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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第2章:閉ざされた未来

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第105話 沈黙する救世主②

 屋敷の廊下を歩くパルメリアを見かけた使用人が、次の国政会議で彼女に助言を求めたいという貴族からの手紙を手渡そうとするが、「いらないわ。机の上に置いておいて」と突き放される場面が繰り返される。受け取ったふりをしても、結局は目を通さずに放置するだけということも多い。周囲の歯がゆい想いが空回りするにつれ、ますますパルメリアは頑なに沈黙を守っていく。


 そんな中、王宮や貴族院の重鎮たちは「どうして彼女はここまで拒むのか」と首をひねり、派閥間でも意見が割れている。「彼女を無理矢理にでも引き込むべきだ」という急進派と、「公爵令嬢がその気にならないなら放っておけ」と言う保守的な者たちが衝突し、かえって混乱を深めているという噂もある。


(国のため? そもそも、国を変えようとした結果、どれだけ血が流れたか――彼らは何も知らないだけよ)


 そう心の中でつぶやくパルメリアは、もはや「頼らないで」と思うしかない。頼られれば頼られるほど、また同じ惨劇を招くかもしれない――それが彼女にとって最悪のシナリオだった。前世の記憶が鮮明なだけに、そのトラウマは深刻なのである。


 そして今日も、パルメリアのもとを新たな使者が訪れる。応接室で待つ男性は、王宮での実務を担う高官らしく、痩せた頬が緊張と焦りを物語っていた。公爵が同席して、娘の意思をなんとか動かそうと試みるが、パルメリアが部屋に入ってきたとたん、使者の声は熱っぽくなる。


「パルメリア・コレット様。王宮では、いま本当に国をまとめるリーダーが必要なのです。ぜひ、お力を……」


 まるで(すが)るようなその声音は、どんなに断られても諦めきれないという執念に似ている。彼女の優れた見識と分析が、もしかすれば今の国難を救うと信じる者が多いのだろう。それに対し、パルメリアは机に視線を落としながら短く返答を続ける。


「興味がありません。勝手にすればいいわ」

「ですが、お嬢様の分析が国にとってどれほど大きいものか、皆が知り始めています。あの税制案の影響も、先だっての外交情勢の見通しも、まさしくお嬢様の言う通りに……」

「だから何? 私の言葉を利用すれば、いずれどこかで無理が生じる。……悪いけれど、私は動くつもりはないの」


 彼女の拒絶は相変わらず冷たい。使者はなおも食い下がるが、パルメリアは話を聞くそぶりを見せず、机の上に腕を置いて軽くため息をつく。そして、なるべく早く退散してほしいというように視線を横へ逸らす。


 公爵が横から「すまない。娘の気が変わらぬようで……」と申し訳なさそうに声をかけ、使者は深々と頭を下げながら応接室を出ていくしかない。何度目かわからない「空振り」が、屋敷に重い空気を残す。


 パルメリアもまた、使者が出て行った後、椅子に深くもたれて小さく息を吐く。独り言のように、誰にも聞こえぬ声でつぶやくのだ。


「誰も私を頼らないで……。私が動くと、きっとろくなことにならないんだから……」


 そのつぶやきには、どこか苦しげな響きが混じっていたが、誰にも届かず部屋の静寂に溶けていく。もし周囲が耳を傾けることができても、その深い意味を理解するのは難しいだろう。前世で血に染まった革命と粛清、そして処刑を味わったのは彼女自身なのだから。


 こうして、パルメリアは国中から「救世主」とまで呼ばれはじめている一方で、当の本人は何もする気配がないどころか、どんなに頼まれても最終的に「興味ありません」と突っぱねるだけ。周囲は苛立ちと期待を入り混じらせながら困惑を深めているが、彼女の心は重い扉を閉ざしたままである。


