第85話 第二の革命②
ユリウスやクラリス、レイナーらが水面下で連携を強める一方、抵抗組織の間では「ガブリエルの動向」が大きな話題になっていた。もし彼が司令官として軍の一部をこちら側に引き込んでくれれば、独裁政権への打撃は決定的なものになるだろう。
中には「ガブリエル様を信じている。王政を倒したときの騎士道精神を、今こそ思い出してくれるはずだ」という声すらあがっている。しかし、彼が実際にどのような考えを持っているかは、依然として闇の中だ。
「もし司令官が裏切らなかったら、俺たちはどうにもならんぞ。せめて中立でいてくれれば……」
「ガブリエルはパルメリアに深く忠誠を誓っている。けど、ここ最近は迷っているという噂もある。そこを突くしかないんじゃないか」
こうしたささやきが抵抗組織内で交わされるたび、ユリウスやクラリスは複雑な思いを抱く。彼らもガブリエルの苦悩を知っており、裏切りを強いるような形になるのは心苦しい。それでも、独裁を倒すためには何としても軍の協力が必要なのだ。
「……彼だって、今のやり方に納得はしていないはずです。民を大量に殺し、略奪するような戦争を望むわけがないもの……」
クラリスがそうつぶやくと、ユリウスはかすかに首を振る。
「かといって、下手に接触して保安局に感づかれれば、彼もろとも『反乱罪』で粛清される。慎重にやらないと……」
彼らは行動を急ぎたいが、無謀な行動は取り返しのつかない事態を招くことをわかっている。そうこうするうちにも、外征は進行し、国内の苦境はさらに増していく。時間との闘いでもあるわけだ。
ユリウスがふと、かつての記憶を思い返す。王政を倒そうと躍起になっていたあの日々、ガブリエルは騎士道を掲げ、パルメリアのために命を懸ける存在だった。彼がいたからこそ、あの革命は成功したと言っても過言ではない。
だが今、パルメリアは民を圧政で縛り、さらなる外征へ突き進む。その道を先頭で支えているのがガブリエルだという現実を思うと、ユリウスは胸を切り裂かれるような痛みを感じる。
「騎士としての誇りと、主君への忠誠。彼はずっとそれを守ろうとしてきた。今の彼はその誓いに縛られている……いや、それこそが苦悩の原因なのかもしれない」
クラリスも険しい表情でうなずく。
「でも、私たちは彼に『裏切り』強いることになります。パルメリアを裏切るという行為が、彼にとってどれほど重いか……。考えると胸が痛いです」
「それでも、彼しか頼れない。……やらなきゃいけない。やらなければ、この国は止まらないんだから」
ユリウスは苦しい思いを噛み締めながら、それでも決意を固める。ガブリエルに接触するかどうかはまだ定まっていないが、いずれは避けて通れない道だろう。パルメリアを止めるには、軍の力が不可欠だからだ。
一方、保安局の取り締まりが日増しに苛烈さを増し、街や村にはさらなる恐怖が浸透していた。夜間の外出禁止令が厳しく守られ、裏道には見張りが立ち、秘密集会への参加者を見つけしだい連行している。
民衆はひそかに決起を志しながらも、その日常は鋭利な刃物の上を歩くような危うさをはらんでいた。ビラを貼る者たちも、次々に保安局の手に落ち、ある者は処刑され、ある者は拷問の末に仲間の情報を漏らすこともある。
それでも、この炎は簡単に消えない。むしろ犠牲者が出るたび、「もう一刻も早く立ち上がらねば」という意識が強まっていくのだ。
「旦那が捕まった……ビラを貼っただけであんな目に遭うなんて、絶対に許せない。私も戦うわ……」
「俺の村が荒らされて、もう何も残ってない。ここで立たなきゃ死ぬだけだ。誰かがこの地獄を終わらせてくれない限り、未来なんてない」
こうした個々の叫びが点を結び、線になり、面になって広がるのは時間の問題だった。それが「第二の革命」という大きな波となりつつある――ユリウスやクラリスが感じ取っている通りだ。
ユリウスのもとに届く報告によれば、地方の農村や山岳地帯にも反政府ゲリラのような動きが生まれ始めている。都市部では労働者や商人が地味に結束しはじめ、武器の密売も行われているらしい。
