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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第4章:破滅への道

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第79話 短期的な戦果①

 夜明けが近づく頃、まだ薄暗い首都の街角に、一頭の馬が(ひづめ)を鳴らして駆け込んできた。その騎士は国防軍の従卒と思しき若い男で、袖口や甲冑には道中の泥や埃がこびりつき、その顔には興奮と焦燥が入り混じった表情が浮かんでいる。彼は大統領府にたどり着くや否や、息も切れ切れに階段を駆け上がり、出迎えた官吏たちに「戦果」の報せを告げた。


「……わ、我が軍は隣国の(とりで)を陥落させ、周囲の町を制圧したそうです。敵軍は散り散りになり、ほぼ壊滅状態……。わずか数日でここまで進んだと……!」


 この速報が大統領府の廊下で響くと、徹夜の面持ちで詰めていた官吏や保安局員たちは、一斉に顔を上げてざわめいた。首都の空気が一瞬にして高揚感に包まれ、何人かは互いに視線を交わして喜びの声を漏らし始める。


 そして、すぐに大統領府内の各所を通じて、同様の情報が伝達され、大統領府前の広場でも耳ざとい人々が「(とりで)陥落」「勝利だ」などとささやき合う。それは一時の興奮となって波紋のように広がり、保安局の無骨な兵士たちでさえ、「やはり我々は無敵だ」と得意気に笑みを浮かべるほどだった。


 なぜなら、パルメリアが決定的に下した「他国への侵攻」が、早くも形となって成果を上げたかのように見えるからだ。


 長く続いた革命後の混乱、粛清と秘密警察の恐怖、そして周辺諸国からの圧力――そのすべてを覆すような華々しい勝利の報せは、半ば鬱屈した思いを抱えていた官吏や兵士にとって、胸のすくような朗報だった。彼らは自分たちの立場を正当化し、この戦いに更なる使命感を見いだそうとする。


「何度も粛清を行い、国内を不安定にするばかりかと思っていましたが、やはり大統領閣下の決断は正しかったのでは……!」

「そうとも。王政時代とは違うんだ。我々は革命の旗の下に戦っている。それゆえ、この速度で(とりで)を落としたのだろう……」


 誰もが、まるでこの「短期的な戦果」がすべてを救うかのように口を揃え始める。決して明るい表情ではなく、むしろ半ば熱に浮かされたような顔つきで語り合うのが印象的だった。どこか「この勝利が本当に正しいのだろうか」という疑念を抱きながらも、声を上げれば保安局から粛清されかねない現実に(おび)えながら、自分たちを納得させようとしている姿がうかがえる。


 早朝、大統領府の執務室には、幾人かの重臣(じゅうしん)と保安局幹部が集まり、その一角にパルメリアが厳然と腰掛けていた。夜通しの疲れを感じさせる姿だったが、その瞳は狂信と高揚でぎらついている。


 そこへ先ほどの若い従卒が通され、呼吸を整えながら重々しく戦果を報告した。


「……我が軍は敵の(とりで)を攻略し、抵抗勢力の大半を撃退。住民の中には我々の『解放』を歓迎する声もあったと聞いております……」


 もちろん、それが真実かどうかは定かではない。現地では保安局や国防軍が強圧的に住民を従わせている可能性が高い。しかし、そんな裏事情をここで語れる空気はない。


 パルメリアは報告書を受け取り、ふと薄く笑みを浮かべた。その頬には薄い影が落ち、少しばかり疲労の色が見えるが、口元には独特の凄みが宿っている。


「ふふっ……やはり、私の決断は間違っていなかった。敵が何を言おうと、王政よりも酷い圧政だと私たちを批判しようと、結果が示しているわ。――私たちの正義を世界に示すときが来たのよ」


 その言葉を聞き、保安局幹部や一部の官吏は「そのとおりです、大統領閣下」などと声をそろえて賛辞を送り始める。わかりやすいほどの追従だが、いまの独裁体制下では、これこそが生き残るための処世術だった。


 一方、部屋の隅に控えるガブリエルは、よく見るとかすかに眉根を寄せている。その胸中には、血のにおい漂う戦場の実態がありありと想像できてしまうからだ。国防軍司令官である彼には、(とりで)攻略の背後でどれだけの略奪や惨劇があったかが何となく察せられる。


 隣に立つレイナーも似たような表情だ。外務担当として周辺諸国とのやり取りの現実を知り、連合が結成されつつある情報も把握している。早々の勝利に浮かれている場合でないのは明白なのだが、ここで声を上げれば、パルメリアから「裏切り者」とみなされるかもしれないという恐怖が口を閉ざさせる。


「……大統領閣下。このまま一気に敵の主要都市を落とせば、彼らの抵抗は崩れ去るでしょう。さらに占領地域を拡大すれば、資源と人材を獲得できます」


 強硬派の将軍の言葉に合わせるように、保安局長官が「まことにそのとおり」とうなずく。パルメリアは書類に目をやりながら、満足げに微笑む。


「ふふっ、そうね。せっかく(とりで)を取ったのだから、この機を逃す理由はないわ。敵が(ひる)んでいるうちに畳みかけて、私たちの『革命』を広げましょう」


 またもや彼女の唇から漏れる「ふふっ」という笑い。かつての穏やかな笑みとはまるで違う。狂気と陶酔が混ざったその声音が、全員の心をぞくりとさせる。


 ガブリエルは唇をぎゅっと結び、無言のまま目をそらした。レイナーも目を伏せ、拳を震わせる。ここで何を言っても、彼女の耳には届かない――そして、言えば自分たちが粛清されるかもしれない。それが革命の英雄と呼ばれた二人がいま置かれた現実だった。


 「隣国砦陥落」「我が軍の快進撃」という報道が、翌日には新聞や掲示板、街角の演説で大々的に扱われるようになった。元来なら活気あふれるはずの広場も、保安局による監視と情報操作で、まるで「演出された祝祭」の空気に包まれる。


 アナウンスが流れ、集まった民衆に「偉大なる革命の力」「国外へも正義を届ける勇気」といったスローガンが繰り返される。周囲には保安局の兵士が目を光らせ、拍手しない者や顔色を曇らせる者がいれば、その場で連行される危険さえある。


「みなさん、聞いてください! 我らが国防軍はたった数日のうちに、敵の要衝(ようしょう)を押さえました。王政崩壊以来、これほど誇らしい出来事があったでしょうか? さあ、勝利を祝福するのです!」


 若い官吏が高らかに宣伝するが、民衆は(おび)えたような笑みを浮かべて形だけの拍手を送り、目立たないように振る舞う。まばらな歓声こそ聞こえるものの、その多くは保安局員や強硬派の演技であり、庶民は冷ややかに様子を見守るしかない。


「やっぱり、粛清が怖いから従ってるだけじゃないか……。これが本当に勝利だって言えるのか?」


 宿の裏口あたりでささやき合う二人組も、すぐにその会話を打ち切る。下手をすれば自分たちが告発される。それこそが、この国の現実であり、かつての王政と変わらない、いやそれ以上に恐ろしい監視社会だった。

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