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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第6章:独裁者の末路

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第91話 夜明け前の突入①

 夜明け前の闇が、まだ名残を惜しむように首都を覆っていた。重苦しい雲が垂れこめ、かすかに腐った鉄のような匂いが漂う。ほんの数時間前から続いている火の手と警鐘の音は鳴りやむことがない。多くの市民は戸口の隙間から外の様子を窺い、息をひそめていた。


 既に主要な通りの検問所は次々と破壊され、親衛隊や保安局の兵士たちは血を流しながら撤退を余儀なくされている。一方、この混乱を引き起こしているのは「第二の革命」を掲げる反乱軍と、それに呼応した市民の抵抗組織だ。夜の街のあちこちで火炎と怒声が噴き上がり、かつての革命以来となる大規模な戦いが再び繰り広げられている。


 旧王宮――大統領府の正門前では、わずかな抵抗を見せていた親衛隊がすでに降伏し、反乱軍の主力部隊が広い中庭と門内を制圧した。その光景は、独裁者パルメリア・コレットの権威が崩れつつあることを如実に示している。だが、建物の内部にはまだ一部の兵士が残っており、各所で散発的な銃声が鳴り続けていた。


 その頃、ユリウスやガブリエル、そして医療班を率いるクラリスらは、広大な敷地へなだれ込んできた味方をまとめつつ、建物内への突入準備を進めていた。彼らと合流する形で、レイナーもまた別の隊を率いて、すでに正面玄関付近へ到着している。どの顔にも、深い疲労や悲しみ、あるいは「今度こそ独裁を終わらせる」という昂揚が入り混じっていた。


 しかし、大統領府の周辺に完全な安全地帯があるわけではない。夜の闇に乗じて、まだ抵抗を続ける親衛隊が建物の裏手や回廊などを固守しているという報告が絶えず舞い込んでいた。


「ここから先は中だ。裏門の制圧情報が入ったが、油断はできない。――皆、散開しながら連携を忘れるな」


 レイナーは地図を広げ、大統領府内部の構造を示しながら若い兵士たちにそう告げた。かつてパルメリアを支えていた外交担当としての経験から、内部構造を把握しているのだ。


 反乱軍はすでに正面・裏門・側面の通用口と、複数の入口から一斉に突入を開始している。ユリウスやガブリエルと同時に館内へ足を踏み入れれば、挟撃する形で中央広間を押さえられる――それがレイナーの作戦だった。しかし、そこにはまだ親衛隊の一部が固まっている。しかも、どれだけ士気が落ちていても、彼らは死に物狂いで最後の抵抗を見せる可能性がある。


「親衛隊も、本館内に相当数が残ってるらしい。想定内だけど……ガブリエル隊の報告じゃ、指揮系統はほぼ崩壊していて、中央広間も混乱状態とのことだ」


 レイナーは苦い顔でそう言いながら、胸のうちに去来する「かつての英雄パルメリア」の面影と、いま自分が取ろうとしている行動の矛盾に唇をかんだ。


 一方、別の入り口から突入するユリウスは、敷地内のあちこちで散見される悲惨な光景に目を伏せながら、部下に号令をかける。


「立ち止まるな! 抵抗があるなら排除して、先へ進め……!」


 血を流して倒れ込む親衛隊員たち――その多くが、ほんの数か月前まで「同じ国を愛していたはずの民」だった。思わず足がすくむ者もいるが、ユリウスは悲壮な決意を持って前進を促す。


 すでにこの時点で、反乱軍は王政を倒した当時とはまるで違う色合いの「革命」を肌で感じていた。理想と熱狂の末に生まれたはずの新政権が、こうも無残に独裁へと変質し、それを再び血で止めねばならないとは――。だが、後戻りはできない以上、突き進むしかない。


 その頃、ガブリエルの隊は裏門からの突入に成功し、廊下の一角を制圧していた。反乱軍の本隊が正面から押し寄せる中、こちらからも側面を突き崩そうという作戦だ。銃声と爆発音の中、彼は部下たちに指示を飛ばす。


「ここを突破しないと中央広間へ通じる階段を確保できない。負傷者の救護を怠るな、だが一歩でも引くな……!」


 かつてはパルメリアの信望のもとで剣を振るってきた者たちが、今は彼女を倒すために火器を構えている――その皮肉を思わず噛みしめるが、決意を固めるしかなかった。


 こうして、大統領府内の至る場所で散発的な交戦が繰り返されている。そこかしこで燃えさかる炎が闇を照らし、扉を破る音や爆発音が廊下にこだまする。そのたびに悲鳴や怒声が交錯し、床には血が流れ、積み重なった瓦礫(がれき)が行く手を(はば)んでいた。


