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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第6章:独裁者の末路

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第94話 最後の説得③

 拘置所を離れたレイナーとユリウスは、暗い石畳の道をただ黙々と歩く。夜空には星が瞬いているが、まるで遠い世界の出来事のように感じる。周辺には崩れた建物や、かろうじて残った街灯の影が揺れ、革命後の混乱を物語っていた。


「……パルメリアは、もう自分を救おうなんて思っていないんだな」


 レイナーがぽつりとつぶやく。ユリウスは唇を噛み、しばし沈黙する。彼女が「ふふっ」と笑う姿を思い出すだけで、胸が苦しくなる。


「……そうだ。あの視線を見たか? あれは、もう誰も責めていない。でも……なんというか、全てを放棄した瞳だった。まるで『もう何もないの』とでも言わんばかりで……」


 その言葉に、レイナーもうなずく。激怒して嘲笑するでもなく、狂気に囚われて叫ぶでもなく。ただ淡々と、「ふふっ……」と乾いた笑みを浮かべる彼女。かつて熱い眼差しで民衆を奮い立たせた面影は感じられず、何もかもを失った哀しい人間の姿がそこにあった。


「これで……終わりなんだよな。処刑が執行されれば、あいつは――」


 ユリウスはそこで言葉を飲み込む。夜風が二人の体温を奪うように吹き付け、薄い闇を深く染めていく。一方で、遠方にはわずかながら夜明けをうかがわせる兆しが見えるようでもあった。革命がもたらした夜明けに、誰もが希望を託したはずなのに、その光はあまりに苦く、(かな)しい。


「……僕たちがこの国を立て直すしかない。それが、パルメリアが血を流してきた責任の取り方なのかもしれない……」


 レイナーは唇を震わせながら、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。だが、本当にそれだけでいいのかと問い続ける自分自身もいる。彼女の死は不可避だろうが、それを看過した自分たちはどう責任を背負うべきなのか――未知の問題だ。


 ユリウスも同様だ。王政を倒したときに見た未来は、今やほとんど形を失っている。


「パルメリアを救いたい、しかし救えない。……結局、その矛盾に押しつぶされそうだ。あいつが望んでいたのはこんな国じゃないはずなのに……」


 しかし、答えは見えない。夜の闇は依然として深く、風の音が廃材や瓦礫(がれき)を揺らす音だけが耳につく。かつての仲間である「独裁者」は、拘置所の中で死刑を待ち、最後まで諦観を浮かべていた。


 今さらどう足掻(あが)いても、その運命を(くつがえ)すことはできないだろう。民衆の怒りも、新政府の立場も、全てが「独裁者を処刑する」という結論へ向かっている。


 足早に歩くうちに、二人はやがて大通りへ出る。明け方に近づいたのか、街の東側から薄い光が混じり、少しずつ夜が溶け始めていた。


 革命後の荒廃が広がる通りには、疲れ切った市民がうずくまり、何が起こるのかを見届けようとする者もいる。騎士や兵士が巡回し、混乱を抑えようとするが、街の表情はやはり重苦しい。


 レイナーはふと足を止め、夜空を振り仰ぐ。まだ星が残るが、徐々に空が白み始めているのが分かる。


「あと数日で……彼女は処刑されるんだ。……それまでに、僕たちができることなんてないんだろうか」


 ユリウスは首を横に振る。


「民衆の怒りは本物だ。戦争と粛清で失われた命と生活を考えれば、当然かもしれない。……俺たちが『助命嘆願』したところで、新政府も民衆も受け入れるわけがない。……パルメリアだって、それを望んでいない」


 そう言うときのユリウスの声音には、自分への苛立ちも混じっていた。どうしてこんなにも無力なのかと。どうして仲間を救えないのかと。だが、過去の血の代償が重すぎる事実を、誰も否定はできない。


 ――パルメリア自身も「ふふっ……」と笑っていた。全てを失って、死を受け入れている。


「行こう。ここで立ち止まっても何も変わらない」


 ユリウスが声をかけ、レイナーも再び歩みを進める。日の出が近いのか、空が少しだけ明るくなり、建物の影が長く伸び始めていた。


(これで、本当にいいのか……。いつか、誰かがこの結末を振り返ったとき、僕たちはどう映る? パルメリアを救えなかった無力な仲間たちとして、歴史に刻まれるのか……)


 レイナーは心中で自問しながら、答えも得られないまま黙り込む。ユリウスも同じで、互いに何を言えばいいか分からない――それほどに、パルメリアの死刑が現実となった今、余計な言葉は虚しさを増すだけだ。


