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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第三部 第2章:閉ざされた未来

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第101話 繰り返される運命②

 ダイニングに差し込む光は、やわらかな金色を帯びている。テーブルクロスやカトラリーの銀色が穏やかな光を反射して、朝のひとときを優雅に彩っていた。以前のパルメリアなら、この光景に少しは心が浮き立ち、笑みをこぼして使用人たちに「ありがとう」と言えていたはず。


 だが、今の彼女はただ浅い呼吸を重ねるだけ。周囲にさりげなく差し出される水やナプキンにも気づく素振りがない。その姿はまるで魂が抜け落ちてしまったかのように見える。


「パルメリア様、ご体調が優れないようでしたら、どうぞ遠慮なくお呼びくださいませ」


 侍女は柔らかな声で繰り返すが、パルメリアは小さくうなずくにとどめる。まるで内面の全てを閉じこめたように、簡単な返答しか返さないのだ。熱のこもった言葉に対して、彼女の声はあまりに薄い。


(また同じ結末を迎えるくらいなら……私は、このまま何もせず終わってしまいたい。そんな思いすら浮かんでくる。だけど、この体は今さら「やめます」なんて許してくれないのよ……)


 テーブルの隅には領地の会議資料が束ねられている。パルメリアが視線をそちらへ移すと、過去の自分――まだ革命や改革に燃えていたころの自分――を思い出してしまう。かつてはここから物事を計画し、情熱を傾けて会合を主導していたはずだ。だが今、同じ書類を見ても指を伸ばす気力が湧かない。まるで忌まわしい過去の再来を告げる凶兆のようにしか思えないからだ。


 浅く息をつきながら、パルメリアはその書類を手に取らぬまま、そっとテーブルの端へ押しやる。その動作は「もう見たくない」という彼女の拒絶を無言で示しているようだった。


 侍女は目を伏せつつ、一歩下がってパルメリアの様子をうかがう。彼女が再びスプーンを持ち上げるのを待っているが、パルメリアはまるで飾り物のように動かない。


 まるで、未来への道が閉ざされていると悟っているかのように――。


 周囲の雰囲気はどこかぎくしゃくしたものになっていた。誰もがパルメリアを気遣うが、パルメリア本人はその厚意を素直に受け止められない。食欲もなく、話す気力すらわずかしかなく、屋敷の人々は困惑するばかりだ。


 以前の彼女なら一度くらいは笑みを浮かべ、「本当に皆ありがとう、少し休めば大丈夫よ」と言って場を安心させていただろう。だが今は、そうする自分を思い描くことすら苦痛なのだ。


(この屋敷も、父も、使用人たちも、みんな何も変わっていない。まるで「最初からやり直せ」と押し付けられているみたい。だけど私は、もうその道が行き着く先を知っているのに……)


 心のどこかで、彼女は叫ぶように抗議している。そんなものは「やり直し」とは呼べない。ただの「繰り返し」に過ぎない。そして、繰り返す道の果てには、きっとまた同じような破滅が待っているのだろう――そう思うだけで、胸が息苦しくなる。


 使用人たちは気を利かせて「もう少しお休みになられたほうが……」と誘導を試みるが、パルメリアは軽く首を振って「食べるわ」と短く告げる。しかし、その言葉とは裏腹に、手元のスプーンはまったく動かない。彼女は小さく息を吐き出すだけで、食事に向かう様子はない。


 そんな微妙なやりとりを交わす中、屋敷の雰囲気もどこか張りつめている。公爵は何度も廊下から様子をのぞいては、言葉なく去っていく。使用人たちも、もうどう声をかけていいか分からないらしく、互いに視線を交わすのみ。


 パルメリア自身は、その気まずい空気さえほとんど他人事のように感じている。自分だけが取り残されているという感覚が、ひしひしと胸をえぐる。周囲はこれまで通りに生活を営み、今日はいつも通りの日課をこなしていくだろう。しかし、処刑の記憶を抱えた彼女だけが、そこに馴染めなくなっている。


(確かに、ここは私の居場所だったかもしれない。でも今の私は、もう別人のようなもの。あの死をくぐり抜けたからこそ、何もかも失ってしまったのに……)


 時折、侍女が「お嬢様……」と声をかけようとするが、パルメリアはただ小さく肩をすくめるだけ。口を開く気力も乏しく、深く沈み込むような思考の中で、かろうじて表情を動かす程度だ。


