第10話 保守派の妨害工作②
夕刻、再び執務室の扉を叩く音が響き、オズワルドが姿を見せた。彼は地図を携えており、細かい印を入れた迂回ルートの案をパルメリアに示した。
「お嬢様、村から町へ繋がる本道は完全に抑えられている恐れがあります。こちらの林道を通れば多少は遠回りですが、検問所を回避できる可能性が高いかと」
パルメリアは地図をのぞき込み、赤い線で示された代替ルートをたどる。険しい山道や密林地帯を抜ける道で、行商人が安全に通れるかどうか疑問はあるが、何もしないよりは遥かにマシだ。
「なるほど……。確かに道幅は狭いけれど、町まで抜けられれば取引を続けられるわね。荷馬車が通れるように最低限整備する必要がありそうだけど、すぐ取りかかりましょう」
オズワルドはうなずいたものの、険しい表情を保ち続けている。
「ただ、ベルモント公爵派がさらに圧力を強める可能性があります。この道まで封じられない保証はありませんし、領地の税収を奪うために新たな妨害が考えられます」
「わかってる。でも、行商人との連絡網を確保すれば、検問がなくても交易できる方法はまだ探れるはず。父上に一言伝えて、いざというときは公爵家が直接保証するという話を商人に示しておいて」
パルメリアの言葉に、オズワルドは深く頭を下げ、「かしこまりました。すぐに手配いたします」と告げた。彼女はわずかに笑みを浮かべて返す。
「ありがとう、オズワルド。私たちが黙っていたら領地が潰されるだけ。何としても食い止めましょう」
こうして、パルメリアはオズワルドや信頼できる家臣とともに、ベルモント公爵派の妨害工作に対抗する策を次々と打ち出していった。まずは迂回ルートの確保、行商人への安全保証、そして領民への告知。さらに、謎の徴税請負人の動きについても内偵を進め、背後関係を洗う作業を進める。
もちろん、相手が王国屈指の権勢を誇るベルモント公爵である以上、その圧力は強大だ。しかし、パルメリアも負けるつもりはなかった。改革の動きを妨げられれば、苦労して築き始めた農業や教育の成果が一瞬で壊される恐れがある。
夜が更け、執務室には淡いランプの灯りが揺れていた。パルメリアは一人机に向かい、手元の書類を整理する。検問所の配置図や、徴税請負人が動いた地区の報告書――どれも相手が徹底して潰しにかかっている証拠で、目を通すだけでも苛立ちが募る。しかし、感情のままに怒るより、冷静に対策を講じる方が賢明だ。
(彼らがやる気なら、こちらも徹底的に抵抗するだけ。私がこの領地を守るために――)
彼女の瞳に宿る炎は消えない。破滅と呼ばれる未来から逃れるだけではなく、領民の生活を荒らす勢力と真正面から立ち向かう意志が、彼女の胸をさらに熱く燃え上がらせる。
やがて、パルメリアは立ち上がり、書類を脇にまとめて窓辺へと歩み寄った。月明かりが屋敷の中庭を淡く照らし、夜の静寂が深まっている。そんな闇に向かって、小さく言葉を落とす。
「ベルモント公爵……。好き勝手にはさせないわ」
翌朝早く、パルメリアは家令とともに一連の指示を固め、商人へ送る連絡状や迂回ルートの地図を急ぎ準備させた。徴税請負人たちの動きについても、目撃情報を集めるために数名の信頼できる家臣を送り込むことにする。少しでも怪しい流れを見つければ、即座に公爵や上層部へ報告し、何とか介入を試みる作戦だ。
この先、保守派の貴族たちがさらに強硬策をとる可能性は高い。だが、パルメリアには失うわけにいかないものがある。農業改革も学舎の教育も、ようやく成果が見え始めたばかりなのだ。もしここで潰されれば、以前に逆戻りするどころか、より悲惨な状況を招くだろう。
(相手が大きいほど、私も大きく動くしかない。正面衝突は避けたいけれど、正当なやり方で領地を守り抜く方法はきっとあるはず)
