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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第6章:独裁者の末路

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第92話 狂気の果て④

 続く沈黙の中、遠くで親衛隊の降伏を告げる声が聞こえ、外からは民衆の「勝ったぞ!」という歓声と安堵の泣き声が混ざり合っているのが感じられる。革命軍が大統領府を完全に制圧したのだ。


 その事実を噛み締めながら、ユリウスやレイナー、ガブリエルは、床に崩れ落ちたパルメリアを囲み、何も言えずにただ見下ろしていた。狂気という仮面を失い、泣きじゃくるように肩を震わす彼女の姿。それは独裁者とは思えないほど脆く、あまりに痛ましい。


 ガブリエルはしばらくの迷いの末、そっと膝をつき、彼女の手から落ちた剣を拾い上げ、ゆっくりと自分の背後に置く。


「……パルメリア様、もう何もする必要はない。剣はここにある。あなたは傷つかずに済む……」


 振り向けば、混乱の果てに倒れた親衛隊員の姿が目に入る。彼らもまた、パルメリアを守ろうとした結果、命を散らしたり、降伏したりした。全てが血と涙の渦だ。


 レイナーとユリウスが顔を見合わせ、わずかに目を伏せる。説得の言葉を何度も試みたが、結果的に多くの命を奪う形の蜂起しか手段がなかった現実。それが、二人の胸を重く鎖のように縛る。


 その中で、パルメリアは浅い呼吸を続けていた。先ほどの狂信的な勢いは完全に萎え、ただ深い倦怠と諦念のような表情で床にうずくまっている。笑い声も途切れ、代わりに涙混じりの嗚咽が小さく聞こえた。


「……終わったの? 私の革命も……みんなの希望も……あははっ……そう……終わりなのね……ふふっ……」


 (かす)れた声で、その言葉を漏らすと、彼女の肩から力が抜ける。ガブリエルは何か言おうとしたが声にならず、ただ視線を伏せる。


 大統領府の執務室には、瓦礫(がれき)と血痕、破れた書類が散乱し、かつての壮麗な面影は無残にも踏みにじられていた。王政を倒すとき、パルメリアはこの部屋で「新時代の幕開け」を宣言したのだという。その残骸を見ていると、同じ部屋とは思えないほどの惨憺(さんたん)たる有様だ。


 パルメリアはかつての仲間たちの姿を(うる)んだ瞳で見つめるが、何も言えない。かつてはこの国を本当に救いたかった自分が、いまや「救われる側」にいるという矛盾をどう受け止めればいいのか、心が混乱しているのだろう。


 ユリウスは苦い思いを噛み締めながら、パルメリアにそっと呼びかける。


「パルメリア……君は、昔、俺たちと同じ夢を見ていた。王政の圧政を打ち砕き、民が自由に生きられる国を作るって。あれは、嘘じゃなかったはずだ」


 彼の声音は怒りよりも悔しさと(かな)しみに満ちている。


「どうして、ここまで血を流さなければならなかったんだ。どうして、君は――」


 パルメリアはぐったりと肩を落とし、床に手をついたまま小さく笑う。


「ふふっ……あははっ……私も……分からないわ。いつの間にか……こんな形になっていた。守らなければいけない……そう思い続けて……気づけば、誰もいなくなっていた……」


 レイナーはその言葉に胸を(えぐ)られ、そっと目を伏せる。誰もが――彼女を理解してあげられなかったのかもしれない。そして、それが取り返しのつかない悲劇を呼んだ。


 しんとした沈黙の中、外でざわめく民衆の声だけがかすかに届いている。この国を取り戻すため、ついさっきまで命を懸けた戦いが行われていた。その結末が、こんなにも虚しい形で現れるとは、誰も想像しなかっただろう。


 そのとき、不意にガブリエルが座り込むようにして、パルメリアの前に身を寄せ、震える声で告げる。


「パルメリア様……どうか、生きて、償ってください。俺たちは……あなたを止めました。多くの血が流れた。……でも、これ以上、あなたに死んでほしくはない。二度と同じ(てつ)を踏まないために……あなたが必要なんです」


 パルメリアはふと彼の瞳を見つめ返す。そこには騎士道を捨てることなく、最後まで自分を守ろうとした男の、深い悲しみが映っていた。


「ふふっ……あははっ……今さら、守る……? あなたも、私を見捨てたくせに……。それとも、最後まで守るつもり? この国が、私を『独裁者』と(ののし)っているのに……」


 その舌鋒は弱弱しいが、言葉の刃のようにも感じる。ガブリエルは(こら)えるしかなかった。しかし、彼はパルメリアを責めることはしない。苦悩しつつも、その手を取ろうとする。


 レイナーとユリウスも、彼女の周囲を囲むように静かに近づいてくる。誰も銃や剣を構えていない。それよりも、目の前にいる「かつての仲間」を受け止めようとしているようだった。


 パルメリアはその様子をじっと見たまま、わずかに唇を開き、すすり泣くような呼吸を繰り返す。長く溜めこんだ狂気と焦燥が、一気に噴き出してしまった今、彼女にはもう何の力も残されていない。


「私……どうしたらいいの……? ふふっ……あははっ……こんなにも壊れてしまったら……もう戻れないわよね……」


 泣き笑いのような声。見るに堪えないほど憔悴しきったその姿に、ユリウスは胸をかきむしりたいほどの痛みを感じる。


(結局、俺たちが救えなかったんだ、パルメリアを……)


