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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第5章:再び燃え上がる革命

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第86話 決断の時③

 蜂起を二週間後に控えた夕暮れ。ユリウスは誰もいない倉庫の隅で膝を抱え、かつての戦いや仲間の顔を思い出していた。


 王政を倒したあの日、パルメリアに抱いた尊敬と同志愛、そして今の惨状――そのギャップを考えるたびに胸が裂けそうになる。


(王政の圧制を破るために立ち上がった。あの時の熱狂はまぎれもなく本物で、俺たちは確かに民衆を救ったはずだった。それが今、どうして……。パルメリアを『倒さなければならない』なんて……)


 苦悶に満ちた独白。けれど、それを口に出しても誰が救ってくれるわけでもない。ユリウスは頭を振り、小さな声で言い聞かせる。


「逃げるわけにはいかない。もしここでやめたら、民衆はさらに苦しみ、国は滅ぶだけ。……俺は、もう一度『革命』に賭けるよ」


 遠くで物音がして、彼はすぐに身を隠す。どうやら蜂起の協力者たちが倉庫前を通ったらしい。彼らの顔にも憔悴が見えたが、それ以上に切羽詰まった覚悟がありありと浮かんでいる。


 王政を倒した頃よりも重苦しい空気の中で、ユリウスは剣を握る手を見つめ、かすかに決意を新たにした。


 同じ頃、クラリスは別の場所――街はずれの簡素な医療拠点に立ち寄っていた。そこには彼女が確保した支援者が数名いて、蜂起の際の負傷者を治療できるよう準備を進めている。


 一度王政が崩れたときに作られた医療体制をさらに拡張したかったのに、独裁と外征がそれを阻み続けた。クラリスは悔しさを握り拳にこめながらも、少しでも命を救おうと必死だった。


(私は「第二の革命」が成功した後も、再び研究と教育の場を整えたい。そのために今、命を懸けるしかありません……)


 そう強く思うほど、「なぜ王政を倒した時にこうならなかったのか?」という疑問が再び彼女の胸を刺す。民を豊かにし、教育を普及させる国づくり――あの夢はどうしてここまで(ゆが)んでしまったのだろう。


 それでも嘆いている暇はない。クラリスは医療用品の在庫を確認し、協力者たちに指示を出す。X日の夜、どれだけの負傷者が出ても、可能な限り死者を出さない――それが彼女の願いだ。


 いよいよ、蜂起は近い。レイナーは大統領府の自室に閉じこもり、思索に耽る。もしX日の夜に民衆が一斉に蜂起し、パルメリアを追い詰めることができれば、レイナーはすぐに新政府側へ寝返るつもりでいた。


 ただ、その前に万が一保安局から疑いを持たれれば、一瞬で粛清されるリスクもある。


「……やるなら徹底的にやるしかない。僕だって、王政を倒した時に理想を見ていたんだ。パルメリアを信じていた。――でも、もう『あの頃の彼女』はいない。どうして最後にこんな選択を迫られないといけないんだ……」


 レイナーは空を見上げる。狂信に囚われたパルメリアを思うと、幼馴染としての愛情がまだ残っている自分に(あき)れを感じるが、それでも民を救うためには止むを得ないと結論づけるのが悲しい現実だ。


(君が自らの過ちに気づいてくれたら、どんなにいいか……だけど、それはもう無理なんだろうね。……悲しいよ、パルメリア)


 そうつぶやいてレイナーは、机に用意した書類を再度確認しながら、当日の行動をシミュレートする。X日の夜、パルメリアが外征準備でバタバタしている隙を狙って、彼も一気に行動する段取りだ。


 万が一失敗すれば、反乱軍もろとも全滅が待ち受ける。しかし、勝てば――いや、どこまで勝利と呼べるかはわからないが、少なくとも多くの命を守るための一歩にはなるはずだ。


 そのころ、パルメリアは深夜の執務室でひとり微笑んでいた。机上には外征計画の書類や、保安局からの報告書が山積みになっている。


「ふふっ……皆、戦いを怖がっているわね。でも大丈夫よ、私がいるのだから。あははっ……王政を倒した時、あれだけの困難を乗り越えたじゃない。今回だって、きっと乗り越えられるわ……!」


 誰に聞かせるでもなく、彼女は独り言を繰り返す。その瞳には確固たる確信が宿っているが、それはもはや理性的な分析を超えた「狂信」と言うべき代物だった。どれだけ外征が失敗しそうになろうと、国内で蜂起の兆しがあろうと、彼女の心は微塵(みじん)も揺れない。


「もし民が逆らおうとしているなら、容赦しないわ。ふふっ……彼らの痛みは『一時的な試練』。いつか私の正しさに気づいて感謝するでしょう。あははっ、そうよね。私こそが革命の体現者なのだから!」


 その笑いを夜空にこぼし、パルメリアは筆を走らせる。さらに重税と徴発を課す法令、保安局に粛清の権限を拡大する命令書……どれも通常なら絶対に通らないような法案が、彼女のサインだけで正式に決まっていく。