彼女はそう胸の内でつぶやきながら、準備を整えた書類を抱えて執務室を出る。廊下の窓から差し込む朝の光が、彼女の揺るぎない意志を照らし出しているかのようだった。
こうして、パルメリアは保守派の妨害工作に対抗するための行動を開始する。相手はベルモント公爵という巨大な勢力――だが、改革を進め、人々の暮らしを変えるために、彼女は一歩も引く気はなかった。
その日の午後、館の一室では、オズワルドが複数の家臣とともに迂回ルートの地図を広げて検討を進めていた。馬車が通れるだけの道幅を確保するには、どこをどう整備すればいいのか、検問をどのように回避するか、細かい議論が飛び交う。
パルメリアはそこに加わり、意見を出し合う家臣の意見に耳を傾けながら、的確に指示を下していく。「ここは川沿いで道が狭いから、最低限の橋をかけられないか」「馬が踏み外さぬよう、土を固めるだけでも可能だろう」など、次々に案が出る。
さらに、同室では徴税請負人たちの動きについての報告書を複数の家臣が読み上げる。「この地域では、正規の税金とは別に金銭を取り立てられたという話が十数件」「自称『王室からの代理』と言っていたが、どうも文書が偽物らしい」――そんな情報を整理しながら、パルメリアは怒りを抑えて唇を噛む。
「嘘の文書で私たちの領地を荒らしているのね。これはもう看過できないわ」
「お嬢様、どうされますか?」
「まずは証拠集めを。偽の文書や被害を受けた村の証言をまとめて、中央の役所へ報告しましょう。もちろん、すぐに動いてくれる保証はないけれど、黙っているよりは遥かにマシよ」
家臣たちはその提案にうなずき、手分けして証言を集めることを確認した。パルメリアが厳しい表情で続ける。
「私たちが騒ぎを大きくすれば、ベルモント派はますます強引な手に出るかもしれない。でも、今は領地を守るために動かなければならないわ。行動あるのみです」
こうした内々の対抗策を進める中、パルメリアは改めて感じていた。相手が持つ権力は、ここまで露骨な妨害を実行できるほど強大なのだ。対する彼女たちは、領民を守るための正当な策を講じているが、どこまで通用するかは未知数。
しかし、領内が活気を取り戻し始めた今だからこそ、ここで引くわけにはいかない。
夜になり、執務室に戻ったパルメリアは、薄暗いランプの光のもと書類を再度確認する。ベッドに倒れ込みたくなる疲労感をこらえて、ベルモント公爵派への対抗策を自分の中で整理し続けた。
(これから先、さらに激しい妨害が待っているかもしれない。それでも、負けるつもりはない。私がこの領地を救わなければ、誰も変えてくれないのだから)
その決意は、彼女を夜更けまで机に向かわせる。検問を避けるルートや偽の徴税人を暴くための証拠集め、商人たちとの連携……すべてにおいて準備が必要だ。
彼女の瞳には、わずかな休息を求める疲労の色が浮かんでいるが、内なる情熱がそれを上回り、ペンを走らせる。外では月が昇り、屋敷は眠りに落ちている時間帯。だが、パルメリアの心は燃え続けていた。
(ベルモント公爵。私はあなたの思い通りにはならない。あなたの横暴を許してしまえば、領地が崩壊するだけじゃないわ。すべてが元の暗闇に引きずり込まれてしまう)
深夜の執務室――パルメリアは思わず唇をきゅっと結び、静かに声を落とす。
「徹底的に立ち向かってみせる。私がこの領地を守るために――」
ランプの灯が揺れ、その小さな炎が彼女の瞳に宿る決意を映す。これが、パルメリアの対抗の始まりの合図だった。ベッドに倒れ込むまでまだ少し時間がある。夜明けまでには、もう一度対抗策を詰めておきたいのだ。
パルメリア・コレットとベルモント公爵――両者の思惑がついに交錯し始めた。農業改革や教育普及を進めている彼女にとって、ここからが正念場。領民を守るか、それとも圧倒的な権力に屈するか――パルメリアは前者を選び、激流に逆らってでも行動を続けると固く誓うのだった。




