表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第3章:拒絶の選択

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

273/314

第111話 四人の孤軍奮闘①

 王都を包みこむ重苦しい空気が、日に日に濃度を増している。財政難や地方の困窮、さらに隣国の軍事的な動きが重なり、国全体が不穏な気配に覆われていた。保守派と改革派の争いは絶えず、一部では小さな衝突が勃発しているという噂まで飛び交い始めている。そんな切迫した情勢のなか、パルメリア・コレットは依然として屋敷にこもり、「何もしない」姿勢を頑なに崩さないままだ。


 彼女こそが、この国の危機を打開する鍵を握っている――それは王都にいる誰もが認める事実だった。だが、肝心のパルメリアが動かない以上、その才覚を活かす場はなく、国の情勢はゆっくりと破滅へ傾いているように見える。今や、王宮に仕える者たちの間でも「あれほどの力を持ちながら、なぜ関わろうとしないのか」と嘆く声が上がり続けていた。


 そんな混迷を深める国にあって、かつて「前の人生」でパルメリアと革命を共に起こした仲間たち――レイナー、ユリウス、クラリス、ガブリエル――の四人は、それぞれのやり方で国を救おうと必死に奔走している。だが、肝心のパルメリアとの連携は得られず、四人はまるでバラバラに孤軍奮闘するかのように空回りを続けているのだ。


 下級貴族出身のレイナー・ブラントは、幼馴染としてパルメリアをよく知る人物だった。かつての彼女が情熱に満ち、領地改革や人々の暮らしに献身的だった様子を誰よりも近くで見てきた。だからこそ、彼は「今の彼女」との落差に戸惑いながらも、「何とか昔のパルメリアに戻ってほしい」と心底願っている。


 とはいえ、それを言い出せる状況でもなかった。王宮では派閥争いが激化し、貴族会議に顔を出せるほどの地位を持たないレイナーは、独自の行動で国境を越えた外交ルートを探り、隣国との衝突を防ぎたいと奔走している。使える人脈は多くないが、それでも彼は持ち前の行動力で街角の情報屋を回り、商人ギルドに駆け込んで各種の情報を集めていた。


「……このままじゃ、本当に隣国と戦争が起こるかもしれない。物資の備えも十分ではないのに」


 王都の外れにある商店街の一角。レイナーは信頼する商人から情報を得ようと耳を傾けるが、返ってくるのは「情勢が悪い」という言葉ばかりだ。人々は価値の下がった貨幣や物価の高騰に苦しみ、また国境近くの兵力が微妙に増えつつあるという噂で怯えている。


 彼は焦燥感を振り払いながら、パルメリアの名を出しては何とか協力を仰ごうとするが、そのたびに「でも、彼女は動かないんだろ?」と返されるのがオチだ。


「もしパルメリアが動いてくれれば、隣国との橋渡しだって成功する可能性が高いのに……」


 かつてのレイナーなら、迷うことなくパルメリアを頼っただろう。実際、彼女の冷静な分析と的確な判断力で、多くの案件がうまく進んだ経験がある。しかし今は、彼女に会いに行っても、いつも「ごめんなさい。今は何もしたくないの」と断られるばかりだ。その言葉を聞くたび、レイナーは「どうして……」と心のなかで叫んでしまう。


 ある晩、レイナーは公爵家を訪ね、応接室の前でしばしたたずんだ。侍女が「お嬢様はご体調が優れないので」と遠慮がちに言うが、レイナーは強く主張する。


「どうか、少しだけでもいいから時間を頂けませんか。大事な話があるんです」


 けれど、扉の奥からはパルメリアの淡々とした声が聞こえてくる。「レイナーならわかってくれると思うけれど、今は会う気分じゃないわ……ごめんなさい」と。


 それを聞いたレイナーは仕方なく苦笑して後ずさり、侍女と視線を交わす。侍女も同じように困惑の色を浮かべながら首を横に振るだけ。もう、どうしようもない。そう実感してしまう瞬間だった。


 屋敷を出るとき、レイナーは夜風に吹かれながら小さくつぶやく。


「頼むから、もう一度だけでいいから、力を貸してよ……。このままじゃ国が崩れる」


 だが、その声は誰にも届かない。彼はひとり拳を握りしめ、「自分にできることを探すしかない」と夜の闇へと消えていく。周囲に味方は少なく、使える資金も権力もほとんどない。幼馴染としてパルメリアをよく知るがゆえに抱く期待は、拒絶に跳ね返され、心を折られそうになりながら、それでも必死に動き続けているのだ。


 ユリウス・ヴァレス――都市部や地方の下層民、学生たちから熱く支持される「革命派」のリーダー格。若いながらも強烈なカリスマを持ち、貧富の差や不平等な税制を正そうと力説している。しかし、保守派からは警戒され、急進的な改革者として目の敵にされているのが現状だった。


「……民衆の意識は高まっている。だが、具体的な政治力を持たないままでは、ただの暴動で終わってしまう可能性があるんだ」


 王都の裏通りにある集会場の一室で、ユリウスは支持者たちを前に苦々しく語っていた。地方の農民からは増税に反対する嘆願書が届き、町の労働者や学生たちは街頭デモを計画している。しかし、それを正式な改革へと昇華させるには、政治に直接介入しなければならない。だが、貴族院や王宮では保守派が強固な壁を築いており、ユリウスの主張は一蹴されがちだった。


