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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第3章:崩れゆく革命の理想

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第76話 誓いの代償③

 深夜、兵たちを解散させたあと、ガブリエルは自室で独り静かに座っていた。机の上には「剣」が置かれている。王政打倒の折に、彼が誇りをかけて振るった名剣だ。


 (つか)には、かすかな傷や擦れがあり、それが戦いの歴史を物語る。だが今、その剣は粛清の手段として何度も赤く汚されてきた。


(パルメリア様を裏切らないと誓った。だからこそ、この手で血を流し続けている。この剣に、もう「誇り」などという言葉は通用しないのか)


 記憶の底で蘇るのは、革命の最中、パルメリアと共に最前線で戦った頃の光景。王政の圧政に苦しむ民を救おうと、彼女の言葉に励まされ、憧れさえ感じながら剣を振るった。


 彼女は確かに正義を望んでいたはず。なのに、今の彼女は、あらゆる「敵」を容赦なく粛清する道を選んでいる。それが国を守るためだと信じて疑わないからこそ、止まるわけにはいかない――。


「これが……私たちの望んだ国の姿なのか」


 自嘲を含んだ声が部屋に溶け、誰にも届かない。


 もし、彼がここで「誓いを破る」と決めてしまえば、この国防軍自体が大統領府や保安局から真っ先に粛清の標的にされるだろう。その結果、内乱がさらなる流血を生む可能性もある。


 黙って任務をこなせば、代わりに民が血を流す。どちらを選んでも傷が残り、希望は遠のくばかり――それが「誓いの代償」だとすれば、あまりにも残酷だ。


 そんな折、古い友人からの手紙がガブリエルのもとに届いた。かつて同じ騎士団で訓練を受けた仲間だが、王政崩壊後、すぐに国外へ出て行ったらしく音信不通になっていたという。


「ガブリエル、おまえが苦しんでいるのを聞いた。

 俺たちは王政の腐敗を許せず、パルメリア様に賭けたはずだ。それがどうして、今こんな事態になっているんだ?

 国外から見れば、この国はただの恐怖政治で、昔より酷いと言われている。おまえがここまで苦悩してまでパルメリア様に従う理由は何なんだ?

 おまえの『騎士道』は、そんなに簡単に壊れてしまうものだったのか……」


 苦言とも悲嘆ともつかない内容に、ガブリエルは手紙を握りしめ、唇を震わせる。


 自分がなぜここに留まり続けるのか、その答えをうまく言葉にできない。ただ一つ確かなのは「パルメリアを裏切れない」という想いだけだ。それは騎士道というよりも、もはや呪縛のような感情だった。


 翌日、大統領府主催の幹部会議が開かれる。そこでガブリエルは、他の将校や保安局幹部と共に、今後の粛清計画や周辺諸国への対応を話し合うが、その実態はほぼ“パルメリアの意向を承認するだけ”の場に過ぎない。


 保安局の強硬派は堂々と「さらなる摘発の拡大」を主張し、国防軍にも「一層の積極的関与」を求める。ガブリエルは反論する材料を持たないまま、うつむくしかない。


「司令官、あまり歯切れが良くないようですが、何かご不満でも?」


 保安局幹部の男が嫌味に満ちた声を出す。ガブリエルは冷静を装って答える。


「いいえ。ただ、兵の疲労や装備の補給もありますので、無理のない範囲で……」

「国を守るために必要な無理は当然でしょ? それとも、あなたたち国防軍にはもうやる気がないんですか?」


 侮蔑(ぶべつ)混じりの言葉に、ガブリエルは怒りを抑え込む。下手な抵抗は意味がないと知っている。議場の一角でパルメリアが鋭い視線を送るのを感じながら、彼は「粛清路線」に事実上賛同するしかなかった。


 会議を終え、兵舎へ戻ったガブリエルは重く沈んだ足取りで自室へと入る。ドアを閉めると、まるで壁が外の世界との境を切り離すかのように、胸の中が暗く深い淵へ沈む感覚を抱く。


 机の上には、今しがたの会議資料と「反乱分子取締要項」が積まれている。パルメリアの目論みどおり、これからさらに粛清が進むことになるだろう。


(私は、ここで誓いを破り、彼女と敵対する道を選ぶべきなのか? そうすれば、この血の連鎖は止まるのか? いや……彼女がさらに強硬になり、保安局と結託して国全体を焼き尽くすかもしれない)


 想像するだけで身震いがする。もし自分が反旗を翻せば、国防軍の多くが粛清の対象になる。そんな事態になれば、民にさらなる被害が出るのは必至だ。


 結局、ガブリエルは苦渋の末、改めて書類に目を通し、近くに置いていた剣に手を添えた。かつて誇りとしたその剣は、今や血を浴び続け、呪わしい殺意の象徴になりかけている。


