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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第6章:独裁者の末路

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第95話 最期の微笑み①

 ――そして、ついに死刑の執行日を迎えた。


 荒廃した首都の大通りは、夜明け前からざわめきに満ちている。つい昨日まで「第二の革命」の爪痕が生々しく残り、あちこちの建物が瓦礫(がれき)や焦げ跡を晒すなか、人々は宵明け前から通りに押し寄せていた。その顔には、不安と興奮、怒りと嘆きが入り混じっている。


 かつて、「悪役令嬢」としての転生を経て、王政を倒した革命の英雄。


 しかし、多くの粛清と恐怖政治で独裁者と成り果て、ついに「第二の革命」によって打倒された――パルメリア・コレット。


 その名は今や全ての民の口にのぼり、(あが)める声と(さげす)む声が真っ二つに割れている。王政を倒した「英雄」でもあり、粛清と戦争を招いた「悪魔」でもある。そんな彼女の処刑が、夜が明けると同時に執り行われるという報せが、首都中へ駆け巡ったのだ。


 処刑場所は、かつて王政の祝祭が盛大に催された首都の中央広場。


 この広場こそ、過去にパルメリアが王政を倒した際、民衆が勝利を祝って大騒ぎした因縁の地。いわば「革命の象徴」であるこの場所で、今度は彼女自身が処刑される――。


 何という皮肉だろう。王政を打倒した希望の舞台は、今や「独裁者を(ほうむ)る」ための暗く重苦しい舞台装置へと変貌している。


 まだ完全に夜が明けきらぬ薄明の中、広場には仮設の処刑台が組まれ、粗末な木材と黒ずんだ鉄の枠がむき出しになっていた。遠目に見るだけで、そこに待つものが何かを悟らされるような、凶々しい威圧感が漂っている。


 人々は門外から流れ込み、あふれかえるほど集まってきた。激しい怒号や嘆きの声が渦を巻き、熱のこもった唾が飛び交い、次々と悲痛な叫びも響いてやまない。


「死ね! 悪魔め!」

「あんたがどれだけ人を殺したか忘れたとは言わせないぞ!」


 そう叫ぶ男の顔は、どこか泣きそうにも見える。王政時代の圧政に苦しめられながら、パルメリアを支持し、革命に協力した過去を思い返しているかもしれない。だが、それでも彼女に家族を奪われた憎しみは消えないのだ。


 一方で、別の場所では涙ぐんだ老女が小さくつぶやく。「どうして、あの子を殺さなきゃならないんだ……?」と。革命後の混乱期にパルメリアからわずかな支援を受けたり、あるいは王政を倒した最初の「英雄」の輝きを心に刻んでいる者は、「独裁者としての彼女」を否定しながらも、完全に憎みきれないのだろう。


 あちこちで感情が入り乱れ、兵士たちが「押し合うな! 秩序を守れ!」と声を張り上げるが、誰もが沸騰する思いを抱いているため、一触即発の緊迫感が漂う。


 ――夜明けとともに始まる処刑。誰もがそれを目撃せずにはいられないかのように、広場の隅々まで人の波が押し寄せていた。


 そして、太陽が東からぼんやりと昇りはじめ、空が淡い朱を帯びた時――黒い護送車が広場へと到着する。


 馬の(ひづめ)が石畳を踏む音が静寂を切り裂き、民衆の罵声や息を呑む音が一斉に高まる。「来たぞ……」「奴を引きずり出せ!」――そんな声が広がる。


 荷台部分には頑丈な鉄格子があり、そこに囚われているのは、かつて「悪役令嬢」「革命の英雄」と呼ばれた女――パルメリア・コレット。


 護送車が止まると、兵士が「開けろ」と合図し、ギシリと鉄の扉が開けられる。そこから姿を現したのは、両手を縛られ、衣服の端が破れ、かつての凜々しさは見る影もないパルメリアだった。


 しかし、その瞳には不思議な光が宿っている。怒りや取り乱しは感じられず、どこか静謐(せいひつ)な決意すら漂っているようだ。


 民衆はその姿を見た瞬間、さらに沸き立つ。


「地獄へ堕ちろ、パルメリア!」

「お前の独裁のせいで、どれだけ家族が死んだと思ってるんだ!」


 激しい罵声が飛び交い、人々は彼女に石や泥を投げつけようとする。しかし、新政府の兵士がそれを制止する。「やめろ! 法に則って処刑を行うんだ!」と声を張り上げる。


 だが、憎しみを抱える者たちの気持ちが今さら静まるわけもなく、広場は怒号と騒音が最高潮に達する。


(これが私の行き着いた先……。ふふっ、王政を倒して、自分が処刑されるだなんて、誰が想像したかしら……)


