第97話 残された傷跡①
パルメリアの処刑から、一夜が明けた。
長かった夜を越え、ようやく訪れた朝の光が首都の瓦礫や焦げ跡を照らしている。まるで血と破壊の余韻を隠せないまま、新しい一日だけが無情に始まろうとしていた。
かつて王政を倒した「革命の英雄」として称えられながら、狂気の独裁者へと堕ち、最期には「第二の革命」によって葬られたパルメリア。その劇的な命の果てを目撃したばかりの人々は、まだ混乱と虚無感のただなかにある。
だが、朝日は一切の情けをかけることなく、灰色にすすけた建物の壁面と瓦礫を残す路地を照らし出し、また人々の悲嘆や絶望さえも白日のもとにさらしていた。暗い夜に蓋をされていた感情が、朝の光の中でいやでも浮かび上がる。
あの処刑台を取り巻いた悲痛な熱狂のあと、今この街に広がっているのは、まるで魂を抜かれたような空虚さである。怒号も恨み言も、歓喜も泣き声さえも、すべて使い果たしてしまったかのように見える。
そして、そこから始まる新たな暫定政府――レイナー、ユリウス、クラリスらを中心に組織されたその体制は、こうした民衆の混濁した心情を受け止めながら、荒れ果てた国土を立て直していかなければならない。戦乱と粛清の爪痕は深く、到底一筋縄ではいかない重荷を背負っているのだ。
首都のメインストリートは、あちこちに崩落した石壁や破壊された馬車の残骸が放置されていた。かつて華やかな王宮が立ち、いずれ共和国の政治の要として人々を導くはずだった大広場も、今は荒涼とした景観を晒している。革命の最終決戦で起こった衝突や、パルメリアの独裁に対抗するために民衆が激しく暴徒化した爪痕が、そのまま刻まれているのだ。
しかし、その廃墟の中でも薄日に照らされる姿に、わずかながら人々の姿が見え始める。老若男女がばらばらに、まるで呆然と立ち尽くしたまま、この国の行く末を案じているようにも思える。
過激な独裁者が倒された「第二の革命」は、確かに成功と呼ぶに値する。しかし、喜びや解放感よりも遥かに大きい喪失感が漂っていた。王政崩壊の時に感じたあの歓喜や祝祭の空気とは似ても似つかない。
なぜなら、あまりにも多くの命が失われ、あまりにも多くの人々が血や涙を流してきたからだ。しかも、その独裁政権を主導したのは、かつて自分たちが「革命の英雄」と謳っていたパルメリアである。人心は混乱し、その評価も大きく割れている。
一部の住民は言う――「王政を倒したあの人を、こうまで悲惨な形で処刑して、本当に正しかったのか?」。別の住民は叫ぶ――「パルメリアが何をしたか分かっているのか! あの女は粛清と侵略戦争で数えきれない命を奪ったんだ!」
こうした民衆の声の対立が、薄暗い朝のなかで交錯し、新政府にとっては辛い試練となっている。純粋な「勝利のムード」などなく、多くの人々が今なお深い苦悩や恨み、失意を抱え続けているのが現状だった。
そんな混乱の只中にあって、先陣を切るのはレイナー、ユリウス、クラリスの三人である。かつてともに王政を倒した仲間であり、あるいはパルメリアの理想に憧れた同志でもある彼らは、パルメリアが葬られた今こそ、自分たちが責任をもって国を導かなければならないと痛感していた。
朝日が差し込む廃墟同然の官庁の一室に、立ち上げられたばかりの粗末な机や椅子が置かれ、そこで彼らは初めて暫定政府の会議を開こうとしている。壁には新政府の簡単な布告が貼られ、武装した兵士が混乱防止のために見張っている。かつての政治機構はほとんど崩壊し、今や最小限の人員で動き出すしかない状況だ。
レイナーは地図の上で指示を飛ばす。
「まずは飢餓の対策と、各地の民兵の武装解除を優先しなきゃ。王政崩壊と独裁政権の粛清から逃れた人々が、統制されずに暴走している地域もある。どうにかして穏やかな秩序を取り戻さないと、国全体が瓦解してしまう」
その声に、ユリウスがうなずく。
「ああ。俺は地方の代表者をこの首都に呼び寄せて、いわば『臨時の議会』を開くつもりなんだ。革命を支えた人々や旧軍の兵士、それに農民や商人の代表者まで、皆でちゃんと話し合える場を作らないと。一度、彼らの声に耳を傾けることが大切だと思う」
クラリスは、荒れ果てた資料をめくりながら、少し疲れたような表情を浮かべる。