(誓いの代償とは、こういうことなのか。……私は最後まで、彼女を裏切らずについていく。たとえ、それがどれほど残酷な行為を意味しても)


 瞼を閉じる。そこに浮かぶのは、かつてのパルメリアが見せた笑顔――明るい未来を信じていた日の姿。今の彼女が見せるのは、ひりついた孤独と疑心暗鬼に満ちた表情ばかりだ。それでも、彼女を見捨てれば、革命の意味が本当に無になると感じてしまうのだ。


「すべては……私の甘さが招いた結果なのかもしれない。ならば、責任を取るしかない。誓いを破れない以上、私はこのまま血と粛清を支える役目を続けるのか……」


 自問しても、答えは霧の中。だが、結局「誓いを守る」以外の道は思い浮かばない。離れようにも、あまりに多くのものが犠牲になる危険を(はら)んでいるからだ。


 こうしてガブリエルは、己の良心を押し殺し、パルメリアの独裁と粛清の路線を支える「司令官」として行動し続ける決断を下す。


 深夜、兵舎の窓辺に立ち、ガブリエルは暗い街を見下ろす。かつて革命の旗が高らかに掲げられ、多くの民が王政の崩壊を歓喜したこの街も、今では疑心と恐怖で沈黙に閉ざされている。


 誓いを守るために、民を苦しめる――この皮肉が、彼の心を締めつけ続ける。しかし、もはやどうにもならないと覚悟するしかない。


「いつか……パルメリア様が、昔の輝きを取り戻してくれれば。いや、もう遅いのかもしれないが……」


 声に出せば、虚しさが増すだけ。それでもつぶやかずにはいられない。


 騎士道を自らに課してきた者として、今の自分は最悪の裏切り者なのだろう――それでも彼女を捨てられない。それこそが「誓いの代償」であり、彼の魂を縛る鎖だった。


 翌朝、またしても新たな逮捕者のリストが国防軍司令部へ届く。数日前に一掃したはずの地域から、再び「反乱の兆し」が報告されたのだという。


 ガブリエルはそのリストを受け取り、苦い気分を抑えながら部下たちに指示を出す。誰もが疑わしきは罰せられ、抵抗は許されない――そんな世界に変貌して久しい。


「司令官……行きましょうか。また、血の匂いがする現場へ」


 副官が隠しきれない疲労の色を浮かべて問う。ガブリエルは静かにうなずくしかない。ここで怯んでも、何一つ解決しないのだ。


「……ああ。行くしかない。誓いを破れない以上、私たちは血の道を歩まなければならない」


 そう言い残し、ガブリエルは剣を腰に携える。かつてのように胸を張って民を救うためではなく、パルメリアの命令を遂行するために――それが今の彼の宿命だ。


 外では隊の整列が始まり、保安局員も到着しているらしく、兵士たちの顔にはうっすらと絶望が色を帯びている。


 革命によって始まったはずの新時代は、血と粛清と恐怖で塗り潰され、その中でガブリエルの「誓い」だけが鎖のように彼を引き留める。もはやそこに理想はなく、ただ「これ以上の混乱を避けたい」という(ゆが)んだ義務感が残っているだけ。


 こうして、さらなる血が流される予感に満ちた朝が来る。ガブリエルは仲間たちを率いて、再び馬上の人となった。騎士の誇りを失ってもなお、彼はパルメリアへの忠誠と、狂気に近い孤独を抱える彼女を見捨てられずにいる。


(――これが、私が選んだ「誓いの代償」。もう後戻りはできないのだろう)


 隊列が動き出す。彼らの足音に、町の人々は窓越しに(おび)える表情を浮かべながら隠れる。それがもう「当たり前」の景色になり果てている。


 パルメリアの独裁と粛清はさらに加速し、そのために命を懸ける司令官がいる限り、血は絶えることなく流れ続けるのかもしれない。


 それが革命の果てに待ち受ける、更なる悲劇の幕開け――かつて「正義」と呼ばれたものの末路を暗示するかのように、空は灰色の雲で覆われていた。


 こうして、ガブリエルが誓いを守るためにさらなる血の粛清を受け入れ、パルメリアの独裁と粛清がいよいよ加速していく。


 かつての革命で示された理想は崩れ去り、血を流させる刃こそが国家を支えている。騎士道を失ったガブリエルは、それでも自らの誓いを捨てることができず、命を懸けて主を守る道を選び続ける。


 しかし、その行為が民衆を苦しめる矛盾を抱えたまま、彼はもはや抜け出せない深みへと沈み込み、さらなる地獄を見ることになる――それが、この「誓い」がもたらす(むご)い代償なのかもしれない。

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