保安局が全力で鎮圧しようとするたび、その対応にあちこち手が回らず、さらなる隙を生むという皮肉な構図だ。今や全土が静かな炎に包まれ、それが一気に引火しないように保安局が必死で水を注いでいるが、いずれ追いつかなくなるだろう。
「もう時間がありません……このままだと、各地が同時に爆発してしまいます」
ある夜、倉庫街の集会で、クラリスが息をついて言うと、ユリウスはうなずきながら地図を指し示す。
「農村部での抵抗が増えれば、都市の民衆も勢いづくだろう。王政を倒した時のように『一斉に蜂起』という形になれば、さしものパルメリアも対応しきれないはずだ。ただ、あいつは前よりずっと強大な権力を握ってる。粛清も軍も、王政を上回る規模だ」
「だからこそ、私たちが一致団結しなければいけませんね。あの人を止めるには、それなりの準備と覚悟が必要です」
クラリスは固い決意で言い切る。ユリウスもうなずき返す。レイナーは黙ったまま、苦悩を表情ににじませていたが、すぐに意を決したように口を開く。
「覚悟はできてる。どのみち、外征も国内の粛清も限界だ。このままいけば、国が自滅するだけ。今度の革命が成功すれば、まだ望みがあるかもしれない。……皮肉だな。結局また『革命』をやるんだ。僕たちは一度、『革命』の成れの果てを見てしまったのに」
その言葉は空々しいものだったが、ユリウスもまた、同じように苦渋を噛んでいる。かつて賭けた革命が崩壊し、今また同じ言葉を口にせざるを得ない現実。しかし、その先にしか希望が見えないのが痛いほど分かっていた。
仲間たちの間で「第二の革命」を起こす準備が具体化する中、最大の鍵は軍の司令官を務めるガブリエルにあると誰もが認識していた。彼を取り込めるなら、国防軍の一部を掌握し、独裁体制の根幹を揺るがすことができる。
しかし、保安局の厳重な監視下にあるガブリエルへ無謀に接触すれば、反対に計画全体が崩壊しかねない。レイナーやユリウス、クラリスは何度も議論を重ね、その末に「間接的なメッセージを送る」ことを試みることにした。
レイナーは政府内部にいることを活かし、慎重に手を回す。
「ガブリエルに手紙を直接渡すのは危険すぎる。誰かを経由して『こちらの意図を匂わせる暗号』程度がいいだろうね。あとは彼の判断に委ねるしかない」
「もし保安局に傍受されたらアウトです。それでも送るのですか?」
「やらなきゃ進まないよ、クラリス。彼がどう動くかは分からないけど、何もしないよりはマシだ。……僕にできるのはそれだけだ」
レイナーの言葉に、クラリスもうなずき、そしてユリウスも苦悩の表情を見せる。
「彼が『協力する』というなら、俺たちも計画を進めやすい。だが、もし『従うしかない』と言われれば、それはそれで現実を受け止めるしかない……」
そして彼らは、ガブリエルに宛てた暗号めいたメッセージを作り、どうにか届くように手配した。これが奏功するかは分からないが、他に選択肢はなかった。
こうして、ユリウス、クラリス、レイナーの三人はついに「パルメリアを倒す」方針を正式に固める。言葉にすると短いが、その重みは計り知れない。かつては王政を倒すために一丸となった仲間たちが、今は「パルメリア」という存在を打倒すべき相手と見なさねばならないのだ。
彼女へのかつての敬愛や友情、そして今の独裁による悲劇――あまりに多くの要素が絡み合い、三人の胸には複雑な感情がせめぎ合っていた。
「……正直言って、まだ信じられないよ。あのパルメリアを『殺す』ことになるかもしれないなんて…」
レイナーがつぶやくと、ユリウスは険しい目をして短く答える。
「殺す――そう言い切るのは早い。だが、彼女が下がらない限り、そうなるかもしれないのは確かだ。残酷だが、それが現実だろう」
クラリスは唇を噛みしめる。その痛みが彼女の決意をさらに固めているようだった。
「パルメリアをどう扱うか、それは最後に決まることです……。私たちが『第二の革命』で何をするかは、いずれ明らかになりますが、まずは同士を増やすことが先決です」
そう言って三人は視線を交わし、うなずく。その場の空気は重いが、たしかな連帯感がそこにあった。かつて王政を倒した時と同じように、一度火がつけば後戻りはできない。
そして彼らはそれぞれ役割を分担し、地下組織や民衆の蜂起準備をさらに進めていくことを確認する。




