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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第3章:崩れゆく革命の理想

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第76話 誓いの代償②

 取り調べの最中、逃亡を試みた若い男がいた。兄弟を逮捕されたらしく、意を決して保安局の目を盗んで走り出したのだ。


 しかし、すぐに他の捜査官が大声を上げ、男は国防軍の兵士に取り囲まれる。


 悲鳴に似た怒号が広場にこだまする。


「くそ……離せ! 俺たちは何もしてないのに、勝手に疑いをかけやがって……!」

「逃げるのが悪い。反乱に加担する罪で拘束する!」


 喧噪を耳にしながら、ガブリエルは馬を降り、駆け寄る。既に数名の兵士が男を押さえつけているが、その顔は恐怖と怒りで歪んでいた。


 保安局員が凶暴そうな声で叫ぶ。


「司令官、こいつが反乱分子の一味です。確保して処分するべきかと」


 ガブリエルは男の目を見つめる。若い男は傷だらけの姿で、悔しさに満ちた表情を浮かべていた。もしかすると本当に陰謀に関わったのかもしれないが、その証拠は何も示されていない。


 ひょっとすると無実の可能性すらある――だが、この国では疑いだけで「反逆」の烙印を押されれば終わりなのだ。


「……どうか、見逃してくれ。俺は、家族を救いたかっただけなんだ。こんな……こんなの間違ってる……!」


 男の声が、ガブリエルの胸をさらにえぐる。確かに間違っている――騎士としての心がそう叫んでいる。だが、同時に司令官として命令を全うしなければ、部下の命すら危うくなる現実もある。


 保安局員が何のためらいもなく、男の脇腹に警棒を打ち付ける。再び男の苦鳴が上がり、ガブリエルは思わず声を荒らげかけたが、ぐっと堪えた。


「……連れて行け。反乱の疑いがあるなら、取り調べをするのが保安局の仕事だ」


 押し殺したような声でそう言うと、男は絶望の表情を浮かべ、力なくうなだれる。周囲にいた兵士たちは無言のまま、ただその光景を見つめるしかなかった。


 この一幕が終わる頃、日が昇り始めていた。辺りを支配していた冷たい夜の空気は薄れ、しかしここにあるのは住民を強権で押さえつける光景――何とも言えない息苦しさが広場全体に充満している。


 粛清は終わったわけではなく、これからも続く。やがて保安局員が「作業は完了した」と告げると、国防軍の兵たちは出発の準備に取りかかる。


 ガブリエルは馬に乗り込む前に、ちらりと町の人々を振り返った。そこに返ってくるのは恐怖と嫌悪の入り混じった視線。彼を英雄と(した)う者など、もはやいないのだ。


(王政を倒せば、民が自由に暮らせる時代が来ると思っていた。それが今じゃ、私の存在は彼らにとって圧制の象徴にしかなっていない。これが誓いの代償だというのか……)


 その思いが頭を巡るたび、胸が締めつけられる。


 誓いを守っているはずなのに、まるで何も守れていないという矛盾――それがガブリエルの魂を覆い、呼吸をするのも苦しいほどの重圧をもたらしている。


 半日ほどかけて、隊は首都へ戻ってきた。保安局員は逮捕者を連行し、国防軍の兵士たちは沈黙したまま兵舎に帰投する。


 任務を終えたガブリエルが部下を解散させると、そのいくつかの小隊から聞こえてくるのは深い溜息や陰鬱な声。


「またやってしまったな……。いつになったら俺たちは民を守る側になれるんだ?」

「わからない。下手に口を出せば、俺たち自身が粛清されるかもしれないし……」


 耳にするたび、ガブリエルは言葉を失う。部下たちを鼓舞して前進させることは、すなわちこの血濡れの現状を肯定することになってしまうからだ。


 一方、兵舎に届けられる保安局からの報告書には、「鎮圧成功」「反乱の芽を摘み取った」との文言が踊っている。成功――それは多数の住民が逮捕されたことを意味し、場合によっては処刑が行われることもある。この国では、逮捕はほとんど「死の宣告」と同義に近い。


(こんな「成功」など、誰が望んでいるのだろう)


