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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第7章:革命の果てに

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第97話 残された傷跡③

 国の情勢は、まだまだ混乱が続く。戦火と粛清の影響は都市部だけでなく、農村部や辺境にも広がり、生活インフラや交通網、教育、衛生環境など、あらゆる領域が壊滅的なダメージを受けている。


「まずは飢餓を防がなければ人々は生きられない」とレイナーらは援助物資の配給に奔走するが、配分を巡って争いが起きたり、不公平だと訴える勢力が現れたりもする。もともと中央への不信感が強い農村では、独裁政権の余韻がまだ色濃く残り、新政府さえも信用していないのだ。


 他方、工業都市や交易都市では、再び商業を活性化しようと動く者もいれば、王政の復活を画策する者、さらなる独裁を良しとする者など、思想が交錯して一触即発の空気が漂っている。


「誰かが強い手でまとめないと、また国が乱れる」という声と、「もう二度と独裁はごめんだ」という声が衝突しているのだ。パルメリア亡き後も、巨大な混沌がこの国を覆っている。


 暫定政府には、こうした火種を一つひとつ消し止め、なおかつ再生の芽を育てる難題が課せられているが、今のところ明確な方策があるわけではない。レイナー、ユリウス、クラリスだけでどうにかできる範囲をはるかに超えているのだ。


 それでも、彼らは立ち止まらない。特にレイナー、ユリウス、クラリスの三人は、互いの背を押し合うようにして、各々の責任を果たそうと必死に試行錯誤を続けている。


 夜遅く、荒れ果てた官庁の一角に灯りがともり、三人がまた短い打ち合わせをしている光景がある。地図や各地から届いた報告書が机に山積みされ、彼らの疲弊は明らかだ。


「……やっぱり、農村部との連携を早く取り戻さないと危ないです。医療や教育以前に、食糧生産そのものが止まったままですから……」


 クラリスが疲れた声で言うと、ユリウスがうなずく。


「ああ、飢餓対策と同時に、地方代表が政治に関わる仕組みを作りたい。長年の圧政で、農民が虐げられてきた事実は無視できないし、彼らの意見を反映するにはどうしても議会が必要なんだ」


 レイナーはそんな二人を見やりながら、書簡を読み上げる。


「周辺諸国の一部が、人道支援の名目で支援物資を送ってくれるかもしれない。だけど、王政時代の負債や独裁政権下の外交問題もあって、手放しで喜べる状況じゃないんだよな……」


 みんなが困難の大きさにため息をつく。それでも、彼らの中に諦めはない。というより、諦めてしまえば再びこの国がどれほど血と苦しみに染まるか分からないからだ。もう王政や独裁による暴力と粛清を繰り返さないためにも、彼らは動き続けるしかない。


「私たちは信じています。二度と同じ過ちは起こさないって」


 クラリスは瞳を伏せ、か細いながらもしっかりとした声で言う。その表情は決意に満ちているが、同時にどこか痛々しいほどの悲しみも宿している。


「あの独裁が、どれほど多くの命を奪ったか痛感しています。それを私たちが止められなかった事実も――。だけど、この先また誰かが同じ間違いを犯そうとするなら、今度こそ私たちが全力で止めなければなりません。もう、何も失いたくないから……」


 それでも、国全体が絶望に沈んでいるわけではない。民衆の中には、小さな救いの手を差し伸べ合う動きが見られる。


 例えば、首都郊外の古い教会では、ボランティアの人々が集まり、乏しいながらも食糧を出し合って炊き出しを行っている。そこには戦争や粛清で家族を失った子供たちや、路上に放り出された高齢者が列を作り、温かいスープをすすっては涙を流している。


 また、かろうじて生き残った大工や建築技師が、無料で通りの補修を手伝っているといった報告もある。倒壊した家の瓦礫(がれき)を片付け、簡単な柱を建てて雨風をしのぐ仮設住宅を用意しているのだ。自分自身も被災しているにもかかわらず、「みんなで助け合おう」と声を掛け合っている姿は、闇の中の一筋の光のようにも映る。


 こうした草の根的な支えが、実は国の再生において大きな意味を持つかもしれない――レイナーやユリウス、クラリスも感じていることだ。政治や外交だけでなく、民衆同士が助け合う意識を育てることこそが、本当の「革命の果ての再生」ではないかと。


 しかし、その小さな善意を拡大していく仕組みこそ、まさに今の新政府が求められている仕事なのだ。王政や独裁のように、「上」からの力で押さえつけるのではなく、民衆自身が主体的に動き、互いに連帯できる環境を整える――それが、この国にとっての真の課題だろう。


