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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第2章:閉ざされた未来

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第105話 沈黙する救世主①

 昼下がりの淡い日差しがカーテンの隙間からパルメリアの部屋を照らし、床にぼんやりとした影を落としていた。机の上には、国内外から送られてきた書簡や報告書の山が、まるで小さな山脈のように積み上げられている。経済や税制、外交問題、隣国の軍事的動きなど、内容は多岐にわたり、どれもが国政において重要な懸案を孕んでいた。


 かつてのパルメリアなら、その書類を読み解き、問題の核心を素早く捉え、改革への道筋を整然と提案しただろう。しかし今の彼女は、その才能を自ら封じ込めるかのように、書類を見ても興味を示す気配がない。


 机の前に座る彼女は、古ぼけた書類の端を指先で軽くめくるものの、その眼差しはどこか冷たく、焦点が定まっていない。実のところ、かつての前世――その記憶――で得た経験があるため、これらの報告書の裏を見抜くことは容易だった。だが、彼女の心はもう改革に向かう意欲を捨て去っている。再び手を下せば、同じ破滅をたどるだろうという恐れが胸を支配しているのだ。


(前世で必死に国を変えようと動いて、結局は血の惨劇しか残らなかった。もう誰も救えないし、また権力に溺れるかもしれない。だから、関わらないほうがいい。――どうせ周りはそれを理解してくれないのでしょうけど)


 そんな思考の渦をかき乱すように、ドアを遠慮がちにノックする音が響いた。淡い光が照らす部屋の中で、パルメリアは「はい」と小さく返事をする。扉が開いて姿を現したのは、父の補佐役を務める家臣の一人。手には数枚の書類を抱えており、その表情はどこか緊張気味だった。


「お嬢様、失礼いたします。こちらの文書について、公爵様がお嬢様のお考えをぜひ伺いたいと仰っております。ですが、ご体調がすぐれないようでしたら、ご無理は……」


 家臣の声はかすかに震えを帯びていた。パルメリアが今どれほど周囲を突き放しているか、そしてそれでも彼女の才覚に頼らざるを得ない事情があることを示していた。彼女は短くうなずくと、「読むだけなら構わないわ」とだけ答える。


 かつての革命や独裁で身につけた前世の知識――この世界では「未来」の情報に等しい多くの情報と分析の蓄積――が、パルメリアの頭の片隅にははっきりと残っている。彼女が数ページをざっと流し読むだけで、王宮や貴族院の人間なら何日もかけて検討するような要点を瞬時につかみ取ることができるのだ。


 そして、あまりにも鮮やかな分析結果を口にするときがあるが、当の本人に「国を救おう」という意思は微塵(みじん)も感じられない。そのギャップが周囲をさらに惑わせている。


 書類にざっと目を通したパルメリアは、淡々とした口調で必要最低限のコメントを述べる。


「この税制改革、表向きは公平を謳ってるけれど、有力貴族を優遇する仕組みになっている。増税や財政難を理由にして、反対派がまとまる前に押し通したいだけでしょうね」

「それから、こちらの外交資料……隣国は財政的に弱体化した国へ干渉する準備を進めている。継承争いに名を借りて、軍を動かす方針が透けて見えるわ」

「……それからこっちの軍備案ね。複数の派閥が予算を取り合うせいで、兵站(へいたん)がまるで統一されていない。兵力は増えても実働部隊が機能しないでしょう」


 興味がなさそうに言うわりには、その分析はあまりに的確すぎる。家臣は思わず息を呑み、驚きを隠せない。文書の奥に隠された政治的な裏や、複雑な利害関係をまるで見抜いてしまう彼女の視線は、この世界の常識からすれば異端とも言えるほど切れ味がある。


「お、お嬢様……そこまで見抜いていらっしゃるのなら、ぜひ公爵様に直接ご進言をお願いできませんか。国全体がいま不安定で……お嬢様のお言葉が大きな助けになります!」


 家臣は期待に胸を膨らませるような調子で懇願する。しかし、パルメリアは机上の書類を適当に重ねて、(わずらわ)わしげに手で払いのけるしぐさを見せるだけだ。


「必要ないわ。私が口出ししたところで、どうせ利害や派閥争いに引きずられるだけになる。それに、私が動けば、余計に混乱を招くだけよ」


 家臣はそんな返答を受け、やや言葉に詰まる。公爵令嬢が軽々しく言える内容ではないが、パルメリアはまるで「何を言われても気は変わらない」という態度を崩さない。その場に漂う空気が冷えきっていくようだった。


 こうしたやり取りは、この数日間に何度も繰り返されている。結果として、彼女の分析を元に少しばかり改革が進んだり、政治交渉がスムーズになったりする事例がいくつか発生し、その成功体験が王都に「彼女こそ救世主だ」という誤解を広めてしまった。


 前世の知識――つまり、この世界では「未来」の知識に基づくアドバイスが彼女の意図せぬところで成果をあげ、「彼女の言葉を信じたらうまくいった」という事例が増えつつあるのだ。


 しかし、当のパルメリアは、そうした「成果」に対しても関わろうとしない。頼まれたから仕方なく口を開き、最低限の情報を与えたというだけにすぎず、自分から動く意思などなかった。


 そんな彼女の才能が噂として急速に広まり、王都では「あの公爵令嬢こそ国を救う鍵になるのでは」「ぜひ要職についてもらいたい」という声があちこちで上がり始める。その声は王宮にも届き、一部の改革派や貴族院の有力者が「パルメリア・コレットに協力を要請すべきだ」と主張するようになった。