 ガブリエルは無力感に囚われながらも、司令官として職務を放棄できない。彼が軍を離れれば、パルメリアがさらに保安局や強硬派を頼る事態になり、粛清が加速する可能性が高いとわかっているからだ。


 つまり、ここに留まることでわずかな歯止めをかけられるかもしれない――それが彼の唯一の拠り所だった。


 任務から戻り、兵舎で少し休息をとる間もなく、ガブリエル宛に「大統領府へ直行せよ」という急ぎの伝令が届く。


 そう頻繁に呼びつけられるのは異例だが、最近は粛清や周辺諸国への対応で混乱が増しており、パルメリアが国防軍にさらなる要求をするのは想像に難くない。


 ガブリエルは部下たちを休ませるよう指示し、自分は急ぎ大統領府へ向かった。


 執務室に通されると、パルメリアが背を向けたまま書類を手にしており、その表情は見えない。部屋の空気はひどく重く、外の陽光すら差し込まないような暗さを感じる。


「ガブリエル、今度は北部方面で『反乱の兆候』があるらしいわ。保安局から報告が入った。……すぐに対応してくれる?」


 彼女の声は乾いていて、何かを犠牲にしきっているかのような響きを持っている。


 ガブリエルは意を決して口を開く。


「北部方面……先ほど南部へも出動したばかりです。兵たちは疲弊しています。もう少し猶予を与えてはいただけないでしょうか」


 パルメリアは書類を机に置き、ゆっくりとこちらを向く。その瞳には情け容赦のない光が宿っていた。


「猶予を与えれば、その間に火種が大きくなるかもしれないでしょう? 国を守るためには、迅速な行動が必要よ。騎士団の疲労など言い訳にはならない」


 冷ややかな言葉に、ガブリエルは唇を結ぶ。彼女の心の中にあるのは、既に「国を滅ぼさないためには血を惜しまない」という覚悟だけなのだろう。


 彼女がそうなるまで、どれだけの苦難と裏切りを経験したのか、ガブリエルには想像がつく。だからこそ、責めきれないという自分がさらに苦しい。


「……承知しました。ただ、兵の補充や物資の補給は最優先で検討いただけますか? このままでは、持ちこたえるのが難しくなります」


 パルメリアは無言でうなずく。彼女はやはり「国を守る手段」として軍を使用する方針に変わりがない。何もかも、血を流してでも維持しようとする意志は揺るぎないのだ。


 ガブリエルは一礼し、部屋を出ようとした瞬間、背後からパルメリアの声が静かに届いた。


「ガブリエル……あなたの誓いは、まだ揺るがないわね?」


 その問いに、ガブリエルは振り返らずに答える。


「はい。私は誓いを破るつもりはありません。――それが、私の騎士道ですから」


 パルメリアは何も言わず、ただその背中を見送る。彼女の瞳には、わずかな悲しみと絶望が混じるが、それを口にすることはない。


 こうして、ガブリエルの軍はまた新たな粛清の任務を負わされることとなった。誓いを守るために民を斬る――その矛盾は、彼の魂をますます追い詰めていく。


 兵舎に戻ったガブリエルは、副官と数名の幹部を集め、北部への出動計画を説明する。しかし、兵士たちの表情は一様に暗く、誰も積極的に意見を出そうとはしない。粛清を繰り返す疲れが、心と体の両面を蝕んでいた。


「司令官、俺たち、いつまでこんなことを続けるんでしょう……」


 幹部の一人が、思わず本音を漏らす。彼もまた王政打破のときに勇敢に戦った騎士の一人であり、今やその面影は見る影もない。


「続けるしかない。止まれば、私たちは『裏切り者』として処分される可能性がある。それに……パルメリア様がさらに追いつめられてしまうかもしれない」

「でも、これ以上の血は……」

「わかっている。私だって、誰も傷つけたくなどない。……けれど、命じられた以上、従うほかない」


 ガブリエルの言葉に、幹部たちはうつむく。誰もが同じ思いを抱いている――それでも行動に移せない。この国でそれを実行すれば、自分や周囲がどうなるかは明白だからだ。


 部屋の中に立ち込めるのは、重苦しい沈黙。かつては「英雄」の名を欲しいままにした者たちさえ、今はこの沈黙のなかで身動きがとれず、ただ地獄のような任務をこなすしかない。

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