 こうして、彼女の狂気染みた方針は加速し、X日の夜がやって来ることを、まるで待ち受けるかのようにも見えた。


 そしてX日が一週間後に迫った。ユリウス、クラリス、レイナーは倉庫街にもう一度集まり、最終確認を行っていた。


 ここにいる反乱組織の中心メンバーは、みな暗い表情だが、いざとなれば命を賭してもいいという気概がにじんでいる。


「……いよいよ決行の日は近い。時間は夜半の零時前後。保安局が巡回を終え、軍も外征準備で首都から兵を割いている時が狙いだ。各地の蜂起も同じタイミングに合わせる」


 ユリウスが紙を広げて言う。クラリスは小さくうなずき、準備してきた医療や物資の集積場所を説明する。


「重傷者が出ても対処できる拠点が三カ所あります。そこへ運び込めば、応急処置ができますが、物資は限られています。無理は禁物です」


 周囲のメンバーたちが引き締まった顔で聞き入り、レイナーももう一度視線を全員に向けた。


「もし、ガブリエルがこちらに加わってくれれば首都突入は容易になる。加わらなくても中立を保ってくれれば、保安局と親衛隊だけを相手にすればいい。……ただし、彼が完全に敵に回れば、壮絶な闘いになるだろう」


 その言葉に、一同は重い沈黙に包まれる。大規模な流血は避けられないかもしれない。しかし、ここまで来たら後には引けない。


「……みなさん、本当に覚悟はできていますか?」


 クラリスが弱々しく問いかけるが、そこにいる十数名は迷うことなく肯定の姿勢を示す。老若男女、経歴も立場も様々だが、全員が「このまま独裁に屈するよりは戦って死ぬ方がマシ」と思っているのだ。


「じゃあ決まりだな。予定通り、一斉蜂起を決行する」


 ユリウスが簡潔に言い切ると、レイナーが懐から紙を取り出し、皆に示す。


「政府と軍、保安局の配置図、それに警戒ルートを書き込んだ。これが僕が提供できる最後の情報だ。……もう後戻りできないから、みんな、気を付けて」


 暗い決意が辺りに広がる。互いに視線を交わしながら、その瞬間を心に刻み込むかのように、深い呼吸をする者もいる。こうして『第二の革命』は、実行される段階まで到達した。


 最後にユリウスとクラリス、そしてレイナーが納屋の奥で再度話し合う。ほんの短いひとときだが、それぞれが抱える苦悩と期待が混じり合い、張り詰めた空気がさらに高まる。


「本当にここまで来てしまいましたね。王政を倒した時と比べると、こんなに胸が苦しいのはどうしてでしょうか……」


 クラリスがつぶやくと、ユリウスは唇を結んでうなずく。


「きっと、相手が『彼女』だからだよ。王政はただの『腐敗した体制』だったけど、パルメリアは一度は俺たちと同じ理想を見た仲間だ。……それを倒すなんて、辛くないはずがない」

「そうだね。僕も同感だよ。だけど、もう彼女は僕たちを受け入れない。……救えないほど狂信に染まってしまった。ここで止めなければ、国が滅びるだけさ」


 レイナーはその言葉を口にすると、深く息をつく。クラリスは気丈に笑おうとするが、笑みにならず、わずかに目が(うる)む。


「……やるしかありません。ここで踏みとどまれば、犠牲はさらに増えるでしょう。もう一度、私たちの手でこの国の未来を取り戻します」


 誰もが悲しみを噛み締めるが、それでも戦う道を選ぶ。あの王政を倒した情熱はもうないのかもしれない。しかし、その代わりにあるのは悲痛な決意の炎――前に進むしか道がないからこそ燃える、暗い炎だ。


 こうして、三人を中心とする反乱組織は、ついにX日の一斉蜂起を正式に決定し、各地に指令が一気に伝達されていく。圧政に苦しみ、外征に消耗した民はみな「この時を待っていた」とばかりに武器や物資を準備し、血の宿命に身を投じる覚悟を固める。


 あらゆる矛盾と怨嗟(えんさ)が臨界点に達し、「第二の革命」が開始されるのは、今や不可避だった。ここで踏みとどまらなければ、国自体が破綻するという絶望感が、人々を突き動かしている。


 一方、パルメリアは外征への兵力移動と粛清の拡大を目論み、あの不気味な笑いを漏らしながら「私こそが正しい」と己を鼓舞していた。王政を倒したはずの英雄が、「第二の革命」の標的になるという、痛ましい運命が迫っている。


 ――それは、静かに火を噴く運命の時。


 ユリウスもクラリスもレイナーも、そしてその他多くの民衆や兵士たちも、その日を境に大きな決断を迫られることになる。


 ガブリエルがどちらの道を選ぶのかは、未だにわからない。しかし、誰もが祈るような気持ちで、あの騎士が「パルメリアの狂気を止める側」に立つことを願わずにはいられない。


 こうして、圧政と外征による混乱が最高潮に達した国で、最後の希望をかけた「第二の革命」のともしびは大きく燃え上がろうとしている。


 ――決断の時は来た。あの頃とは違う悲壮感を抱え、それでも新たな革命の号砲が鳴り響こうとしているのである。

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