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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第4章:破滅への道

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第82話 忠誠と苦悩②

 翌朝、前線視察に訪れたパルメリアがガブリエルの陣へ現れた。彼女の馬車は絢爛(けんらん)で、周囲を固める保安局員と衛兵が威圧的な雰囲気を漂わせている。


 兵たちは一斉に整列し、敬礼する。パルメリアはその姿を見渡しながら、わずかに口元に笑みを浮かべた。


「……ご苦労ね、ガブリエル。前線をよく支えてくれているわ。ふふっ……私の予想通り、あなたの実力はやはり頼りになる」


 その声にはいつもと変わらない決然たる響きがあったが、同時にどこか狂気をまとった「(たか)ぶり」も感じられる。どこか笑いが混ざり込むその態度は、既に常軌を逸した信念に突き動かされている証左でもあった。


 ガブリエルは膝をつき、頭を下げる。かつては誇りをもってこの仕草を捧げていたが、今は身体が重く、心がきしむばかりだ。


「パルメリア様、補給や兵の疲労が限界に近づいています。これ以上の侵攻を続ければ、兵が動けなくなる恐れがあります。ある程度陣を整え、状況を……」


 だが、彼の進言にパルメリアは口角をつり上げるようにしながら、即座に遮る。


「迷う時間はないわ、ガブリエル。私たちが止まったら、その隙に敵は攻め込んでくる。……ふふっ、戦いは『先に動いた者』が優位を握るのよ。今さら立ち止まれば、逆に周辺諸国の連合がこちらを飲み込むでしょう?」


 確かに、周辺諸国の連合が急速に結束を強めているという報告がガブリエルの手元にもある。だが、だからといって兵をさらに酷使し、補給もままならぬまま前進させれば、味方は疲弊し尽くしてしまうだろう。実際、前線では略奪や制圧が常態化し、士気を保つのも一苦労になっている。


 彼は重ねて提案する。


「それなら、せめて補給線の整備を――一度兵を休ませれば、士気も……」

「黙りなさい」


 パルメリアの声が低く響き、ガブリエルの背筋を凍りつかせる。その瞳は、もはやかつての優しさを失い、独裁者の確信に満ちている。


「あなたは司令官。私の命令に従って戦線を拡大するのが役目でしょう? 弱気を見せれば、その瞬間に敵が襲いかかるのよ。……ふふっ、私の言うとおりに動けば間違いないわ。必ず勝利をつかみ取り、全てを変えてみせるから」


 「ふふっ」という笑いに、ガブリエルは押し潰されそうになる。忠誠心を持って仕えてきたパルメリアが、こんな形で「民の幸福」を置き去りにし、ただ「勝利」だけを追い求めている現実――それが痛いほど突き刺さる。


 同時に、彼女がこれほどまでに「孤独」を背負って狂信の域に達しているのだという事実も、胸を締めつける。だが、声を上げれば裏切り扱い。何を言っても彼女は聞く耳を持たないだろう。


「……かしこまりました。司令官として、部隊をさらに進軍させます」


 そう答える以外に、今のガブリエルには選択肢がない。保安局の視線があちこちにある以上、この場で逆らえば、その日で彼は粛清されかねない。いや、下手をすれば部下や家族にまで危険が及ぶ。


 パルメリアは満足そうにうなずき、「大丈夫、あなたなら必ずやり遂げられる」と微笑む。そして、周囲の兵たちに向けて声を張り上げた。


「この戦いは、革命の大義を世界に広めるためのものよ。大切なのは――ふふっ……私たちの正義を押し通すこと。(ひる)んでは駄目。死に物狂いで進めば勝利は揺るがない」


 その言葉に、兵たちは機械的に歓声を上げる。だが、その裏側には見えない恐怖が渦巻いている。逆らえば処刑が待つからだ。


 ガブリエルは、その光景を歯がゆい思いで見つめる。自分が司令官として兵をまとめる以上、彼らを守りたい気持ちもあるが、パルメリアの方針に背くことは許されない。民や他国の住民を傷つける命令を出すたびに、騎士としての誇りが削られていくことを彼は痛感しているのだ。


 パルメリアが視察を終えて去った後、ガブリエルと彼の部隊は実際に北東の砦を落とすための準備に取りかかった。塹壕(ざんごう)を掘り、弓や火薬などの兵器を整備し、野営地の守りを固めながら、次の制圧作戦の時を待つ。


