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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第4章:滅びの足音

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第114話 交わらぬ想い①

 王宮の政務会議が荒れに荒れ、大きな成果を得られぬまま失敗に終わった――その知らせは、まるで火の手のように一瞬で王都中を駆け巡った。長引く国境の紛争と財政難をどうにかしようと開かれた会議にもかかわらず、結局は派閥の対立が深まるばかりで何ひとつ解決策が示されず、さらには招かれたパルメリア・コレットが「協力を拒んだ」という噂まで付け加わって伝わっていく。


 街の広場に集まる商人たちの会話でも、王宮近くの屋台で休む兵士たちの口からも、「あのコレット令嬢が国の危機を見捨てたらしい」という話がささやかれ、人々の失望と不安がますます募っていた。


 その動揺は、王都から離れた地方にも瞬く間に波及し、あちこちで「もう国はおしまいだ」「あの才媛も動かないなら、どうしようもない」という重苦しい声が上がり始める。加えて「いや、彼女が動いたら余計に混乱を招くかもしれない」などという疑念まで混在し、情報は混乱をきわめていた。


 そんな空気の中、かつての革命の仲間たち――レイナー、ユリウス、クラリス――はそれぞれ別の経緯で「パルメリアが無策で国を見捨てた」という噂を聞き、深い焦燥と疑問を抱いていた。


 しかし、その気持ちはどれほど強くとも、当のパルメリアが今や「国に無関心」「協力を拒否」という立場を頑なに崩さないのだと耳にして、誰もがもどかしさを覚え、何とか直接会って確かめたいと思い始める。


 そんな彼らの想いは、見事にすれ違ったまま交わることがなかった。もともとそれぞれが異なる境遇で動いており、互いに出会うことすらない。


 それでも三人は、それぞれの場所からパルメリアへ歩み寄ろうと試み、彼女の真意を探ろうとする――しかし、その行動の先に待つのは、「拒絶」という壁だった。


 最初に動いたのは、レイナー・ブラント。


 彼は下級貴族の家に生まれ、幼少期をパルメリアとともに過ごした縁がある。彼は若くして聡明、行動力もあり、いずれは地方行政や外交の場で活躍したいと考えていた。だが、国がこのままでは危ういと感じ、いてもたってもいられず奔走している。


 そんな折に「王宮の会議が失敗し、パルメリアが協力を拒んだ」という噂を聞き、深い失望と苛立ちを抱えつつも、どうしても納得がいかない思いで胸を焼かれる。


(幼馴染として、彼女がどうしてあんな態度を取るのか……僕にはまだ分からない。けれど、このままでは国が崩壊しかねない。彼女の本心を聞かないと……)


 そう強く思い立ったレイナーは、数日後の朝、意を決してコレット公爵家を訪ねる。


 玄関で出迎えた使用人たちの表情はどこか落ち着かず、(おび)えにも似た戸惑いを浮かべている。「お嬢様はあまりお会いになりたがっておりませんが……」と小声で話しかける様子からして、パルメリアがすでに訪問客との接触を極力避けているのは明らかだった。


 それでもどうにか応接室へと案内してもらい、レイナーはそこで息苦しい沈黙を抱えながら待ち続ける。昨夜はほとんど眠れず、目の下にはうっすらと疲労の色が浮かんでいた。


 しばらくすると、重々しい扉が開き、パルメリアが姿を見せる。青ざめた顔色とどこか冷淡な雰囲気が、以前の彼女を知る者としては痛々しいほどに違和感を放っていた。


 レイナーが立ち上がろうとすると、パルメリアは「座っていて」と手で制するように合図し、自身は対面のソファへ腰を下ろす。そのとき、彼女の目にはほんの一瞬だけだが、深い疲労感がのぞく。まるで「もう何もかも面倒」という投げやりな意思が端々に感じられた。


「……王宮の会議、相当荒れたそうだね。君は呼ばれたのに、何も言わなかったって聞いたけど……?」


 レイナーが控えめに切り出すと、パルメリアは視線を外したまま、どこかよそよそしい態度で答えた。


「ええ。呼ばれたから行っただけ。最初から何か言うつもりはなかったのよ」


 その冷淡さに、レイナーの胸は強く締めつけられる。


 かつてのパルメリアはもっと優しく、活発で、周囲に気を配ることができる人間だった。何があったにせよ、そこまで無関心を装うような性格ではなかったはずだ。だが、今の彼女はまるで思考も感情も凍りついているかのように見える。


「でも、国はもう限界なんだ。地方の暮らしは悲惨で、暴動や戦がいつ起きてもおかしくない状況だよ。

 ……どうか、一度だけでも力を貸してくれないか?」


 レイナーの声には、幼馴染にすがるような切実さがこもっていた。国の流れを変えるだけの才覚が、彼女にはきっとある。そう信じているからこそ、何とか気持ちを引き出そうとする。


