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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第6章:独裁者の末路

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第92話 狂気の果て①

 大統領府の深奥部へと通じる廊下を、怒号と足音が切り裂いていた。王政を倒したあの日から、誰がこのような結末を想像できただろうか。広い石造りの壁にはあちこちに銃痕が残り、床には砕かれた調度品が散乱し、薄暗い灯りがその惨状を不気味に照らしている。


 夜の帳はまだ厚く、空の隙間を覆う雲は重苦しいまま。しかし、すでに彼方にはかすかな白みが差し始めていた。王政の腐敗を打ち破って生まれたはずのこの「共和国」を支配していた独裁が、ついに終焉のときを迎えようとしている――その証のように、夜明け前の微光がわずかに壁面を照らしだす。


 ――パルメリア・コレット


 王政を討ち倒し、「革命の英雄」とたたえられながら、いつしか粛清と戦火で国内を恐怖に染め上げた独裁者。彼女は今、この広大な大統領府のさらに奥深く、執務室の片隅で最後の狂気をたぎらせている。


 深い闇の奥で、誰にも届かない嗤い声を落とし続ける姿――それこそが、かつての仲間たちが目にすることになる最終的な「悪夢」の形だった。


 廊下で散発的に銃声が響き、弾丸が壁に当たって鋭い欠片が飛び散る。そこへ飛び込んできたのは、ユリウスとレイナー、そしてガブリエルらを先頭にした革命軍の主力たち。先ほどまで親衛隊が必死に抵抗していたが、すでにその多くは降伏または逃亡し、ほんの一部の頑強な部隊が残っているのみだ。


 ユリウスは大きく息を吐き、瓦礫を乗り越えながら指示を出す。


「もう主要な抵抗は破った。……問題は、パルメリアがどこに立てこもっているか、だ。執務室か、あるいは別の隠し部屋か……とにかく、ここで仕留めなきゃならない」


 かつて王政を倒した仲間だったパルメリアを「仕留める」――そんな言葉を口にするのがどれほど辛いか、ユリウス自身が痛感していた。だからこそ、それを口にする際の声は低く、悲痛さを帯びている。


 レイナーも、手にした剣を握りしめながら視線を斜め下に落とす。


「……彼女を倒さなければ、もうこの国は救われない。わかっているけど……やりきれないな。どうして、こんなことになってしまったんだ」


 その問いに明確な答えなど誰も持ちあわせていない。二度と王政のような専制を許さないために革命を起こしたはずが、結局は自分たちが打ち立てた「共和国」が、王政以上に血を流す独裁と化してしまった――その皮肉に胸が引き裂かれる。


 苦い思いを飲み込みながら、二人は階段を駆け上がっていく。そこには血をにじませながら倒れ伏す兵士や、崩れ落ちたシャンデリアの破片が散らばっていた。硝煙の匂いと焦げくさい臭いが混じり合い、夜明け前の冷たい空気をさらに重苦しくしている。


 ガブリエルは、その凄惨な光景に目を伏せながらも、あくまで司令官として冷静さを保っているように見えた。しかし、その胸の内には熱い後悔が渦巻いている。彼はパルメリアを守る騎士だった。その誓いは今、彼をどこへ導こうとしているのか――。


「……パルメリア様……どうか私の目の前に姿を見せてくれ。冷たく笑うあなたを、これ以上見たくはないが……。しかし、会わなければ終わらない……」


 低く(うな)るような声で、ガブリエルはその想いを押し殺す。兵士たちはそんな彼の背を守るように付き従い、弾痕だらけの扉へ向かう。


 どこか遠くからは、民衆の怒号も聞こえ、銃声と衝撃音が交互に耳を打つ。大統領府の外では、すでに多くの者が涙を流し、仲間の死を嘆き、あるいは勝利を確信して拳を握りしめているのだろう。


 夜明け前というにはまだ暗く、しかし確実に空が薄白い色を帯び始めたこの刻が、王政を倒したあの日と酷似しているのを、誰もが肌で感じていた。あのときは人々が歓喜しながら迎えた朝だったが、今はあまりにも血と悲嘆にまみれている。


 大理石の階段を登り切ると、そこには重厚な扉がそびえたっていた。扉の周辺には弾痕や剣の切り跡が無数につき、落ちたランプがくすぶるように(くすぶ)っている。


 ユリウスが歩みを止め、レイナーやガブリエルも続く。後ろにはクラリスと複数の兵士が控え、万一に備えて周囲を警戒していた。


「……ここが、パルメリアが立てこもっている執務室なのか」


 レイナーがつぶやくと、ガブリエルは苦い面持ちで首を縦に振る。


「そうだ。もとは王政時代の謁見の間を改装した場所らしい。よほどのことがなければ立ち去らないだろう……」


 扉の奥からは、ときおり「ふふっ……」「あははっ……」という、不気味な笑いとも(わら)いともつかぬ声が、かすかに漏れ聞こえてくる。まるで深い井戸の底から這い上がってくる亡霊のささやきのように寒々しく、そのたびに周囲の者は背筋を凍らせた。


 ユリウスは唇を噛みながら、扉に近づき、様子を探る。見張りが配置されている気配はない。というより、すでに親衛隊の大半は降伏し、わずかな残党も逃走してしまったようだ。


「……俺が開ける。レイナー、ガブリエルは援護を頼む。クラリスは後ろで待機していてくれ」


 ユリウスが短く指示を出す。みな、異論はないようだった。


 一瞬だけ、レイナーとガブリエルが視線を交わし、拳を握りしめる。ここに至るまで、多くの血が流された。もう立ち止まることはできないという決意が三人の瞳に宿っている。


 扉に手をかけた瞬間、「きぃ……」というきしむ音が響き、そこから空気が一気に張り詰める。


 扉をほんの少し動かしただけで、部屋の奥から感じられる異様な雰囲気がさらに濃厚になる。それは熱のこもった狂気にも似ていて、何人かの兵士が思わず後ずさりするほどだった。


「なんだ、この殺気……」


 低くつぶやいた兵士の声に、ユリウスは小さく首を振る。


(王政を倒したとき、パルメリアは確かに誇り高く、人々の希望の象徴だった。それが今やこんな……。どうして、ここまで(ゆが)んでしまったんだ?)


 自問を胸にしまい込み、ユリウスは勢いよく扉を押し開く。ギィィ……という嫌なきしみが響き、室内の闇が視界に飛び込んでくる。


 かすかな灯りが床や壁に揺らめき、散乱した書類や家具の破片が、まるで悪夢の残滓(ざんし)のように散らばっていた。いくつかの壁には大きなヒビが入っている。


 そして、その奥、かすかな灯りに照らされて姿を現したのは――パルメリアだった。

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