「医療施設や教育機関が壊滅的な状況です。特に農村部は飢餓と疫病の危険が高く、孤児も増えています。まず、私たちが使えるすべての人材と資源をまとめて、できるだけ迅速に復興の拠点を設けないと……」
三人は次々と意見を交わし、走り書きのメモを取りながら、新政府の初動を組み立てていく。彼らの姿には、切迫した責任感と焦燥感がにじみ出ている。かつては革命の高揚や理想への情熱で突き進んだが、今は大量の死者と荒廃した国土、そして深い喪失感という現実を突きつけられながら、それでも前へ進まなければならないのだ。
特にレイナーは、処刑の翌朝からほとんど休まずに動き回っているという。ひどくやつれた顔をしながらも、国境付近の小国や中立地帯との交渉を試み、わずかながらでも食糧や医薬品を輸入できるよう奔走している。
独裁の時代に敵対した国々とは、いまだ緊張状態が続き、貿易も途絶しているのが実情だ。パルメリアが侵略戦争を仕掛けた過去がある以上、周辺諸国がこの国に好意を寄せるはずもない。
だが、レイナーは諦めず、必死に各国の使節と会い、頭を下げて援助や和解を求める。
午後のある会合で、ふとレイナーが漏らす。
「……パルメリアが逝って、やっと独裁は終わったけど、本当にこれでよかったのかな。もっと穏やかな道が、どこかにあったはずなのに」
その声はわずかに震え、彼の瞳には深い苦悩が垣間見える。まるで自問自答を繰り返しているかのようだった。
「でも、彼女を止める手段はほかになかった。彼女が築いた粛清のシステムはあまりにも強固で、どんな抗議も弾圧された。結局、俺たちは革命という手段でしか壊せなかったんだ」
同席していた政府職員は、沈んだ声でそう答えるが、その言葉はむしろ虚しさを強調するかのようだった。レイナーにしてみれば、「もしあの時、ほかの道を探れたら……」という後悔は一生拭えないのかもしれない。
しかし彼は立ち止まらない。悔しさを噛みしめながら、国際関係の修復と支援物資の確保に尽力する日々を送っている。夜になると自室の机で疲弊したままうずくまり、ほんの少しの仮眠をとってはまた出かける。多くの者が「あなたも休んでください」と諫めるが、彼は首を横に振るばかりだ。
(――パルメリア、僕は君の暴走を止められなかった。それなら、せめてこの国を立て直す使命を全うするよ)
彼の心中には、そんな強い決意と痛切な思いが絡み合っていた。
一方、ユリウスは新政府の政治基盤を固めるために動いている。従来の官僚制度や軍の組織は、王政の名残からパルメリア独裁までの圧政の手段に使われていたため、混乱が大きい。そこで、ユリウスは自ら地方の代表や各分野の有識者を集めて、暫定的な議会を発足させようとしていた。
彼が願っているのは、民衆が主張を言葉にし、お互いに議論し合って決定していく仕組みを作ること。王政を倒した時もそう誓ったが、結局パルメリアの独裁に押し流され、同じ悲劇を繰り返してしまった――それが今なお深い悔恨となって、彼の胸を締めつけている。
ある昼下がりの臨時会合。まだ薄暗い会場の片隅に、ユリウスは腰を下ろし、力なく独白するようにつぶやいた。
「……もう二度と、権力だけが我が物顔で振るわれる国にはしたくない。今度こそ、本当に民衆が主体となって動く政治を作るんだ」
しかし、その言葉に誰も即答はできない。なぜなら、王政崩壊後も独裁という形で新たな支配が生まれた事実を、皆が知っているからだ。制度を変えるだけでは、人々の意識や恐怖、あるいは権力への欲望は根絶できないのかもしれない。
それでもユリウスは、今度こそ議会制という道を歩むべきだと考えている。武力と粛清によって国を変えるのではなく、言葉と討論と合意によって国を動かす。それは茨の道だとしても、歩まずにはいられない。
かつての自分が、パルメリアと同じ理想を掲げながら、いつの間にか暴力の輪に加担してしまった――その後悔を教訓として、二度と繰り返さぬために。
「諦めないぞ。俺は、最後まで……」
弱々しい声ながら、その瞳に宿る決意は固い。人はいつでも同じ失敗を繰り返すかもしれないが、だからこそ歩みを止めてはならない。ユリウスは己を戒めるように何度も胸の内でつぶやく。