 レイナーの隊も、その混乱の只中へ足を踏み入れる。一つ扉を破るごとに襲いかかる親衛隊を排除しなければならない。


「降伏してくれ……無駄な血は流したくないんだ!」


 レイナーが懸命に呼びかけても、追い詰められた親衛隊は狂ったように銃弾を撃ち込んでくる。結局は自分たちも火力を行使せざるを得ず、廊下には粉塵と血のにおいが立ち込めた。


 やがて激しい銃撃をかわし、レイナーたちは爆薬による急ごしらえの手投げ弾を使って頑強な扉を破壊する。その先にいた親衛隊は一瞬にして行動不能になり、倒れ込んだ。


「助けられる者は助けてやれ……できる限り、傷の手当をするんだ」


 敵味方を問わず医療班を呼ぶレイナーに、若い兵士たちは戸惑いつつもうなずく。血塗れの廊下に満ちる悲惨さは、もはや吐き気を催すほどだったが、それでも彼らは歩みを止めるわけにはいかない。


 館内の各所からは、ユリウスの隊やガブリエルの隊が前進しているとの合図が届いていた。どうやら全方位からの突入によって親衛隊はじりじりと追い詰められ、指揮系統が崩壊しつつあるらしい。


(これで、パルメリアを止められる……いや、止めるしかないんだ。もう後戻りはできない)


 まだ夜は明けきっていない。しかし、廊下の窓からはかすかな外光が射しはじめ、東の空がわずかに白みを帯びているのが見えた。血煙に覆われたこの建物も、間もなく朝日に照らし出されるだろう――その前に「独裁者を倒す」という大義を果たさねば、これまで流した血が報われない。


 夜明け前の屋内は、不気味な静寂と激しい怒号が交互に入り乱れていた。場所によっては火が上がり、明滅する炎が壁を照らし出す。倒れ込む親衛隊の横を、泥まみれのブーツが踏み越えていく。


 まさに、かつての王宮がたどった破壊の記憶をなぞるかのような光景だ。だが、それ以上に悲惨なのは、「味方だった」者同士が血を流していること――この矛盾が、人々の胸を(さいな)む。


 レイナーは大理石の床に広がる血だまりを避けながら、小隊を率いて廊下を走る。重い扉をいくつも突破しては、息を殺して先へ進んでいく。廊下には高さのある窓が並んでいるが、そこから射し込む月光さえ雲に遮られ、頼りになる光はほとんどない。


「くそっ……暗くて何も見えない。みんな、はぐれるなよ!」


 レイナーが低く呼びかけると、一人の兵士がかき消えそうな声で応じる。


「はい……! この先に階段があるはずです、そこを上がれば二階の回廊へ――」


 だが、兵士の言葉は最後まで続かなかった。暗闇から弧を描くように飛んできた銃弾が、その兵士の腕を貫いたのだ。


「ぐあっ……!」


 苦痛に耐え、兵士は倒れそうになる。レイナーはとっさに彼の身体を支え、周囲を見回す。見ると、奥から数名の親衛隊が銃を構え、射撃を続けている。通路にいたレイナーたちが姿を晒すと同時に、激しい弾丸が壁や床を跳ねる。


「伏せろ!」


 レイナーは声を張り上げて仲間たちを床に伏せさせる。こめかみに汗が滴り、心臓が爆発しそうなほど鼓動する。


「……おい、そこのお前たち! 降伏しろ、余計な流血はしたくない!」


 レイナーが必死に呼びかけるが、親衛隊の返事は銃声だけだ。どうやら怯む気配はない。そのため、レイナーは伏せたまま部下に合図を送る。


「仕方ない。手投げ弾……用意して!」


 一人の兵士が、布切れと薬剤を使って急ごしらえの爆弾を準備する。あのクラリスが提供した技術が、こんな場面で使われるのは皮肉なことだった。しかし、今は他に手段がない。


 やがて、引火した導火線が短い閃光を放ち、兵士は素早くそれを廊下の奥へ投げ込む。


「離れろ!」


 レイナーがそう叫び、耳を塞いだ瞬間、炸裂音が夜闇を切り裂く。通路の壁が揺れ、破片が飛び散り、粉塵が視界を白くする。


「うわああっ……!」


 親衛隊の悲鳴が響き、そこでようやく銃声が止んだ。


 レイナーは肺が焼けつくような息苦しさをこらえ、立ち上がって駆け寄る。一部の親衛隊がまだ気絶しているようだが、抵抗は完全に途切れていた。


「手当てをしてやれ……助けられるなら助けてやるんだ」


 レイナーの指示に、兵士たちはうなずき、倒れた親衛隊員に近寄る。とはいえ、手荒であることに変わりはなく、捕虜として拘束する形を取る。狭い廊下に充満した粉塵と血のにおいが、胃の奥をひっくり返すような不快感をもたらしたが、レイナーは必死にこらえた。

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