第84話 再燃する炎③
ある晩、首都の近郊にある農村で、小さな暴動が突発した。保安局の徴発隊がやってきて、家畜をすべて差し押さえようとした時、住民数名が耐えかねて鉄器や農具を振りかざしたのだ。
「もうやめろ! 俺たちに一体何を残してくれるんだ!」
怒声が響き、火の手があがる。保安局はいつものように銃で脅し、取り押さえようとするが、そこに周辺の農民たちも加わり、衝突は一気に激化した。
結果として保安局はわずかな数だったため、住民たちによって逆に追い払われる形となる。これを受けて、官報は「ならず者の暴動」として報道し、すぐに追加の部隊を派遣すると宣言した。
ところが、この農村への追撃部隊が到着した時、住民は既に姿を消していた。彼らは森へ逃げ込み、そこで地下組織と接触し、武器や物資を融通してもらいながら、さらなる抵抗を呼びかけるようになっていた。
「ただの農民暴動じゃない。『第二の革命』の火種が確実に広がっている」
そんな報告が、レイナーの耳にも届く。彼は青ざめた表情で地図を眺める。都市部だけでなく、地方も含めて細かい暴動や衝突が増え始め、保安局の手が行き届かなくなってきているのだ。
保安局はこの動きを鎮圧すべく大規模な検挙を開始。夜間の外出禁止令をさらに厳しくし、ビラを貼っている者を見つければ即座に逮捕する。しかし、それでも民衆の怒りは鎮まらない。むしろ、地下組織が首都にも浸透し、次第に「決起」の計画が形を取り始めていた。
ある小さな酒場に集まった数名の都市労働者は、互いの顔を確かめ合いながら言葉を交わす。
「もし彼が加わってくれるなら、大勢が一気に立ち上がるはずだ……ユリウスさんとか、あるいは軍の中にいる不満分子とか」
「今のままじゃ本当に死ぬしかない。何かやり方があるはずだ。王政を倒した時みたいに、一斉に蜂起すればパルメリアも抑えきれない!」
さらに噂では、軍内部にもパルメリアの方針に嫌気をさした兵士が増えているという。ガブリエルがどう出るのかは未知数だが、もし彼が反旗を翻せば状況は一気に加速するだろう――そんな期待が、民衆の間に静かに広がり始めていた。
一方、パルメリアは日に日に増える暴動と地下組織の動きを報告で知っていた。彼女のもとへ集まる保安局長や将軍たちは、焦燥感を隠さず「今こそ大規模な粛清を行うべき」と訴える。
大統領府の応接室で、保安局長が神妙な面持ちで告げる。
「民衆の一部が『第二の革命』を叫んでおります。彼らはかつての革命と同じ方法をとっており、ビラや秘密集会を使って勢力を広げています。今ならまだ鎮圧可能ですが、放置すれば手が付けられなくなる恐れが……」
パルメリアはその言葉を聞き、あははっ、と軽い笑いをもらす。
「なるほど、また『革命』をやりたい連中がいるのね。ふふっ……滑稽だわ。本当に私を倒せると思っているの?」
「しかし、実際に各地で暴動が増えており、前線にも影響が……」
「かまわないわ。保安局の力を総動員して掃討するの。必要なら軍も使えばいい。ふふっ、王政を倒した私に勝てると思うなんて……まるで古いおとぎ話でも信じているのかしら?」
彼女の瞳は冷たく、笑い声には狂気が混じっている。かつては王政を打倒するために民衆を鼓舞し、血を流すのもいとわなかったはずなのに、今やその民衆に敵意をむけ、すべてを鎮圧しようとしている姿はあまりに皮肉だった。
さらに彼女は、同じ場にいた将軍に向かって言い放つ。
「外征も続行よ。こんな内情にかまけて足を止めるつもりはないわ。ふふっ……もし民が暴れるなら、一掃すればいい。どっちみち、勝ち続けるしか道はないのだから」
将軍たちや保安局長は反論できない。すでにパルメリアは国内外に同時に戦争を仕掛けているような状態で、さらに「第二の革命」の火が燃え上がれば、国は内と外から追い詰められて崩壊しかねない。それでも彼女は戦線を拡大しようと動じない。むしろ背中を押されるように突き進んでいるのだ。
「そう……民の火が再燃するなら、それも構わないわ。私が王政を倒した時と同じ熱気? あははっ、面白いじゃない。どっちが真の『革命』なのか、思い知らせてあげるわ……!」
そう言い放つパルメリアの口元には、かすかな笑みが浮かぶ。そこにはもう、王政を打倒し、民衆を救おうと熱く誓った少女の面影はない。代わりに、狂おしいほどの自信と自分以外の意志を拒絶する硬い殻だけが残っていた。
こうして、外征による戦線拡大と、国内で再燃する第二の革命の火種が同時に進行する形となった。
パルメリアは、民衆の怒りを「ただの愚かな抵抗」と見なし、保安局や軍を総動員して弾圧する方針を固める。一方で、民衆の間には「こんな恐怖の支配から逃れるには、もはや立ち上がるしかない」と切羽詰まった思いが急速に広まっている。
かつての仲間・ユリウスは迷い、レイナーは絶望し、ガブリエルは忠誠の鎖に縛られながらも苦悩する。そして、何よりも民衆がすでに黙ってはいられない段階に達しているのだ。
「あの日、王政を倒した熱狂が、今度はパルメリアを焼き尽くすのかもしれない」
誰かがそうつぶやいたとき、まるで呼応するように街中の闇に一筋の炎が揺れた。それは遠方の農村か、あるいは工場地帯か。場所は定かでないが、確かに火の手があがっている。それを見た市民たちは、静かに息を詰めながら顔を見合わせた。
「……始まるのか。もう後戻りできない」
かつての革命がもたらした「自由」は、すでに失われ、今や「第二の革命」を叫ばざるを得ないところまで民衆は追いつめられていたのだ。
夜空を焦がす炎に照らされるように、ビラを握りしめた若者や、農民たち、都市の労働者が立ち上がり始める。王政を倒した時よりも凄まじい破壊力をはらみ、国中の至るところに散らばる怒りと飢え、絶望が一体となっていく。そこには、かつての「希望」や「理想」の色はないかもしれない。ただ「生き延びるため」に抗うという純粋なエネルギーが宿っているのだ。
パルメリアはなおも外征を続けると宣言し、保安局は国内の掃討を強化しようと動く。その一方で、若き民衆は「今度こそ本当の自由を――独裁を倒す」と結束し始める。
絶望が希望を塗り潰すのか、それともこの「第二の革命」が逆に恐怖の体制を炎で焼き尽くすのか――運命は大きくうねり出していた。
――そうして、再燃する炎は暗い夜の底で密やかに燃え上がり、大いなる衝突を予感させる熱とともに、共和国の歴史を次章へと押し進めていく。
王政を倒した時と似たような熱狂が、今度はパルメリアを打倒すべき相手として見る皮肉――その炎は、もはや誰にも簡単には消せないほどの勢いを増していたのである。




