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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第6章:独裁者の末路

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第95話 最期の微笑み②

 兵士の一人が太鼓を叩き始める。ドン、ドン……と低い音が規則的に広場を振動させ、民衆は息をのむ。皆が「いよいよ処刑が始まるのか」と一瞬にして理解し、怒号や悲鳴が混然としたうねりを生む。


 新政府の法務官が台の隅で文書を読み上げる。


「これより、パルメリア・コレットへの……死刑を……執行する……」


 彼の声には震えが混じっていた。かつての「革命の英雄」を、国民裁判によって裁く――どれほど多くの血が流されたとはいえ、悲しみと罪悪感が湧かないわけではない。


 だが、民衆の中には「よくぞやった!」という声もあり、戦場や粛清で家族を失った者が、涙ながらに「これで終わるのか」と叫んでいる。


「ふふっ……」


 その合図を聞いたパルメリアは、かすかな笑みを(こぼ)したまま、まっすぐ前を見据えた。玉座ではなく、処刑台の上。――これが、自分の物語の最終幕。


(……これが私の結末。だったら、最後まで笑い抜いてあげる。――私の誇りは、こんなところで消えはしないわ)


 彼女の内心を読み取ることはできないが、その姿はまるで「誇り高き悪役令嬢」のように周囲を圧倒していた。民衆の罵倒も、泣き叫ぶ声も、どこか遠くにあるかのようだ。


 複数の兵士が前へ進み、彼女に首吊りの縄をかけようとする。その直前、法務官の震える声が最後の通達を告げた。


「……貴殿は、多大な命を奪い、戦争と恐怖政治を招いた罪により、その責任を負う。よって……正式に死刑を執行する。――縄をかけよ」


 広場の空気が凍りつくほど静まり返る。わずかな風が髪を揺らし、パルメリアの荒れた衣服の端がはためく。そのとき、彼女は視線を落とし、再び「ふふっ……」と笑う。


 兵士が声をかけ、「首をこちらに――」と告げるが、彼女は抵抗する素振りを見せない。


 兵士が縄を持ち上げ、彼女の首に回そうとする。民衆の間からは「待ってくれ!」という泣き声、「早くやれ!」という怒声が同時に上がり、押し合いへし合いとなる。


 その混乱をかき分けて、レイナーやユリウス、クラリス、ガブリエルらが声を出せずに見守る。誰もが「本当にこれで終わりなのか」と、胸の奥で絶望と苦悩を抱えていた。


 ――だが、それを止めることはできない。民衆の求めた裁きであり、パルメリア自身が「逃げる気はない」と受け入れているのだから。


 兵士の手元が震える。かつて革命の旗のもとに集った誰もが「パルメリアを英雄」と呼んでいた時期があった。それなのに、今や「国賊」と呼ばれ、死を望む大勢の視線を浴びている。


 ついに縄が彼女の首に回され、固く結ばれる。その瞬間、広場全体が一気に沸き立ち、声にならない喉のうめきや笑い混じりの号泣、あるいは押し殺した嗚咽(おえつ)が入り乱れた。


 レイナーは「やめろ……」とすら言えず、ただ目をそらせないでいる。ユリウスは拳を握ったまま、もう限界とばかりに歯を食いしばっていた。クラリスは涙が(あふ)れそうになり、口を覆いながら震える。ガブリエルは目を伏せ、「申し訳ありません……」と嗚咽混じりに祈るしかない。


 その間も、パルメリアは「ふふっ……」と冷めた笑いを(こぼ)すばかり。兵士が「死刑執行……準備完了……」と声を震わせると、彼女は最後のように薄く目を閉じ、まるで嘲笑にも似た微笑をたたえている。


「ふふっ……。これが私の結末……」


 彼女の小さなささやきが、近くにいた兵士の耳に届く。兵士は思わず息を詰め、手元が震えるのを抑えきれない。かつて「王政を倒した英雄」を処刑するなど、誰が夢見たか――そんな思いが脳裏をかすめるのだろう。


