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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第6章:独裁者の末路

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第90話 決起の合図③

 一方、ガブリエル率いる軍の一部も同時に行動を開始。司令官室で「今こそ立ち上がる時だ」と大勢の兵士が立ち上がり、親衛隊の兵舎を包囲する。


「司令官! 親衛隊はどうやら混乱しているようです。大統領府からの指示がまだ来ないらしく、まともに動けていません!」


 報告を受け、ガブリエルは苦渋の表情で剣を握りしめた。


「……パルメリア様。どうか、この戦いであなたが苦しまずに済む道はないのか……。だけど、もう戻れない。私は、この国を救うために剣を振るうほかない」


 保安局や親衛隊はそれぞれが指示を仰ぐために混乱し、些細な誤報が流れただけで右往左往を繰り返す。パルメリア自身も「東側の爆発は陽動」という読みができずに、むやみに警備をそちらへ集中させた形になっていた。


「早く報告を寄越しなさいっ! 東で爆発だと……? 何なの、いったいどういうこと……!? あははっ……面白いわね。ふふっ、私を倒せるとでも思っているわけ? ならば、全員粛清してやる……」


 大統領府の執務室で、パルメリアは狂信者のように笑いをこぼしている。けれど、その瞳には焦りの色が浮かんでいた。


 この一連の混乱を目の当たりにした首都の住民たちは、もう正気ではいられないほどの恐怖に包まれている。しかし、同時に、この混乱に紛れて「独裁を倒そう」と立ち上がる人々も少なくない。通りには自然発生的に集まる者たちが増え、親衛隊を取り囲む光景が方々で見られるようになった。


 群衆の先頭には、手作りの盾を持った若者や、かつてパルメリアの粛清で家族を失ったという壮年の男性がいる。彼らの目には、怒りと憎しみ、そして「今こそ奪われたものを取り戻す」という激しい情熱が燃え上がっていた。


 ユリウスはそんな群衆に加わるように合流し、勢いを維持したまま保安局の支部へ突撃していく。金属扉を破壊し、内部にいた局員たちを制圧するが、相手は必死に抵抗し、一部では激しい銃撃戦が繰り広げられた。


 悲鳴と弾丸が飛び交う一帯で、ユリウスは声を枯らしながら叫ぶ。


「もう武器を捨てろ! 抵抗しても無駄だ! 血を流したくないなら降伏しろ!」


 だが、戦意を失わない局員もおり、何人かは最後まで銃を放ってくる。その銃声が夜闇を引き裂き、人々の叫びが路地を満たしていく。


 クラリスはやむを得ず建物の外で治療スペースを設け、負傷者の応急処置を急いでいた。男も女も、傷を負った身体で苦痛にうめき声をあげている。


「しっかりして……! 動かないで、すぐに止血を……」


 血でぬれた布を握りしめ、クラリスは必死に処置をする。だが、全員を救えるわけではない。それが彼女の胸を焼く。


 一方、レイナーは別方向から大統領府へ向かう道を確保するべく、検問所を制圧していた。ここも激しい抵抗があったが、ギリギリで兵の数が上回り、短時間で陥落させることに成功する。


「よし……これで大通りへ出られる。次は大統領府本体だ……みんな、急いでくれ! 今なら中央への道が開いている!」


 レイナーの声に応えて、兵と民衆が殺到するように駆け出した。その中には幼い子を抱えた母親の姿もある。おそらく、飢餓と恐怖に追い詰められ、「この機に独裁を終わらせたい」と考えたのだろう。痛ましいが、それが現実だった。


 こうして首都各地で複数の作戦が同時進行し、パルメリア派の守りは多方向から崩され始めている。東側の爆発を合図に、まさに「第二の革命」が実行され、王政崩壊のときにも匹敵する規模の混乱が巻き起こっていた。


 夜明け前だというのに、街のあちこちで火柱が立ち、怒号と悲鳴が交錯する。空気は硝煙や血のにおいで満ち、かつての革命を知る人々は「あの日の地獄が再びやってきた」と身をすくめる。