「一度、パルメリア・コレットに働きかけることができれば、彼女の名声と影響力で一気に流れを変えられる。……なのに、どうして彼女は動こうとしないんだ?」


 集会場に集まる同志たちも同じ疑問を抱いている。かつて領地改革で民を救済した令嬢なら、いまの王都で起きている苦しみにも目を向けるはずだ――そう信じていたからだ。だが実際には、「パルメリアはまったく応じない」という噂ばかりが耳に入ってくる。


「ユリウスさん、あの令嬢に再度頼んではどうです? 一度顔を出してくれたら、民衆も彼女を支持すると思いますし……」


 若い学生が提案するが、ユリウスは暗い表情でかぶりを振るしかない。すでに何度かパルメリアのもとを訪れ、説得しようとしたが、「興味がない」「今は何もする気がない」と返されただけだった。あの冷え切った瞳を思い出すたび、ユリウスは喉がカラカラに乾くような焦りを感じずにいられない。


「どうにかならないんだよ。何度説得しても、『私は関係ない』と言われるだけで……。あのとき、あんなに革命の夢を語り合ったのは幻だったのかと思うくらいだ」


 前の人生でパルメリアと築いた「革命」の記憶はユリウスにはない。しかし、「彼女なら力になってくれるはず」という漠然とした確信が、今の彼を苦しめているのだ。かといって、それを確かめる術も見当たらない。仲間たちが「君なら彼女を動かせるのでは?」と希望を押しつけてくるほど、ユリウスは一層孤立感を深めている。


「……俺が動かなければ、民はただの暴徒として鎮圧されてしまうかもしれない。でも、いまのままじゃ王宮や貴族院への説得も足りない。パルメリアが動けば……いや、考えても仕方ないか」


 そう自嘲気味につぶやきながら、ユリウスは夜の集会をあとにする。街灯の明かりがちらつく夜道を歩きながら、心中には「もしかしたら次こそ」とのわずかな期待と、「どうせまた拒まれる」という悲観が同居していた。どれほど彼が奮闘しても、体制を大きく揺るがすにはパルメリアの存在が必要なのだ。だが、その扉は固く閉ざされたままで、ユリウスはひとり空回りを続ける。


 農村や都市の医療不足、教育の遅れなど、国の根幹を揺るがす問題に対して、学術の面からアプローチを試みているのがクラリス・エウレンだ。若くして多方面の研究を進めている彼女は、農業改革や医療施設の充実などを推し進める実験をいくつも行っている。だが、政治的な後押しが得られないため大規模に展開できず、一部の地域だけで細々と試みるのが限界だ。


「栄養改善のための作物の導入が認められないなんて……。保守的な学会は『そんなものは怪しい』で片付けてしまうし、貴族の許可がなければ土地を貸してもらえない。時間だけが過ぎていく……」


 クラリスは王都の外れにある小さな研究施設で、スタッフたちを前に重いため息をついた。熱意だけで進めてきた研究の数々は、少しずつ成果を上げているが、国全体を巻き込むには政治の協力が不可欠。それが得られない現状では、どんなに真面目に取り組んでも一部の人々しか救えない。


「本当なら、パルメリア様が一言後押ししてくださるだけで、資金援助や研究環境が整うのに……。どうして彼女は動いてくださらないの?」


 スタッフの若い女性がそう漏らすが、クラリスは「そうね……」と曖昧(あいまい)な返事をするしかない。かつてパルメリアが主導した改革事業で、その深い見識と判断力に助けられた経験があるだけに、今の彼女の冷淡ぶりには大きな失望を抱いていた。何度か面会して懇願したが、やはり「興味がない」と突き放されてしまう。


「技術や知識だけでは、人を救えないのでしょうか。結局、政治的な権力が必要……。でも、パルメリア様ほどの影響力を持つ方がいま動いてくださらないなら、私たちにはどうしようもありません……」


 その独白に、周囲のスタッフは言葉を失う。すでに資金も底をつき、十分な機材や人手を確保できないまま、研究と実験を続けるのは困難を極める。数日前も、ある保守派の貴族から「新しい医療施設に税金を投入するなど認められない」と一蹴されてしまった。パルメリアが一声かければその障壁が崩れ、迅速に医療設備を整えられそうなのに……。その事実を思うたび、クラリスの胸は痛む。


「……私の研究は、ただの理想論なのかもしれません。でも、この国を少しでも良くしたかった。パルメリア様となら、それができると思っていたのに……」


 誰に言うともなく吐き出されたつぶやきは、研究施設の静かな空気に溶けていく。そこには、孤立した学者たちの焦燥と、パルメリアへの小さな期待が混じり合った微妙な空気が漂っていた。彼女は仲間に向けてかすかな笑みを作り、「仕方ありません。できる範囲で頑張りましょう」と言うしかない。だが、その言葉には力がなく、自分たちの活動が空回りしている現実を否定できないのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