 そうして二人の足音が、崩れた石畳を踏む音とともに消えていく。夜明けの空がわずかに色づき、東の空に金色の筋が伸び始める。けれど、その光が彼らの心を癒すわけではない。


 独房の中、パルメリアは彼らを見送ることもなく、ただ背を丸めて「ふふっ……」という笑いを噛み殺すようにたたずんでいるだろう。死刑までの数日――彼女はその間に何を思うのか、あるいは何も思わないのか。誰も知るよしがない。


 レイナーとユリウスは、胸に突き刺さる痛みを抱えながら、自分の責務に戻るしかなかった。


 夜明けの町に漂う空気は、血と硝煙の匂いがまだくすぶり、憎悪と悲しみが混在している。人々は「パルメリアが独房で死を待っている」事実を喜ぶ者もいれば、複雑にうつむく者もいる。


 どちらにしろ、この国が背負った傷は深く、たった一人の死によって即座に癒されることはない――ただ、あの彼女を知る者たちにとっては、こうした形での別離が堪え難い苦しみになっているのだ。


(これが「革命」の果ての姿なのか。……本当に、彼女を殺すことで、すべて解決するのか?)


 そう思っても、既に結論は揺るがないだろう。多数の命を奪った罪人として、パルメリア・コレットの運命は決められてしまった。


 まるで、絶対の悲劇が静かに幕を下ろそうとしている。その直前、仲間たちが駆け寄った最後の説得ですら、彼女の運命を変えられなかった。


 やがて太陽が昇り、暁の光が街を照らす。瓦礫(がれき)や廃墟だらけの首都がうっすらと明るみを帯び、そこに生きる人々が今日を生き抜くために動き始める。


 レイナーとユリウスは、いつかの路地裏へ差しかかり、互いに「また後で」と短く言葉を交わして散っていく。互いが背負う役目は大きく、こんなところで立ち止まってはいられない――それは分かっていても、何かを失った空虚感は消えないままだ。


 拘置所の独房で、パルメリアは静かに瞼を閉じる。


 夜が明けても、そこには光は届きにくい。窓の隙間から差し込む陽光は細い帯になって床を照らしているが、彼女はそれを見ることすら興味を持たないかのようだった。


(ふふっ……本当に、何も変わらないわね。死刑が執行されるまで、ただ待つだけ。あの頃は、私が世界を変えられると信じていたのに……)


 かつての友たちが見せた苦悩の顔を思い返し、ほんの一瞬だけ胸が痛む。けれど、その痛みすら遠い幻想のように感じられ、今の彼女にはもうどうしようもない。


 独房の外では看守たちが「今の面会、何だったんだ」とささやき合っているかもしれない。だが、そんな声は彼女に届くことなく、空虚だけが彼女を包む。


 死刑が執行されるまで、残された時間はそう長くないだろう。今後、彼女が悔悟することも、逆に激高することもないのかもしれない。あの「ふふっ……」という笑いが、それらすべてを示している――諦めと絶望と、わずかな皮肉。


 二人の説得は、叶うことなく散りゆく一つの儚い努力にすぎなかった。

 

かつて王政を倒し、同じ未来を語った仲間が鉄格子を隔てて対話したにもかかわらず、そこには絶望と諦念しか残されていない。


 レイナーとユリウスは「もうどうにもならない」と痛感し、パルメリアは「ふふっ……」と笑うだけで全てを拒み、そして穏やかに受け入れた――その姿が、かつての仲間たちの心を深く(えぐ)る。


 結局、何ひとつ結論を変えられないまま、死刑執行への道程が淡々と進んでいく。皮肉にも「第二の革命」の熱狂は収まり、その代わりに、かつての英雄を(ほうむ)る準備が整えられていくのだ。


 夜明けの空は既に明るくなり、静かに一日が始まっている。


 ただ、誰の胸にも重くのしかかるのは、取り返しのつかない(かな)しみ。かつて共に語り合った未来は、今この地獄のような結末を迎えるのか――その問いに、まだ答えは出せない。


 パルメリアが独房で微笑む理由は、もう誰にも理解できないし、理解しようとする者も多くはないかもしれない。


 こうして、二人は拘置所を後にする。


 いつか、この国が新たな光を見つけられるのだろうか。


 パルメリアの足元に落ちる影と、彼女が漏らす冷めた笑いが、やるせない痛みを伴って空へと消えていく。


 独房にはかすかな隙間風が流れこむだけ。そこで彼女は、最期のときを静かに待つのだ。――かつての輝きを誰もが誇った「英雄」が、「独裁者」として散っていく、その日を。

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