 この場面だけを切り取れば、彼女は単に具合が悪いだけなのかもしれない。けれど、パルメリアの心の奥には「再びこの世界を生き直す」ことへの深い嫌悪と絶望が根を張り、静かに彼女を(むしば)んでいる。


 血と涙の革命を知る彼女にとって、もう一度同じ道をたどることなど考えたくもない。かといって、まったく違う道があると思えもしない。だからこそ、行動を起こす前にすべてを放棄してしまいたいとさえ感じるのだ。


 彼女がそうして沈黙を続けている間にも、朝は容赦なく進んでいく。ダイニングには柔らかな光が降り注ぎ、時計の針は淡々と時を刻む。使用人たちは、彼女が動き出すのを待っているが、パルメリアは下を向き、テーブルの木目を見つめたまま、まるで外界の出来事をすべてシャットアウトしているかのようだ。


 結局、食事にはほとんど手をつけずに、彼女は静かにダイニングを後にする。使用人が何か声をかけても、「気にしないで」とわずかな声で返すだけ。公爵家において、パルメリアほど皆に愛されてきた娘はいないはずなのに、そのあまりの変化ぶりに誰もが戸惑っている。


 廊下を進む彼女の足どりは、決して乱れてはいないが、どこか浮ついたようにも見える。顔を上げず、視線を床の先に投げかけたまま、ただ淡々と一歩一歩を重ねる。使用人たちが心配そうな面持ちで見送っているのにも、気づいていないのだろう。


 こうしてパルメリアは、再び始まってしまった世界に対する強い拒絶を胸に抱えながら、何とか「日常」を装うように歩みを進める。彼女が感じる嫌悪と諦めは、まだ序盤――周囲がどんなに優しく彼女を包もうとしても、その冷えきった心は触れられないままだった。


 行動を起こす前に、彼女はすでに大きく心の扉を閉ざし始めている。だが、まだ決定的に周囲を突き放したわけではない。パルメリアにとって、今のこの状況は「不協和音」の始まりにすぎない。愛情深い公爵や使用人たち、そしてかつての仲間たちとの関係も、まだ動き出してはいないからだ。


 もっとも、パルメリアの胸には常に「またあの悲劇を繰り返すのではないか」という警鐘が鳴り響いている。前の人生で感じた地獄を思えば、これから先に待ち受ける道が、ほんのりとでも希望に繋がるなど想像できない。だからこそ、何もしたくないという気持ちが彼女の全身をまとわりついて離れない。


 使用人たちはそんな彼女を前に、言葉を慎重に選ぶ。公爵さえも、もう少し休ませるべきだろうかと判断を下しかねていた。視線を交わす者同士でしか、気まずそうな息を潜めている。いまだパルメリアに何が起こったのか理解できず、ただ体調不良なのかと見守るばかりだ。


 パルメリア自身は、父が見送りの言葉をかけようとしたのも遠くで感じつつ、気にも留めない様子で自室へ戻る。部屋のドアノブに手をかける一瞬、彼女の瞳にはわずかな嘆息が浮かんだように見えた。


(私は、再びこの世界に戻されるなんて……。何かをやり直せというの? でも、どうしても同じ結末に行き着くしかないのに……)


 ドアを開け、音も立てずに部屋へ入る。扉が閉まると、またしても静かな闇が彼女を包む。差し込む朝の光のあたたかさが嫌悪にも似た感情を呼び起こし、パルメリアはぎゅっと唇を結んだ。


 こうして、再び動き出した「日常」が、かえって彼女の心を痛めつける。周囲はいつも通りの朝を過ごしているが、彼女にとってはまるで何百回と見た幻のようにしか思えず、自分だけが行き場を失ったまま。その孤独を抱えたまま、彼女は何も行動を起こさず、ただ静かに戸を閉ざす――。


 ここから先、パルメリアがどう日常を受け入れていくのかは、まだ誰にも見えない。彼女自身にも分かっていない。だが、少なくとも今は、意欲を見せるどころか、すべてを拒む態度を保ち続けるしか術がないのだ。


 その胸にあるのは、あの処刑台で感じた「終わったはずの人生をもう一度歩まされる」ことへの嫌悪。そして「やがて待つのは同じ惨劇」という諦観。周囲がどれだけ優しく、思いやりを示そうと、彼女の心が凍りついてしまった以上、まだその扉は簡単には開かれない。


 ――こうしてパルメリアの胸の奥に「もう繰り返したくない」という暗い確信が芽生えながら、邸内ではいつも通りの朝が黙々と進んでいくのだった。

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