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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第3章:拒絶の選択

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第109話 変わらぬ意思②

 一方、王都の議場では、改革派が盛り上がりを見せているという話を使用人たちが廊下でささやいていた。


「都市部の学生や労働者が、既得権を打ち壊すべきだと声を上げ始めたらしいわ。保守派の貴族たちは真っ青よ」

「うわさじゃ、一触即発の状態だとか。しかも、隣国もこちらの内部対立を見透かしているらしいし……」


 普通なら、パルメリアがそうした動きを知れば何らかの見解を示し、自ら前線に立つことすら考えるだろう。しかし今は、そんな気配は微塵(みじん)も感じられない。屋敷の奥に閉じこもり、「それが私になんの関係があるの?」と切り捨てるだけ。


 以前の彼女を覚えている使用人たちは、ときおり集まって嘆いていた。「本当に、お嬢様は昔と変わってしまったのね……」「前なら王都が危ういと聞けば、居ても立ってもいられなかったのに……」などと悲しげに声を交わしている。


 ある夜、パルメリアは廊下を歩きながら、その噂話を耳にしてしまった。使用人たちが「あの頃のお嬢様は、周囲に笑顔を振りまいて、改革に奔走していたのにね……」としんみり話していたのだ。それを聞いた彼女の胸には、かすかな痛みが走る。


(昔の私……そうね。前の人生で、みんなを巻き込んで革命を起こし、結果的に血と涙しか生まなかった。私自身も処刑台へ……。こんなふうに変わらずにいられるわけがないじゃない)


 そうやって自分に言い聞かせ、足を速めて部屋に戻る。昔を思い出すと苦しくなるし、今の自分と比較されるのはさらに堪えがたい。


 同じ問いかけに対して、パルメリアが同じ拒絶を繰り返す――このパターンが完全に定着したことで、周囲の人々もついに手詰まりになってきた。ほとんどの説得者が「もはや駄目だ」と諦め、わずかな人だけが粘り続けるという構図になっている。それでも、パルメリアの意志を動かせる兆しは皆無だった。


「王太子ロデリック殿下が、また正式な書簡を送ってこられました。『あなたの手助けが得られれば、国をまとめられる可能性がある』と……」


 侍女の言葉に、パルメリアは一瞬だけまぶたを伏せ、申し訳なさげに唇を噛む。前の人生で、彼を追放してしまった記憶が脳裏をかすめるのだ。


(ロデリック……ごめんなさい。私はもう、あなたを含め、誰とも一緒に歩む気はないの。あなたの優しさをまた踏みにじることになるだけだから)


 口には出さず、ただ無言で首を横に振るだけ。「返信なさいますか?」と侍女が尋ねるが、「いいえ、私からは何も言わないわ」と応じるだけ。侍女はそれ以上言葉を発することなく、書簡を抱えたまま困ったように下がっていった。


 一方、王都では「パルメリアからの返事はいまだゼロ」という事実が知れ渡り、民衆のあいだでも「彼女は国を救う気などない」と半ば失望された存在になりつつある。かつては「領民のために心を砕く公爵令嬢」として評判だっただけに、その反動も大きい。公爵家への非難の声や陰口も増えはじめていた。


 屋敷に出入りする者の数が徐々に減っているのは、周囲が「諦め」や「見切り」をつけ始めた証拠だろう。パルメリアが固い意思を貫けば貫くほど、再び説得に訪れる人が減り、彼女の孤立は増す一方となる。公爵や家臣たちが歯痒い思いを抱きつつも打つ手を見出せないまま日が過ぎていく。


 この「堂々巡り」がひとつの頂点を迎えたのが、王太子ロデリックが何度目かの使者を立てて正式に「面会」を求めてきたときだ。王太子の名のもとに面会を要請する以上、断り続けると王家の面目を潰すことになる――そう公爵や家臣は危惧し、何とか娘を動かそうとする。だがパルメリアは、いつもと変わらぬ調子で「行きません。興味がないから」と答え、最後まで態度を変えない。


 その結果、王宮や貴族たちは「パルメリアの意思は絶対に変わらない」と、再認識するに至る。あれほどの才覚がありながら、一歩も踏み出そうとしないどころか、扉さえ開けてくれない――。


 状況がどれほど逼迫(ひっぱく)していようと、彼女はまるで自分に関係のないことのように過ごしている。人々の焦燥感をよそに、その「変わらぬ意思」をこそ唯一の選択肢として握りしめているのだ。


 屋敷の廊下では、使用人たちがまた集まって嘆いていた。


「お嬢様、いま国がこんな状況なのに、本当に一歩も動かないのね……」

「昔は違ったのに……誰にでも手を差し伸べて、改革のために奔走していたはずなのに……」


 すると、家臣のひとりが溜息混じりに続ける。


「しかし、あれだけ断固としていては、もう何を言っても無駄でしょう。公爵様もお手上げらしいし……。国が危機なのに、誰も彼女を動かせないのだから……」


 パルメリアは偶然その場を通りがかるが、聞こえていても顔色ひとつ変えない。むしろ、そんな言葉が自分に向けられているのは当たり前だという風情で通り過ぎるだけ。かつてなら寂しさや負い目を感じたかもしれないが、今の彼女はそうした感情さえ抑え込んでいる。


 自室に戻ると、パルメリアはしんと静まり返った空間を眺めながら、ベッドに腰を下ろす。ここが自分のすべて――そう思い定めた「安全地帯」だ。行動を起こさないための籠城の場所、と言ってもよい。


(周りがどれだけ嘆いても、私は変わらない。あれほどの惨劇を経験して、また同じ道を歩めるわけがないもの)


 目を伏せながら、淡々と心の中で繰り返す。


 遠くで聞こえる馬車の音が、王都の雑踏を思い出させるが、それもすぐにかき消える。自室はまるで別世界のような静寂に包まれ、彼女の脈打つ鼓動だけがかすかに息をしているだけだ。


(ここにいて、何もしない。それが私の選んだ答え。どんなに説得されても、もう二度と私は自分を変えない――)


 その決意の奥には、前の人生で散々見せつけられた苦悩がこびりついている。革命という大義名分の下で粛清を繰り返し、最終的には処刑台で終わった過去。その痛みを知っているからこそ、周囲の期待が恐ろしくて仕方ないのだ。彼女自身も、これが歪んだ選択であることは理解しているが、破滅を回避するには「誰とも関わらない」しかないという結論に至っている。


 夜になり、屋敷の灯りが次々に消されるころ、パルメリアは書きかけの手紙に視線を落とす。それは先日、王太子ロデリックからの書簡への返事になりうるものだったが、彼女は筆を取ることを放棄した。


(ロデリックには本当に悪いと思うわ。前の人生でも、あのとき散々利用したあげく、私は彼を追い出して……。でも今さらこの世界で謝ったところで何が変わるの? 私はもうあなたと一緒に何もできない……)


 わずかな独白が、部屋の静寂に溶ける。彼女はペンを握る指先を強張らせながら、結局書き出そうとしないまま手を離す。インクが入った瓶に蓋をして、真夜中の暗闇が机の周りを支配した。

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