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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第3章:拒絶の選択

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第109話 変わらぬ意思①

 国内の財政難、地方の困窮、そして保守派と改革派の衝突――切迫した空気が国全体を覆い始めても、パルメリア・コレットの態度は相変わらず冷たく、揺らぎを見せなかった。


 王宮がいくら声を上げようが、貴族院がどれだけ名士を通じて説得しようが、彼女はひたすら「興味がない」と言い放ち、扉を閉ざし続けている。周囲の者は、彼女の確固たる「拒絶」に戸惑いと焦燥を募らせるが、パルメリアにはその声が届く気配すらなかった。


 王都の大通りでは、すでに不穏な噂が飛び交い始めている。


「隣国が軍を動かしつつあるらしい」

「農村では飢饉の兆しが見えるのに、派閥争いばかりだ」


 そんな話題を耳にする市民たちは、来るべき混乱を恐れながらも、どこか漠然とした不安に押し流されていた。王宮内部では、保守派と改革派が激しくぶつかり、重要な決定がいっこうにまとまらない。派閥同士の利害調整が泥沼化し、重大な局面が近づいているにもかかわらず、国を結束させる手段が見つからないままだ。


 そんななかで、「公爵令嬢パルメリア・コレットを呼び出そう」という意見だけは、保守派も改革派もほぼ一致しているというから皮肉なものだ。彼女の突出した才能を、誰もが何とか利用したいという狙いがある。しかし当のパルメリアは、国の危機などまるで他人事のように取り合わない。そのため、王宮では「あの公爵令嬢さえ動いてくれれば……」という願望が高まりつつも、空回りが続いているのだ。


「彼女は一度動けば、迅速に状況を好転させられるだけの才を持っている」

「だが、どんな説得も拒んでいる。かつてあれほど領地改革に熱心だったのに、一体何があったのか」


 そんな声が王都の至るところで聞こえてくる。中には「血も涙もない」と酷評する者もいれば、「すべてを見捨てるほどの悲観論者になってしまったのか」と憶測する者もいる。だが、どれだけ世間が騒ごうと、彼女の態度は微動だにしない。


 公爵家の一室。昼下がりの薄い光がカーテン越しに差し込むなか、書簡が束になって机に積まれている。どれも、王宮や有力貴族からの切実な依頼や懇願を(つづ)ったものばかりだ。


 パルメリアはその一通一通に、目を通すことすらせず、淡々とした表情で横に押しやっていた。


「お嬢様、また王宮からの手紙が届いております。今回は騎士団長の名前も添えられていて……」


 侍女が遠慮がちに声をかけるが、パルメリアは書簡に目を落とさず首を軽く横に振る。


「いらないわ、捨てておいて。全部見ないと決めたから」


 そう言うだけで、再び視線を窓の外へ向ける。庭師が花壇の草を抜く姿が見えるが、それも彼女の瞳にはほとんど入っていないようだった。興味がないものに手を伸ばさない――その強い意志が、彼女の行動を支配している。


 しばらくして、別の使用人が「公爵様が書斎でお嬢様をお待ちです」と呼びに来る。パルメリアは軽い足取りで廊下を進むが、その背中には明らかな緊張感が漂っているようにも感じられた。書斎に入ると、公爵が深刻そうな面持ちで机に向かい、書類を見ている。


「パルメリア……また王宮からの要請だ。お前が少しでも顔を出せば、事態が好転するかもしれない。頼まれてくれないか?」


 以前にも聞いたことのある説得。パルメリアは一瞬、父の目を見つめるが、すぐに瞳を伏せる。


「お父様がどんなに言っても、私の意思は変わりません。出かける気はありませんし、会合に参加するつもりもない。……もう何度繰り返せばわかるんですか?」


 公爵は苦々しく眉を寄せ、書類を机に置いたまま口を結ぶ。


「そうだな……お前の言うとおり、何度も同じことを聞いている。だが、国は限界に近づいているんだ。どうか、考え直してはくれないか」


 パルメリアは答えないまま、部屋の隅にそっと視線を向ける。机の上には乱雑に積み上げられた書簡があり、その多くが「パルメリアへの助力」を請うものだというのは見ればわかる。前の人生であれば、こうした要請に真っ先に応えていたかもしれない。だが今は違う。


(同じ問いかけ。私も同じ答え……この繰り返しで、何度目かしら)


 心の中で自嘲しながら、彼女は小さく息をつく。公爵がどれほど苦悶の表情を浮かべても、彼女は表情を変えない。


「お父様、私の考えは変わりません。もう十分に言ったはず……。これ以上、同じ話をしても無駄です」


 その一言で、公爵は肩を落とし、机に片肘をついてうつむく。書斎の隅に飾られた紋章が薄暗い光の中で静かに揺れているように見えたが、空気は重苦しく沈み込むばかりだ。


「……そうか。わかった」


 かつては、彼女が領地で展開した改革の数々を誇りに思い、共に次の計画を話し合うのが日課だった。けれど、今のパルメリアからは“何もしない”という暗い意思しか感じられない。


 書斎を後にした彼女は、廊下で再び侍女に出会うが、「お嬢様、クラリス様からの書状が届いています。新しい医療技術の研究が進んでいて……」と報告されても、「読む気はないわ」と言うだけ。


 かつてなら目を輝かせて飛びついたかもしれないが、今は視線すら投げない。


(王太子ロデリックも、また書簡を送ってくるんでしょうね。彼には悪いことをしたわ……前の人生で、私が彼を追放してしまった。あれはやむを得なかったと思っているけれど、何度思い出しても胸が痛むわ)


 そんな思考が一瞬だけ脳裏をかすめる。以前の人生――革命の只中でロデリックを「危険分子」とみなし、国から追放した。もともと王太子でありながら、パルメリアを支援するために地位すら捨てた彼を、結局、利用したあげく退けてしまったのだ。今さら謝ることもできず、かといって協力をする気もない。そんな悔恨めいた感情が、彼女をさらに行動不能に縛っている。


 それから数日、王都では「改革派が活発に動き始めた」「保守派が対抗している」といった噂が広がっている。中には「クーデターの予兆ではないか」と騒ぎ立てる者も現れ、街の警備は強化されているらしい。しかし、当のパルメリアはそれを聞いても「関係ないわ」と応じるのみ。


 公爵家の廊下に立つ家臣が、「お嬢様、近隣諸国の情勢が緊迫しているそうです」と声をかけても、彼女は一瞥することさえせず通り過ぎる。毎日のように来訪する各方面の使者たちも、屋敷を出るときには一様に疲れ切った顔を見せているが、パルメリアは顔を合わせようともしない。


「また同じ繰り返しね」


 パルメリアは屋敷の奥で本をめくるふりをしながら、胸中でそうつぶやく。以前なら、どんな小さな案件でも興味を示し、改善策を提案していたのに、今はどれもが遠い出来事のように思える。


 かつての「革命の仲間たち」――レイナーやクラリス、ガブリエルなども、何度目かの説得を試みようと考えたが、すでに大方は諦めムードが漂っている。彼女の拒絶は筋金入りで、ひとたび口を開けば「わたしには関係ない」とにべもない。


 それを聞くたびに、誰もが落胆し、次に来るときはさらに意気消沈した顔をして帰っていくのだ。

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