこそ、動かなければさらなる惨劇を生まないで済む。そう信じることで、自分を支えているのだ。


(……私はもう、行動しない。だから誰も呼びかけないし、私も応えない。それでいい。いつか、この国は滅びる。でも、私のせいではないわ……)


 もしかすると心の奥底で一抹の罪悪感が(うず)いていたが、深く考えることを拒むように目を伏せる。知らずに吐き出す溜息が、静寂の部屋に溶け込んでいく。


 こうした動乱が積み重なり、王都や地方には「国はもう長くない」という噂が蔓延(まんえん)していた。


 実際、暴動と略奪が増加の一途をたどり、隣国の軍は境界を切り崩し始め、政治の指導者たちはバラバラのまま。民衆は難民化して各地で衝突し、疫病が広がるという二次被害まで予想される。


 誰もが少しずつ、国の終わりを感じ取り、「まさか本当に」という恐怖を抱えながら日々を過ごす。保守派は強固な城に籠り、改革派は反政府運動の結集を狙い、下層民や農民は暴徒化しかけている。もう、どこにも救いの手はないのか――。


 一方、王宮ではロデリックがぎりぎりの意地で「何か策を」と叫び続けているが、それを誰もが「徒労」と思っている節さえある。使用人や家臣は何とか励ましの言葉をかけようとするが、自分たちにできることなどわずか。


 結局、すべての歯車が狂ったまま回り続け、制御不能に陥りそうだ。まるで、滅亡へ落ちていく歯車がゆっくりと回転を速めているかのように――。


(もし、このまま何もしないでいれば、あっという間にすべてが崩れるだろう。それでも、誰も止められないのか……)


 国中を蝕む絶望と焦りの狭間で、わずかな理性を保つ者たちがそう嘆くが、もはや手詰まりに近い。


 こうして、内乱の可能性と隣国の侵攻が同時に押し寄せつつある王国は、終焉へ向けての歩みを加速させていた。


 国境地帯の農村からは「略奪や破壊が横行している」という悲鳴に似た報告が絶えず、王都では夜毎の暴動が激化している。保守派と改革派は妥協点を見いだせず、あちこちで私兵や暴徒が衝突し、被害ばかりが膨れ上がる。


 その一方で、パルメリアはひたすら「無為」を続け、屋敷のなかから動こうとしない。すでに誰も彼女に呼びかけないし、彼女も周囲に目を向けようとしない。


「どのみち、この国は崩れるわ。……でも、それが私の手でなくて済むなら――それでいいの」


 ある夜、パルメリアが小さくつぶやいたその言葉は、まるで現実を見切った者の達観のようでもあり、自らを偽るための必死の呪文のようにも聞こえる。


 しかし、何の行動も起こさなければ、歯車はそのまま破滅へ向かって回り続けるに違いない――誰も止める術を知らず、誰も団結しないままに。もはや、回り出したこの運命は、そう簡単に止まるものではないのだ。


 あちこちで目撃される紛争の勃発や、難民の増加、飢えと病に苦しむ民たちの姿。貴族が私兵を引き連れて暴れ回り、敵軍が国境を蹂躙(じゅうりん)する光景は、次第に「当たり前」になりつつある。


 王宮や市街の誰もが「崩壊」を予感しながら、なんとか明日を生き延びようとする。


 しかし、それぞれが個別に足掻くだけで、全体を救い得る手段を見出さない。そんな混沌と諦観、そして破局への倒錯した期待に満ちていた。


 内乱か、侵攻か、あるいは両方か。


 激しい嵐がもう間近まで迫ってきているのを、王国のすべての人々が直感している。それでも止まらぬ歯車は、錆びつきながら悲鳴を上げ、ずるずると回り続けるだろう。


 どこにも救済の光は見当たらない。深まる混乱と、迫り来る災厄――それらが織り成す滅びの序曲が、今や王都全体を覆いつくしている。


 ――このまま、誰も動かず、運命の歯車は止まることなく回り続け、血と炎の結末へ導かれるのだろうか。すでに国の行く末を暗示する不穏な影は、確実に地平線を染め始めているように見えた。

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