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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第2章:閉ざされた未来

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第104話 孤独の檻②

 日が暮れていくと、屋敷の廊下にランプの灯がともり、使用人たちは夕食の準備に取りかかる。ところが、パルメリアはその夕食の場にもほとんど顔を出さない。父・公爵がそれとなく「一緒に食卓を囲もう」と誘っても、「……今はそんな気分じゃないの」とあっさり断って部屋に引きこもる。公爵は苦い表情でそれを受け止めるしかない。


 夜になると、さらに広い屋敷の静寂が増し、パルメリアの「孤独の檻」は一層際立つ。通りかかった侍女や家令が、「失礼します、お嬢様。何かお手伝いすることは……」と声をかけても、「何もないわ」と短く返し、話を終わらせる。ここには、もう「彼女が誰かと話して笑い合う」という光景はまったく見られない。


 かつてこの屋敷には、パルメリアを中心とした活気があった。彼女がいろいろと指示を出し、使用人や家臣が動き、領地や社交界へ目を配るという流れが当たり前だった。なのに今、その要だった彼女が部屋に閉じこもり、必要最低限の接触すら忌避し、すべてを遮断するようになってしまったのだから、周囲の戸惑いは大きい。


 しかし、パルメリア自身はそれを気にも留めていないように見える。彼女はベッドやソファに沈み込みながら、自分の中にこびりついたトラウマ――「再び血を呼び、破滅の道を進むかもしれない」という恐怖――を抱え続けているのだ。


(何もしなければ、いずれ破滅を回避できるはず……。前の人生で私が動いたせいで、どれだけの人が血を流したか。そんなこと、二度と繰り返したくないの)


 そう思うたびに、パルメリアの心は固く閉ざされる。改革や革新など言うまでもなく、領地でさえ今はどうでもよく感じられる。何より、次の一歩を踏み出せば自分が「独裁への道」をまた歩み始めるのではないか――その疑念が彼女を深く縛りつけていた。


 夕刻、侍女が部屋をノックして、「お嬢様、よろしければ少し散歩などいかがでしょう? お庭が美しくて、気分転換に……」と声をかけるが、扉越しに返ってくるのは「必要ないわ」の一言だけ。侍女は「失礼いたしました……」と困ったように引き下がるしかない。


 廊下では、使用人たちが顔を見合わせ、「また駄目だったの?」「ええ。いまは本当に、お一人でいたいのかもしれません……」と話し合う。ため息が漏れ、困惑が互いの表情を曇らせる。それでも、パルメリアの態度は一向に変わらない。


 やがて夜が深まり、屋敷の灯が消えていく。パルメリアは窓の外を眺めながら、星明かりに染まる庭を見下ろすこともなく、ただ闇が広がっていく空気を感じ取る程度だ。静かな廊下の先で、誰かが足音を立てる気配がするが、彼女は扉を開けるつもりもない。仮に父が来ても、そう多く言葉を交わす気はないだろう。


 こうして屋敷の一日は過ぎていく。朝になれば再び使用人が声をかけ、彼女を外へ誘おうとするかもしれないが、それも徒労に終わるだけ。かつては公爵家の娘として、仲間とともに奔走していたはずのパルメリアが、今やまるで絶えず籠城しているようだ。


 彼女がこうまでして部屋に閉じこもるのは、「ここにいる限り、何も起こらない」という自己防衛が働いているからだろう。人と関わらなければ、あの粛清や独裁への道を再び進むことはないし、誰かを傷つけることもない。たとえそれが周囲を苦しめようとも、パルメリア自身の心を守るためには仕方のない選択だと考えている。


 この暮らしが続くうちに、使用人たちはもう積極的に声をかけることを控え始めた。何度断られても優しく声をかけ続ける者はいたが、パルメリアの態度が変わらないのを見て、少しずつ「そっとしておこう」という空気が広がっていく。そうして誰からも干渉されずに済むパルメリアは、さらに部屋から出なくなり、負の連鎖が深まっていく形になる。


 時折、パルメリアは書類を見ては「領地の問題が山積みである」と察するが、手を付ける気力はない。机の上には未決の書類が増え続けるが、彼女は興味を失ったふりをして放置している。使用人が「ご確認を……」と差し出しても、彼女は「後にして」と言うだけ。