 しかし、その混乱のただなかで、反パルメリア勢力は確実に優勢を築いていた。


 理由の一つは、ガブリエルが率いる軍の主力がパルメリアを見限り、蜂起側についたからだ。さらに、保安局内部でも相次ぐ離反や情報漏洩があり、指揮系統がまるで機能しない状態に(おちい)っている。


 そして、最終的には大統領府周辺で大規模な戦いが勃発する。親衛隊が出動するも、内心でパルメリアへの不信を抱えていた者が多く、早々に降伏する者が出始める。


「……もうこんな戦い、やってられん! ただでさえ飢えているのに、なんで独裁者のために命を捨てなきゃならないんだ!」


 親衛隊の一団がそう叫んで武器を放り出し、続くように周囲も次々と白旗を上げる。彼らの多くは、かつて王政を倒す革命を賞賛していた民衆と同じ気持ちだったのだ――「そこまでパルメリアを信じきれない」という本音が、もう抑えきれなくなった。


 ユリウスとガブリエルは、門の前で武器を捨てる親衛隊員らを前に、沈痛な面持ちを交わす。


「……あれほど強かったパルメリア様の統治も、こうも(もろ)いものなのか……」


 ガブリエルは、痛烈な後悔をにじませながら思わずつぶやいた。パルメリアを守る剣であり続けたはずなのに、今は自分がその独裁を崩す側に回っている。誓いとは何だったのか――その疑問が胸を突き刺すが、もう立ち止まる余地はなかった。


 レイナーたちは大統領府の敷地内へと突入し、抵抗勢力を最終的に制圧しようと進む。あちこちに倒れ込む兵士や親衛隊員がいて、そのうめき声が夜闇に染み込んでいた。血のにおい、焦げた土や木の燃えかす、破壊された調度品の残骸――まるで壮大な悪夢だ。


 しかし、これこそが「第二の革命」の現実だった。王政を倒したときには、興奮と歓喜が入り混じった熱狂があったが、今はどこまでも悲愴と切迫が漂う。誰もがギリギリの状態で戦っているのが伝わってくる。


 ――そして、夜明けが近づくころには、首都の大半が反乱軍によって掌握された。複数の拠点が陥落し、保安局は完全に機能不全、軍司令部もガブリエルの手で抑えられた。


 パルメリア派が寄せ集めた親衛隊や残党は、散発的に抵抗を続けるものの、勢いに乗る反乱側に押し込まれる一方である。


「これほど……(もろ)いものだったのか」


 レイナーは、ふと通りに立ち尽くし、戦いの跡を見下ろしてつぶやいた。かつて革新的な力で王政を倒したパルメリアは、今や恐怖で国を支配していた。しかし、人々が真に団結すれば、その独裁すら一夜で崩れてしまうという現実が、彼の胸に大きな衝撃として迫る。


 苦い思いが押し寄せてくる。


(これが最善の道だったのか……誰もが傷つき、血を流して、それでも止まらなかった。パルメリアも、もっと早く止まってくれれば……)


 ユリウスは多くの民衆と合流しながら、大統領府への最終突入を宣言する。


「俺たちは、これ以上流血を増やしたくない。だが、パルメリアを止めなければ国は救われない。――行こう、みんな!」


 その呼びかけに、疲弊しきった民衆もなお奮い立ち、一斉に動き出す。瓦礫を踏みしめ、崩れた壁を越え、彼らは突き進むのだ。


 その周囲には大小の火が上がり、深紅の炎が黒煙を上げて燃え広がっていた。どこからか漂う焼け焦げた肉のにおいが、人々の鼻をつんと刺す。


「うっ……」


 泣きそうな声で足を止める人もいるが、仲間が手を引いて前へ進ませる。彼らにとって、ここで足を止めることは「王政を倒したあの頃の努力」を無駄にすることと同義なのだ。

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