 やがて、王宮から正式な使者が次々と公爵家を訪れるようになる。もとは招かれざる客人たちではあるが、それでも形式的に礼を尽くし、「ぜひお嬢様のお力を国のために……」という要望を伝えてくる。しかし、パルメリアの回答はいつも冷たい。


「興味はありません。どうぞ他の方を当たってください」

「しかしお嬢様、国が危機に瀕している今、どうしてもお嬢様の助言が必要なのです! 我々は、みな……」

「いいえ。何度も言うけれど、私は動きたくないの。私が動けば、もっと最悪の結末になるだけ。あなた方がどれほど頼もうと、気が変わることはないわ」


 使者や家臣はこれ以上進めず、困惑のまま公爵に助けを求めるが、公爵自身も苦々しげに「パルメリアの意思が固いのだ。あまり強く説得できなくて……」と肩を落とすばかり。かつては公爵が娘に相談し、彼女の冷静な分析に助けられていた時期もあったが、今やパルメリアはすべてを拒んでいるのだ。


 とある日、王宮からやってきた高位の使者が、公爵家の応接室で畏まって話を切り出した。


「お嬢様、近隣諸国との関係がさらに緊迫してきております。外交交渉が難航し、かつ財政難が深刻化する今、どうかお力をお貸しいただけませんか。王宮の者たちも皆、お嬢様が提示された見解や分析を拝聴したがっております……」


 使者の声には切迫したものがあった。けれど、パルメリアは机を見つめたまま、小さく首を振るだけ。彼女にしてみれば、この国の混乱など想定内であり、それに関わればまた自分が「引き金」となって大惨事を招く可能性を感じずにいられない。


「私を頼らないで。国のためだと言われても、もう動きたくないの。これ以上、痛みを背負うなんて御免だわ」


 低く小さく(しぼ)り出すような声だったが、その言葉には強い拒絶が込められていた。使者は、それ以上どう言葉を重ねればいいのか分からず、公爵を振り返る。公爵もまた困り果てたように眉を寄せ、かすかに息を吐く。


「パルメリア……頼む。国が危機なのだ。せめて一度だけでも、王宮に足を運んで助言を……」


 父の言葉を受け、パルメリアはわずかに視線を上げる。しかし、その瞳には氷のような冷たさしか感じられない。かすかに唇を動かすが、それは「いいえ、無理です」という意味だけだ。


「……何度も同じ話をさせないで。私が助言したところで、利権や派閥のせいで(ゆが)むのは目に見えているわ。それに、私が動くと、もっと別の不幸が広がる可能性がある。だから――」


 彼女は短く言葉を切り、最後に小さく言い放つ。


「私は興味がないし、関わりたくもない。勝手にすればいいわ。どうぞ、私を当てにしないでちょうだい」


 その一言が、応接室の空気を一段と冷たく凍り付かせた。使者も公爵も、何かを言いたげに口を開こうとしたが、パルメリアはそれ以上取り合わないという意思を、瞳で明確に示している。話は終わりだ――まるでそう宣言するように、小さく頭を下げて席を立つ。


 公爵は「すまない」としか言えず、使者に対して申し訳なさそうに視線を落とすしかない。使者もまた、何度も頭を下げながら退室し、困惑の面持ちを抑えきれない様子で屋敷をあとにする。


 こうした場面はこのところ頻繁に繰り返され、結果的に周囲の「彼女こそ救世主だ」という期待が空回りを続ける形になっていた。王宮や貴族たちも、「いずれはあの公爵令嬢を説得できるだろう」と楽観していた者が多かったが、現状では期待が裏切られ続けている。


 当のパルメリアは、そんな周りの戸惑いをよそに、机に積まれた書類をまたぞんざいに押しやり、心の中で「頼らないで」と叫んでいる。それを言葉に出せばどれほど楽かもしれないが、彼女は表面的にそっけない拒絶のみを繰り返すだけだ。


 それでも家臣や公爵が「どうか一度でも」と食い下がれば、彼女は冷ややかな態度を崩さぬまま、数行だけ分析を述べてみせる。例えば外交の継承問題では「その国は次期当主が決まらず、内部抗争に発展するわ。こっちに同盟を持ちかけてきても、結局利用されるだけになる可能性が高い」と。その的確すぎる意見に、周囲は舌を巻くが、彼女自身が積極的に動く気配は皆無だ。


「貴族院でも、お嬢様のお名前を挙げる声が増えているようです。どうか、ご意見をまとめていただければ……!」


 と必死に懇願する家臣にも、彼女は「興味ない」と言い切って終わり。公爵が後日「使者にせめて一言でもやんわり伝えてくれれば……」と再度頼んでも、「……そう。じゃあ、その要件を紙にまとめておいて。私は読まないけれど」と言う始末。まるで関与そのものを断固として拒み通しているように見える。


(私が動いたら、どうせまた同じ結果をたどるもの。誰もが私を救世主だなんて呼ぶけれど、その末路がどうなるか、私だけは知っている……)


 パルメリアはそんな言い分を胸の内に隠しながら、外からの請願を退ける日々を続ける。彼女の態度は「沈黙する救世主」とでも呼ぶべき冷淡さを纏い、周囲の期待を寄せ付けない。革命の悲劇を体験した者だからこそ、絶対に足を踏み入れたくない領域がある――それを他人に伝えられない以上、黙して拒むしかない。

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