 パルメリアは、うっすらと唇の端を歪め、「ふふっ……」と自分だけが聞こえるほどの声量で笑う。


 かつては狂気的に(わら)っていた彼女も、今はその激昂が消え、静かな無常感を帯びた笑みに変わっている。それはまるで最期の刻を受け入れる「悪役令嬢」の誇りにも似ていた。


 処刑台の上には木製の階段があり、その先に仮設の台。首吊り用の縄がぶら下がり、その物々しい存在感が広場中の視線を集めている。


 その周囲で、レイナーやユリウス、クラリスら新政府の要人たちが苦しい表情を隠しきれずに控えていた。かつての友を処刑する立場になるなんて、誰もが想像していなかったのだから。


 レイナーは視線を伏せ、内心で自問する。


(本当に、これが正しいのか? 粛清と戦争で多くの命を奪った責任があるにせよ、彼女をこんな形で葬ることが、本当に国のためになるのか……)


 だが、民衆の怒りや犠牲を目の当たりにすれば、彼女を生かす選択肢などないと分かっている。王政を超える圧政を敷いたのは事実で、戦争により苦しんだ者たちからすれば、死以外の結末は到底受け入れられないのだ。


 一方のユリウスは拳を握りしめ、処刑台を見上げる。その視線はどこか遠くを見ているようでもある。かつての仲間――王政を倒す時は同じ未来を誓ったのに、どうしてこんな結果になったのかと、何度嘆いても尽きることがない思いが胸に渦巻いている。


(人々の声は復讐を望んでいる。かつての「英雄」が流した血の報いがここに結実するのか……でも、それでも、こんな形はあんまりだ)


 クラリスは黙ったまま、潤んだ瞳でパルメリアを見つめている。革命期に共に改革や技術の発展に奔走した思い出が脳裏をよぎるたび、胸が締めつけられて息苦しい。


(パルメリア……どうして止まってくれなかったの? もっと穏やかな国づくりを一緒に進められたはずなのに……)


 そして、ガブリエルは広場の端で、鋭い悲しみに包まれたようにたたずむ。彼は最後まで「護衛騎士」としてパルメリアの近くにいた。しかし今、彼女を救えなかったどころか、独裁の剣として加担してしまった苦悩を背負っているのだ。民衆と彼女の(かたき)を同時に背負うように、うなだれていた。


 護送兵に背を押され、パルメリアは処刑台への階段を一段ずつ登っていく。民衆からは「悪魔!」「死んで償え!」といった怒声が飛ぶが、彼女はどこ吹く風のように、何の反応も示さない。むしろ、かつての「高潔な貴族令嬢」のように背筋を伸ばし、悠然と足を進めている。


 そして、処刑台の頂上に立った瞬間、彼女は周囲をぐるりと見回した。敵意や憎悪が渦巻く視線が一斉に注がれるが、まるでかつての舞踏会の壇上でステップを踏んでいるかのような落ち着いた仕草だ。


 次の瞬間、彼女は唇をゆるめ、小さく「ふふっ……」と笑う。


 まるで「悪役令嬢」の最終幕を演じるかのように、顔を上げて人々を見渡す。その瞳に宿るのは狂気ではなく、深い諦観と誇りが交じり合う複雑な光だ。


 その時、彼女は小さくつぶやく――


「ふふ……私が『悪役』だと言うのなら、それでも構わないわ」


 民衆にははっきりと聞こえなかったが、近くにいた兵士やレイナーたちにはその声が届いた。


(やはり、最後まで「誇り」は捨てないのか……。こうして独裁者と呼ばれても、彼女は彼女のまま、自らの最後を迎えるのを受け入れているんだ)


 レイナーはその姿に胸を(えぐ)られそうになる。ユリウスも目をそらせず、「これが……パルメリアの選んだ道、なのか」とごくりと唾を飲む。


 かつて輝いていた彼女は、いつの間にか粛清と戦乱に沈んでいった。それでも、最後まで自分の生き様を否定しない――そんな覚悟すら感じさせる。

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