 この塹壕戦は想像以上に過酷で、泥と血と糞尿が入り混じる環境で兵たちはろくに眠ることもできない。腹を満たす物資も少なく、敵地は激しい抵抗を示すため、死傷者が相次ぐ。


「司令官、負傷兵が増えてきて医療品が足りません。後方からの補給要請は……」

「……まだ許可が下りない。国内も物資不足だ。保安局が『作戦を優先しろ』と通達を出している以上、今はどうしようもない」


 副官とのやりとりも、もはや機械的だ。ガブリエルはここで責任を持って兵を救いたいが、上からの命令が降りない限り補給は来ない。これが「独裁」の悲惨な現実だった。


 ある夜、ガブリエルの幕営に一人の部下――若い士官が涙を浮かべてやって来た。士官の手には血に染まった戦友のヘルメットが握られている。


「司令官……どうして、どうしてこんな地獄を私たちは進まなければならないんです? 今夜も仲間が三人、亡くなりました。前線には補給が届かないのに、侵攻を続けろなんて……無茶です!」


 その声は絶望に満ち、怒りや悲しみが混ざり合ったものだった。かつて革命を信じた兵が、いまは他国の地で孤独に(たお)れ、報われることなく埋葬もままならない。


「……私だって、こんな戦いを続けたくはない。しかし、それが大統領の方針だ。私たちが逆らえば、今度は国内の保安局が血を流すだけになるかもしれない」


 ガブリエルの声も震えていた。それでも、部下の嘆きに真正面から答えることはできない。自分が抱える苦悩を吐露すれば、部下まで粛清されかねないとわかっているからだ。


「司令官……どうか。どうか、もう少し兵を休ませてください」

「わかっている。しかし、命令は絶対だ。……すまない」


 そう言うしかない。部下はさらに言葉を探そうとしたが、幕営の外で保安局員の足音が聞こえた瞬間、声を詰まらせて敬礼し、退室していった。


 その背中を見送りながら、ガブリエルは幾度も「すまない」と心中で繰り返す。だが、彼自身に何かを変える力があるわけではなかった。


 北東の(とりで)を攻略するためには、(とりで)周辺の村落を制圧し、敵補給を断つ必要がある。ガブリエルには、さらなる悲痛な命令が下る。すなわち「敵国民の協力を許さず、拠点を押さえるためなら住民を粛清しても構わない」というものだった。


 これを受けたガブリエルは、かつての王政が行った「焦土作戦」を彷彿(ほうふつ)とさせる方針に唇を震わせるが、すぐにかき消す。反論すれば保安局に(とが)められ、自分どころか部隊全体が危険に晒される。それがこの体制の恐ろしさだった。


(これが本当に、私が捧げた騎士道の最期なのか……。パルメリア様、あなたは気づいていないのか? このままでは、何を守ろうとしていたかさえ失われてしまう)


 そう思いながらも、彼は黙して令状を受け取る。その場で部下に指示を出し、作戦立案を急がせる。


 戦いに出る前、ガブリエルはかつて誓った騎士の誇りを思い返そうとする。しかし、その誇りはもはや形骸化し、傷だらけの剣とともに血と泥にまみれている。


 出撃に備え、ガブリエルは馬にまたがり、村落制圧へ向けて隊列を整える。夕闇の迫る空に、うっすらと赤い残照が溶けていた。それを見上げた瞬間、ふと昔日の記憶が(よみがえ)る。


 まだパルメリアが公爵令嬢だった頃、彼は護衛騎士として彼女を守る日々を過ごしていた。彼女は溌剌(はつらつ)とした笑みを浮かべ、「民を想う気持ち」を自ら語っていたのだ。


「ガブリエル、私がいつか本当にこの国を変える時が来たら、あなたも協力してほしい。あなたは私の最も信頼できる騎士なのだから」


 そのときの笑顔は、決して狂気でも恐怖でもなく、純粋に「国を良くしたい」という情熱に満ちていた。


 だが、いまのパルメリアは「他国を蹂躙(じゅうりん)し、民の苦痛を放置する独裁者」へと変貌している。ガブリエルは、かつての笑顔と現在の姿を比べ、胸にどうしようもない悲嘆を抱える。


(あの頃の彼女を取り戻す術はもうないのか。私には何もできないのか……)


 それでも、誓いを破るわけにはいかない。騎士としての忠誠か、民を守る使命か――すでに二者択一の状況は過ぎ去り、両方を失いつつある現実がそこにはあった。

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