 しかし、パルメリアは唇の端にかすかな苦笑を浮かべるだけで、わずかに首を横に振った。


「あなたも、まだそんな幻想を抱いているのね。王宮でも同じことを言われたけど、私が動けば混乱が広がるだけ。……これ以上、国を乱す意味がある?」


 その突き放すような台詞に、レイナーはかすかに瞳を見開く。


 「混乱が広がるだけ」という表現には、単なる無関心ではなく、彼女の中で何かを恐れている色がにじんでいる気がした。だが、そこを問いただす前に、彼女が次の言葉を被せるように放つ。


「どうしてそこまで思い込むんだ? 君には確かな知識や見識がある。昔も色々と助けてもらっただろう……」

「……昔は昔よ。今は違う。――私がどれだけ足掻(あが)いて、ふふっ……どんな地獄を見たか……あなたは知らないでしょう?」


 短く切り捨てるように吐き捨てられた言葉は、まるで深い傷口を思い出させる触れられたくない部分を守るかのよう。


 レイナーはその変化に戸惑いながらも、どうにか踏み込もうと試みる。かつては信頼し合っていたはずなのに、今は分厚い壁を感じるばかりだ。


「僕は……君が何を見てきたかなんて全部は分からない。でも、昔から本当に頼りになる存在だったのは間違いない。いまこそ、その力を国のために活かしてほしいんだ……」


 レイナーが身を乗り出すようにして懇願する。彼女の隠された思いを少しでも引き出したい一心だ。しかし、パルメリアはさらに一歩距離を取り、彼の目を真正面から見ることを避けた。


「幼馴染だからって、私を動かそうなんて考えないで。むしろ、あなたにこそ理解してほしいわ。私はもう何も……何もする気はないの。王宮の会議を見れば分かるでしょう?」


 そのあまりに冷たい拒絶に、レイナーは胸をえぐられる。幼少期をともに遊んだ記憶があり、彼女の温かい部分を知っているからこそ、「ここまで変わってしまう理由があるはず」と思ってしまうのだ。


 だが、彼女の意志は鉄のように固いらしい。押し問答はむしろ彼女を追いつめるだけで、何かを決定的に壊してしまうかもしれない――そんな不安が、レイナーの口を重くする。


「わからない……。どうして、そこまで自分を否定してしまうんだ? 国は崩れそうだし、苦しんでいる人がこんなにいるのに、なぜ見ているだけでいられるんだ?」


 そう声を張り上げても、パルメリアの表情は曇ったままだ。彼女はほんの一瞬、瞳を伏せ、何かを噛みしめるように黙り込む。


 そして、感情を押し殺すような平坦な声で言い切った。


「なぜって……そうね。私が動けば、ふふっ……もっと悲惨な結末しか呼べないから。――それ以上、言うことはないわ」


 その言葉には凄みさえ感じられ、レイナーはもうそれ以上踏み込むことができず、うなだれるしかなかった。


 彼女の決意の硬さ、そして過去に何か大きな痛みを抱えていることだけは伝わる。だが、それをどうにかする方法を、彼は持ち合わせていない。


 無力感に苛まれながら、レイナーは重い足取りで席を立ち、諦めきれない思いを隠せないまま唇を震わせる。


「……僕には、どうすることもできないのかな。……わかった。だけど、もう一度言うよ。僕は諦めない。いつか君が気持ちを変えてくれると信じてるから」


 それだけ告げて、彼は応接室を後にする。背中を向けてもなお、パルメリアは目を伏せたまま動かない。鋼鉄の壁がそこにそびえ立つようで、レイナーは何度も振り返りたい衝動を押し殺し、ドアを静かに閉めた。


 扉が閉まるまでのわずかな時間、パルメリアはまるで人形のように沈黙していた。


(これでいいのよ……私が動いたところで、また同じ苦しみが繰り返されるだけ。――レイナーには分からないでしょうけど)


 冷たく拒絶しながらも、内心で幼馴染を思う感情がかすかに(うず)く。


 しかし、彼女はその痛みを振り払うように小さく息を吐き、嘲るような微笑を浮かべて自らを納得させる。


(幼馴染だからって揺らぐわけがないでしょう。私はもう二度と……あの失敗を繰り返さない。絶対に)


 そう言い聞かせるようにつぶやき、ソファの背にもたれる。まるで「何もしない」という選択肢こそが唯一の安全策だと確信するかのように。


 こうしてレイナーの想いは、あっけなく打ち砕かれる。交わることのない意思のまま、二人の会話は終わりを告げた。

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