 結局、王宮や貴族院からの要請はますます強まっていくが、彼女はすべて「私は関わらない」と拒絶し、周囲が寄せる期待に応じようとはしない。引き受ければどれほど国のためになるかを理解していながら、彼女はその道を選ぶ余地を自ら捨てているのだ。周りから見れば、まるで救世主が自ら沈黙しているかのように映るが、パルメリアにとっては何も話す意味がない。


(私がどれほど的確な分析をしようと、結局は誰かが欲望や権力争いで台無しにする。私が動けば、逆に血を見ることになるかもしれない。そんな未来、もう嫌……)


 そう自分に言い聞かせながら、彼女は屋敷の中で細々と生活を続ける。周囲がどれほどの熱意を持って彼女を口説こうとも、温度差はまるで埋まらない。粛清と処刑の過去を抱えるがゆえに、国を救うはずの力を封じざるを得ない――それこそが、パルメリアの苦しい現実だった。


 夜になり、パルメリアは部屋のカーテンを閉じながら小さくつぶやく。


「どうして、誰もわかってくれないのかしら……。私なんかに期待したって、最後には血が流れるだけなのに」


 闇が部屋の中を包み込み、彼女は明かりをつけることなく暗いままの空気に沈む。まるで「沈黙する救世主」という不本意な肩書を自ら体現するかのように。王宮や貴族たちが寄せる要望が、彼女の耳にはいよいよ煩わしくしか響かない。


 こうして周囲の期待が高まれば高まるほど、パルメリアの拒絶は強固さを増していく。いつしか、家臣たちも「お嬢様に依頼しても無駄だ」と学習し、最初から諦め半分で来るようになった。公爵も娘に何度か説得を試みたが、そのたびに「もうやめて」と言われてしまい、ほとんど言葉を失う。


 その翌日も、王都からの使者がやってきては門前払いに近い形で帰っていく。その使者が廊下でつぶやく「まさか、そこまで関わる気がないとは……」という声だけが薄く残り、屋敷の空気はより重苦しくなる。何も変わらないまま、日々が過ぎていく。


 パルメリアは、そんな空気を敏感に察知しつつも、「自分の気持ちは変えられない」と腹をくくっている。前世での独裁政権を築いた自分、そして処刑台へ落ちた惨劇――それを回避するために「何もしない」のが最善だと信じるからだ。


「私が動けば、より最悪の結末を招く。だから動かない。……どうして、それがわからないの?」


 その独白は、部屋の中でか細く響くだけで、誰の耳にも届かない。彼女自身も、それを外に発信するつもりはないだろう。もはや王宮からの声がどれだけ届こうと、「興味がない」「放っておいて」と言い続けるのみ。


 こうして周囲から見れば「沈黙する救世主」と化したパルメリアは、冷たい拒絶を突きつける一方、内面では誰にも言えない苦しみを抱えながら日々を送っている。その矛盾が解消される見込みはなく、王宮や貴族院からの要請が何度繰り返されても、彼女の心を動かすことはできないまま――。


 夜が深まると、いつも通り彼女は自室へこもり、扉を固く閉ざす。朧な灯火の中で、机に積まれた書類をじっと見つめるが、手を伸ばそうとはしない。そのまま視線を下ろし、苦々しさを紛らわせるように短く息を吐く。


「どうか、私に期待なんてしないで……。私を頼っても、ろくなことにならないのよ」


 その言葉が、誰にも届かないまま宵闇に溶ける。翌朝になれば、また同じように使者や書簡が届き、パルメリアは同じように拒否を続ける。そのループのなかで、彼女の心はますます硬く、冷えきっていくのだった。


 ――こうして、「沈黙する救世主」という皮肉な構図が公爵家に固着していく。王宮や貴族たちの騒ぎがどんなに熱を帯びようと、当のパルメリアは心の声とともに、「私を頼らないで」と突き放す姿勢を変えない。その先にあるのは、深い絶望の孤立か、それとも何か別の転機か。少なくとも今は、誰にも知る術がなかった。

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