 彼女は縄をかけられた首元にそっと視線を落とし、絡みつくような感覚にかすかな痛みを感じながらも、堂々とした姿勢を崩さない。


「私は最後まで笑い続けるわ……。全てを失うとしても、それが私の選んだ道だから――」


 その言葉が(かす)れるように漏れる。周囲は最早どうしようもない混沌に(おちい)り、誰もが悲痛と激昂で息苦しそうだ。しかし、パルメリアだけは不思議なほどに落ち着き、まるで全てを見透かすように微笑んでいる。


「最期まで笑っているのか……! 恐ろしい女だ!」

「なんてこと……あの人が、こんなふうになるなんて……」


 人々の嘆き、怒声、号泣。全てを受け止めるかのように、パルメリアは小さく首を振り、静かに目を伏せる。


(『悪役令嬢』の最期としては、ふさわしいかもしれないわ……。王政を倒した時、私は確かに英雄と呼ばれた。でも今、こうして憎まれて殺されるなら、最後まで誇り高く――)


 その瞳には涙はなく、ただ諦観とわずかな矜持が混ざり合う。「ふふっ……」という短い(わら)い声が、風に乗って近くの人々の耳にかすかに届く。


 その瞬間、レイナーは思わず口を押さえそうになる。彼女の中に、まだあの頃の「プライド」が残っている。いや、むしろ最後の最後に、「プライド」だけが彼女を支えているかのようだ――そう思わせる姿だ。


 やがて、広場の片隅で新政府の要人たちが視線を交わす。誰もがつらそうな表情をしているが、進行を止める権限はない。この処刑が民衆をなだめる手段になり、独裁への決別を示すためには不可欠なのだ。


 ユリウスは小さく唇を動かし、「パルメリア……」とつぶやく。しかし、その声は人々の喧騒にかき消され、届かない。目の奥には未練や後悔が渦巻いているが、彼は一歩たりとも台へ近づかない。近づけないのだ。


 レイナーもまた顔を背けそうになるが、最後まで見届けると決めている。かつて幼馴染として、同じ革命を信じ合った自分が、ここで目を背けたら何の意味もない。どれほど辛くとも、その瞬間を見届けなくてはならないのだ。


 クラリスは涙がこぼれ落ちてくるのを必死に抑え、震えながら背筋を伸ばす。彼女もまた、かつて新政権の改革を共に推進した誇りを持っている。パルメリアがどうしても暴走を止められなかった事実が、クラリスの心を切り裂く。


(こんな形で失うなんて……。技術や知識で人を救おうとしていた頃のあなたが好きだったのに……今はもう、私たちが止めるには遅すぎるのね)


 ガブリエルは、もはや声も出せずにうなだれている。護ると誓った主を処刑台に送るという現実が、彼の「騎士道」を根底から砕いている。胸は激痛に(さいな)まれるが、何もできない。ここで剣を振るえば、さらなる悲劇が生まれるだけである。


(最後まで、あなたの護衛騎士でいたかったのに……)


 兵士たちが定められた位置へと、彼女をゆっくり移動させる。両手は背後で縛られ、首にはぶら下がった縄が無慈悲に揺れる。


 民衆が見守るなか、兵士の隊長らしき者が叫ぶ。


「これより、パルメリア・コレットの死刑を執行する――!」


 パルメリアはその宣言を聞きながら、静かに視線を落とす。そして、かすかにつぶやいた。


「……ふふっ……これが私の結末。――全部背負って、最後まで笑い抜いてあげるわ」


 その声をはっきりと聞いたわけではないが、周囲で押し黙っていた兵士たちや、一部の民衆は、そのかすかなささやきを感じ取ったように息を止める。


 この期に及んでも、高貴に振る舞う彼女の姿勢――それは王政を倒した「革命の英雄」だった頃の堂々たるオーラと、「悪役令嬢」としての誇りを混合させた、一種の威厳を漂わせていた。


 群衆の喧騒が一瞬にして凍りつき、周囲を覆うのは呑み込まれそうな沈黙だ。かつての仲間たちが目を離せずにいるなか、パルメリアの唇には相変わらず、うっすらと薄い笑みが張りついていた。


 民衆は殺気だった声をあげる者もいれば、恐怖に震えながら息をのむ者もいる。一方、パルメリアは反論も弁明もせず、ただ凜としたまま縄を首にかけられている。

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