 パルメリアが亡くなった今でも、彼女の「影」は国中に深く根付いている。王政時代を(くつがえ)すほどの強烈な革命を起こした事実が、今なお人々の記憶に鮮明に残っているからだ。


 とりわけ、パルメリアから直接恩恵を受けた人々――王政の処刑から救われた貧民や、その改革によって一時的に地位を得た者たち――は、彼女への恩義も忘れられない。大多数が粛清や戦争の被害に遭った事実を知らないわけではないが、「あの時は確かに私を助けてくれた」という個人的な体験が根強く残っているのだ。


 そのため、一部地域では「パルメリアの理想を引き継ぐ」と称する集団さえ存在すると噂される。一方、家族や友人を粛清された人々は、それを許せずに衝突する。新政府は、こうした対立が火種となって大規模な暴動が起きかねないと警戒を強めている。


 誰が英雄で誰が悪役だったのか――そんな単純なくくりでは到底割り切れない歴史がある以上、パルメリアに関する評価は容易に収斂(しゅうれん)しないだろう。


 ユリウスはある日、記者たちに問われた。


「パルメリアという存在をどう総括しますか?」


 彼は苦しげに眉を寄せ、「まだまとめられないよ。彼女は王政を倒した英雄であり、同時に多くの命を奪った独裁者でもあった。どちらか一方で語れるはずがない。俺たちがすべきことは、彼女を必要以上に神格化も悪魔化もしないことだと思う。教訓として、彼女の功罪をしっかりと記憶に刻む――それしか、ないんじゃないか」と答えたという。


 その言葉をどう受け止めるかもまた、国民一人ひとりに委ねられている。あの壮絶な革命の果てに、何が生まれ何が失われたのか。それを問う作業は、たった一度の処刑や政権交代では終わらないのだ。


 そんな喪失と後悔の中でも、暫定政府は着実に動き始めている。レイナーたちが中心となって立ち上げた「復興委員会」は、飢餓対策・医療再建・道路網の修繕などを最優先課題とし、兵士や市民ボランティアを募って各地へ派遣している。


 農村の人々には、最低限の種と農具、あるいは荒れ地でも栽培できる作物を試す支援を行い、都市部には医療班が巡回して感染症や怪我のケアをする体制を整える。もちろん、資金も物資も圧倒的に不足しているが、何もしなければ国はさらに崩壊してしまう。


 ユリウスが自ら主要拠点をまわり、暫定議会の設置を案内しながら、「戦後復興には皆さんの協力が不可欠です」と頭を下げている姿が、あちこちで目撃される。かつて革命家として熱弁を振るい、独裁の時代には影を潜めていた男が、今は必死に人々と折衝し、黙々と問題解決を探っている。その様子に、わずかに希望を覚える民衆も出てきたようだ。


 また、クラリスは研究所の建物が焼け落ちた跡地を新たに片付け、仮設の医療・教育拠点として立ち上げている。ボランティアの教師や医療従事者を呼び集め、最低限の衛生基準を確保しながら、孤児や傷病者を受け入れているのだ。道具も限られており、治療も簡易なものに留まるが、それでもそこに集う人々はクラリスの努力を感謝している。


「早く元のように……いえ、もっと良い形の研究や教育を再開したいんです。みんなが安心して学べて、誰かの暴力に利用されることのない施設を」


 そう語るクラリスの瞳には、確かな決意が燃えていた。


 何よりもこの国を変える可能性があるのは、民衆自身の「小さな協力」だ。誰もが疲れているが、それゆえにこそ「助け合わないと生きていけない」という認識が芽生え始めている。


 例えば、ある市場跡地では、戦火で失った物資を少しずつ補い合いながら、交易を再開しようとする動きがある。漁村から魚を仕入れ、内陸の農村から野菜を集め、都市で加工品を作る。そんな単純なやりとりであっても、それが人々の日々の糧を支える大切な一歩となっている。


 「王政だろうが独裁だろうが、政治なんて当てにできない。私たちが自分で道を作らなきゃ」と言って、馬車に荷を載せて数日かけて隣国との国境地帯へ売りに行く者もいる。新政府の決定を待たずに、独自に行動し始めた人々だ。


 こうした民間の動きを活かし、レイナーは外交交渉と併せて「自由商業」の制度作りを急いでいる。かつての独裁時代のような政府の一元管理ではなく、民間の自治や交易を促進することで国を再建しようと考えたのだ。もちろんリスクはあるが、今の苦境を脱するには民衆の自発的な力が必要不可欠だろうという判断である。

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