第12話 揺れる評判①
ベルモント派との取引によって妨害を一時的に封じ込めたパルメリア。相手が内心で怒りや屈辱を募らせていることは承知の上だったが、当面の間、行商ルートの封鎖は解除され、不当な税の徴収も減りつつある。農業改革や学舎での教育が進み、コレット公爵領にはやや明るい空気が戻り始めていた。
(少しずつだけれど、私が望んでいた形に近づいているわ。でも、まだこの程度で安心はできない)
彼女は自室の窓から領内を見下ろしつつ、内心で警戒を緩めることなく決意を新たにする。改革の成果が広がるに伴い、人々の意識も動き出しているが、その一方で周囲の視線や噂話もまた新たな波紋を呼んでいた。
そのころ、王都の宮廷ではパルメリアの評判が驚きと不気味な敬遠をもって広まっていた。ある日の午後、廊下の柱の影では、華やかな衣装をまとった貴婦人や若き貴族たちが密やかにささやき合う。
「ねえ、聞いた? コレット家の令嬢が、あのベルモント派をあっさり手玉に取ったらしいわよ」
「まるで毒を持つ薔薇のようだと評判だ。見目は麗しいが、近づけば刺されるとか……怖いわねえ」
「もし変に近づいて利用されるようなことがあれば、こちらが餌食になるだけだろうな。下手に接触するのは得策じゃない」
こうした噂は、宮廷の廊下や社交サロンで尾ひれをつけて拡散する。
ある者は言う。「あの令嬢、家臣を縛り上げて無理やり動かしているらしい」「農民には優しくても、貴族には毒牙を剥く恐れがある」など、まるで怪物か暗躍する策士であるかのようなささやきすら聞かれる。
さらに、保守派が「彼女に逆らえば危険だ」という噂を意図的に流し、それに尾びれがついて「コレット家の娘には関わるな」とまことしやかに警告する者も現れた。
そんな讒言や誇張された噂は、一部の貴族たちから「抜け目のない危険な令嬢だ」という印象を植えつけ、パルメリアの名前を聞いただけで警戒する人々を増やしているのが実情だった。
一方、コレット領の農村や町では、まったく異なる噂が広がっていた。
農業改革の効果でようやく収穫が少し増え始め、交易ルートも部分的に回復したことにより、領民の暮らしには確かな変化が見え始めている。学舎では子どもたちが文字を学び、大人たちも「あの令嬢がこんなに思慮深い人とは思わなかった」と驚く声が多い。
ある農村の寄り合いでは、年配の男がこんな風に語る。
「最初は気まぐれなお嬢様だと思ってたが、土に触れて話を聞いてくれたし、俺たちのために税を見直そうとしてるって話も聞く。なんだかんだで、今までの貴族様とは違うんじゃないか?」
すると、隣の席にいる中年の女性が、「私なんて、あの令嬢が畑に来てくれて、子どもたちの将来を心配してくれたのを見て涙が出たよ」と笑う。さらに別の若者が「農具の改良を教えてくれた騎士の人も、お嬢様が雇った人らしいってさ」と声を上げる。
こうして人々はパルメリアを「頼りになるお嬢様」として口にし始めた。「昔は気難しくて怖い存在だと思っていたが、今はむしろ優しい主人なのではないか?」とまで言う者もおり、領民の評価はめざましく好転している。
「お嬢様は冷徹な雰囲気だって、宮廷で噂されてるかもしれないけど、それは大貴族に舐められないためじゃないか?」
「荒れ果てた領地を立て直すなんて、誰にもできないと思っていたけど、事実こうして少しずつ良くなってる。悪い噂なんて当てにならないさ」
こうした声が広がるにつれ、領民からは「私たちのために本気で行動する公爵令嬢」というイメージが定着し始めている。もちろん、まだ改革に懐疑的な人もいるが、少なくとも「悪役令嬢」というレッテルからは程遠い姿を認める人が増えつつある。
こうして貴族社会では「抜け目のない危険な令嬢」、領地の民からは「志高く優しい領主」という、正反対とも言える評判が同時に渦巻くことになった。
社交界では、「あまりに危ない娘だから近づくな」と警戒され、領民の間では「私たちの生活を救ってくれる」と感謝される――この奇妙な二面性が、パルメリア自身にとってもやや居心地の悪い状況だった。
しかし、彼女は表向きはまったく気にする様子を見せない。かつての「ただ華やかな場に出るだけの令嬢」なら噂に振り回されていたかもしれないが、今の彼女は違う。むしろ、賛否両論の喧噪を聞き流し、結果で黙らせるという姿勢を貫こうとしている。
(改革を進めれば進めるほど、保守派の反発や奇妙な噂は大きくなる。でも、私は気にしていられない。何より結果が全てを物語るはずよ)
そう自らに言い聞かせると、彼女はさらなる行動を起こす意欲に燃える。領民と家臣たちの協力を得て、農業改革や教育普及を加速させ、取引を再び活性化させる道を探す――ここで立ち止まるなら、改革の意義など意味をなさない。