 クラリスは毛布を持って彼女のそばにしゃがみこむ。震える彼女に、そっとそれを掛けてやるようにしながら、小さな声でささやく。


「今は何も考えなくていいです。私たちが、あなたを連れて行くから……もう、これ以上血を流さなくてもいいのです……」


 パルメリアは伏せた瞳から涙をこぼしながら、一瞬クラリスの方へ顔を向ける。しかし、まだ(おび)えや苛立ちが残っているのか、簡単には応えず、顔をそむけるように視線を落とした。


「……ふふっ……どこへ連れて行くの……? どうせ、私を縛り上げて……裁きにかけるんでしょう……あははっ……わかってるのよ、そんなこと……」


 その声には諦めとも、自嘲とも取れる響きが混在する。クラリスは苦しげに唇を噛み、言葉に詰まる。実際、パルメリアが行った粛清や戦争の罪は計り知れない。その責任を問われる日が来るのは明白だろう。


 だが、今ここにいるのは「王政を倒した英雄」であり、かつて友だった彼女だ。憎しみだけで裁ききれるほど、人々の感情は単純ではない。


 部屋の奥から、うっすらと霞むような光が差し込み始める。それは東の空が白み始めている合図。すでに夜は終わりに近づいていた。


 血と硝煙に満ちた一夜の戦いの果て、パルメリアはこうして仲間たちに取り囲まれ、力なく膝をついている。長く続いた恐怖支配が、今まさに終わりを告げる――誰もがそう感じていたが、その胸には勝利の歓喜ではなく、苦しさと虚しさがかき乱されていた。


 ガブリエルが意を決して、もう一度ゆっくりパルメリアに近寄り、彼女の肩に手をかけようとする。


「パルメリア様……いえ、あなたは今……どれほど辛い思いでここにいるのか、私には想像もつきません。でも、一緒に背負いましょう。あなたが選んだ独裁の結果、どれだけの人が死んだか。――その罪を、私はあなたと共に受け止めたい……」


 パルメリアの瞳には再び涙がにじむ。さっきまで狂乱の笑い声を上げていた姿とは打って変わり、消え入りそうな声でつぶやく。


「……どうして、もっと早く……止めてくれなかったの……? あははっ……こんなに、遅いのに……今さら……」


 呆然とするガブリエルの代わりに、レイナーが言葉を継ぐ。


「僕たちにも……責任がある。君を救えなかったし、独裁を止められなかった。だから、こうして多くの血が流れた。……でも、まだ終わりじゃない。僕たちはやり直したいんだ。王政を倒したあのときみたいに、誰もが息をつける国を……」


 それを聞くと、パルメリアは床に視線を落としたまま、肩を上下させて呼吸を整える。先ほどまでの狂気の勢いは完全に失われ、ただ消耗しきった身体だけがそこに残されているようだ。


「私が……やり直す、ですって……? ふふっ……あははっ……こんなにも……壊しておいて……」


 言葉に詰まったまま、パルメリアは目を閉じる。


 ――その顔には、自分が成してしまった数々の惨劇を知りながら、自分では止められなかった苦悩が刻まれていた。ひび割れた瞳の奥にあるのは、かつての輝かしい理念と、今の破滅とのギャップにさいなまれる絶望感。


 重たい沈黙が部屋を包み、一同が息を飲む中、扉の外から物音が聞こえる。おそらく民衆や兵たちが集結し、もうこの執務室の前まで来ているのだろう。パルメリアの最期を見届けようという声もあるかもしれない。


 しかし、ユリウスやレイナー、ガブリエル、そしてクラリスは誰も動かない。パルメリアが膝をつき、崩れ落ちるのを黙って見守っている。彼女が自分の意思で、剣を拾わず、降伏しようとするのか――その可能性に賭けているかのようだった。


 パルメリアはそっと顔を上げ、天井の方を見つめる。月明かりはもう消えかけ、東から差し込む青白い光が、粉塵の漂う空間を淡く照らしていた。


「……夜が、明けるのね……」


 そのつぶやきは、穏やかな感慨と共に、後悔に満ちているようでもあった。狂気の中に染まりきっていた彼女が、初めて夜明けを意識している。


「私の……独裁は、終わる。……ふふっ……そうかもしれないわね……」


 ぽつり、ぽつりと落ちる言葉は、どこか諦観を帯びていた。彼女の頭上には、亀裂の走った天井がかすかにきしんでいる。


 ガブリエルはそれを聞いて、大きく息をついた。


「……やっと、目を覚ましてくれたんですか、パルメリア様……」


 あまりにも遅かったかもしれないが、それでもこの瞬間、彼の胸には小さな安堵が広がる。パルメリアが剣を握り、最後まで笑い狂うのではなく、こうして地に膝をついていること――それが、大きな破滅をさらに広げないためのかすかな希望になり得る。


 パルメリアは苦しげに歯を食いしばりながら、もう一度嗤う。しかし先ほどの狂乱じみた笑いではない。


「ふふっ……やっと……終わるのね。……こんな……惨めな結末なら、最初からこうなる運命だったのかしら。あははっ……私が、王政を倒したあの日から……」


 その声は悲しげで、もう力は感じられなかった。彼女の精神を支えていた狂信は、今まさに崩れ落ちている。戦い抜いて守ったものが、こんなにも虚ろだったとは――と、本人が思い知っているのだ。


 外で人々の声が高まり、足音が増え、玄関あたりで「パルメリアは倒されたのか?」とざわめきが起きているのが感じられる。まもなく、兵士や民衆が殺到してくるかもしれない。


 しかしこの執務室だけは、薄暗く、破壊されたまま、まるで世界から切り離されたように静まりかえっている。床に座り込むパルメリアと、彼女を取り囲む旧友たち――不思議な時間が流れていた。

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