 こうして、彼女と周囲との断絶は確実に深まりつつあった。友人たちも立ち寄りづらい。公爵は表立って「どうしたんだ」と問い詰めることを避けている様子だが、それがむしろパルメリアには都合が良かった。誰にも説得や詮索(せんさく)をされない分、いっそう孤独の殻に閉じこもることができるからだ。


(これでいい……誰にも期待されないなら、失望させることもない。どうせ私が動けば、いずれ血を呼ぶのだから)


 彼女の脳裏には常にそんな諦観がこびりついている。もし周囲が望むように行動を起こせば、自分の本性が再び残酷な結末を招くかもしれない。ならば、もはや動かないほうが安全だというのが結論なのだ。


 そして、その結論がまた彼女を行動不能に陥らせ、周囲を遠ざける。こうして「孤独の檻」が完成していく様子は、まさに負の連鎖の極致だった。以前のパルメリアを知る使用人が、ときどき寂しそうに「昔のお嬢様に戻ってほしい」と漏らしても、彼女の耳には届かない。届けたいとしても、扉が閉ざされているのだ。


 夕刻、パルメリアがようやく部屋から出るかと思えば、静かに廊下を渡り、図書室の奥へ姿を消す。それも誰かと顔を合わせる前に、物音を立てずにすれ違うよう気を遣っているかのようだ。図書室で何をするわけでもなく、ただ本棚の前で立ち尽くしている姿を見た侍女が、心配そうに声をかけようとしたが、彼女は「いらない。放っておいて」と言ったきり、本を開くこともなく部屋を出ていってしまった。


 こうして薄暗い廊下を見下ろすパルメリアの後ろ姿は、使用人たちにとって「人を拒絶する」象徴と化している。自分から殻を破って出ようという意志を示さないどころか、誰かが近づこうとすると静かに距離を置き、「必要ない」と告げる。その行為が続くほど、周囲の人々は戸惑いを通り越して諦めを感じはじめる。


 公爵自身は娘を案じて、しばしば書斎から出てきて声をかけようとするが、パルメリアの一言「大丈夫」と「放っておいて」の壁に阻まれ、それ以上深入りできない。もともと仕事で忙しく、娘の変化に気づくのが遅れたという負い目があるのかもしれない。彼はそれ以上踏み込んで説得することができず、ただ苦い表情で後に引き下がるのみ。


 その一方で、パルメリアは自室へ戻るなり、深く息を吐く。扉を閉める音が、ひどく重々しく感じられるのは、自分が世界との境界をはっきり引いた瞬間だからだろう。周囲と断絶することで彼女は安堵を得る半面、どこか痛々しい後悔も抱いていた。


 ゆっくりとベッドに腰を下ろし、視線をうつむかせる。窓の外ではまだ日が高いが、彼女の部屋の中はカーテンを半ば閉じたままで薄暗い。外の風景など、もう久しくじっくり見ていない。陽の光が床をかすめているが、そこには冷たい空気が漂うばかりだ。


(結局、私は誰とも関わりたくない。私が近づけば、その先には破滅しか待っていない……前に見た光景は、もうたくさん)


 心中でそうつぶやくと、彼女は靴を脱ぎ捨てるようにして横になり、ぽつりと小さくため息をついた。思えば、以前はこのベッドにも夜しか身を沈めなかったが、今では昼夜を問わず部屋にこもり、こうして休むふりをしていることが多い。もしかすると、本当に寝ているわけではなく、ただ起きて行動する気力がないだけなのだろう。


 それでも、「これが一番いいのだ」と自らを納得させなければ、やりきれない。もし彼女が積極的に動けば、また血を見るのではないか――あの記憶が彼女を繰り返し脅かす以上、こうするしか術がないのだ。


 廊下のほうから、かすかに使用人たちが食事の用意を進める音が聞こえる。夜になると、屋敷の雰囲気は静寂がさらに深まり、廊下や大広間の一角だけが光に照らされる。どこか遠くの談笑が耳に届いても、パルメリアはその輪に加わるつもりはなく、引きこもりを続ける。


 かつては、このような場に率先して顔を出し、新しいお菓子や気の利いた紅茶を試して使用人たちを喜ばせたり、書庫で見つけた本の話を興味深く語ったりしていた。そんな彼女を見て、使用人たちも誇りに思っていたのだが、今では全く逆の態度だ。社交の誘いはすべて断り、領地の仕事にも顔を出さず、部屋に閉じこもるだけ――。

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