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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第3章:崩れゆく革命の理想

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第76話 誓いの代償①

 ――遠く地平線の向こうに朝日がにじみ出す頃、この国ではまた新たな粛清の火種がくすぶっていた。王政を倒してからというもの、パルメリア・コレットの独裁と粛清は止まることなく加速し、国土の隅々まで「恐怖」が浸透している。


 その渦中で、国防軍司令官ガブリエル・ローウェルは、騎士としての矜持を失いつつあることを痛感していた。彼がかつてパルメリアに誓った忠誠は、今や血と粛清の矛先を向けられる「民衆」に剣を振るうことをも意味している。


 朝まだき、兵舎の埃っぽい室内で新たな出動命令を受け取ったガブリエルは、その紙切れに刻まれた文字を見つめながら、胸の奥に渦巻く苦悩をこらえるしかなかった。


 薄暗い廊下の奥から、若い副官が息を切らせて駆け寄ってくる。手には大統領府から届いた「摘発対象リスト」の写しと、作戦概要と思われる書類が握られていた。


「司令官、これを……。また新たに『反乱分子』とされる者たちの名簿が追加されました。どうやら、地方の商人や農民の集団が『王政復活』を密かに狙っているという情報らしいです。大統領府からの指示では、早急に対処しろとのことです」


 副官の声には慌ただしさだけでなく、戸惑いが混じっていた。これまでと同様、具体的な証拠や裏付けは曖昧(あいまい)なまま、ひとまとめに「危険分子」とされている。裏には保安局が動いているのだろう。


 ガブリエルは書類を受け取り、目を落とす。その末尾には大きく「即応せよ」と書かれ、大統領府の紋章が押されていた。


「……こんな情報だけで、果たして何人を捕らえればいいのか。彼らが本当に反乱を企てているかどうか、確信もないだろうに」


 つぶやきは、副官にだけ聞こえるほどの低さ。しかし、副官も答えられず、ただ硬い面持ちで立ち尽くす。粛清が常態化したこの国では、疑わしきは即、処罰へ進められる。


 やがてガブリエルはかすかに息を吐くと、書類をたたむように軽く握り締めた。


「わかった。部下たちを呼び集めてくれ。――出動準備を指示するしかないな」

「ですが、司令官……」


 若い副官がためらいがちに口を開く。彼の目には、どうしても納得しかねるという色が宿っている。


「司令官、本当にこれをやるんですか? ここに名が挙げられた者たちが、どこまで危険なのかもわからないのに、保安局からは『逮捕や排除を(いと)わず』との通達が来ています。どうか、何とか……」


 それは兵としての立場を超えた訴えに近かった。副官はガブリエルにとって信頼できる若者であり、同時に数多くの民衆鎮圧現場を一緒に経験してきた仲間でもある。


 ガブリエルは副官の肩を叩き、目を伏せながら言葉を押し出す。


「私も同じ思いだ。だが、今の大統領府と保安局のやり方に異を唱えれば、逆にこちらが疑われかねない。……部下たちを、君を守るためにも、私は従うしかないんだ」

「……司令官」

「すまない。私には、まだやらねばならないことがある。……行くしかないんだよ」


 副官は悔しそうに唇を噛みつつ、やがて黙って敬礼し、その場を後にする。


 重苦しい沈黙だけがガブリエルの胸に残り、彼は再び書類を見つめた。


(こうしてまた、血が流れるかもしれない。もはや逃れられないのか……)


 国防軍として出動準備を整えたガブリエルのもとに、大統領府からの書簡が届く。パルメリアが直接書き付けたものらしく、いつもの事務的な命令書よりは丁寧な文体だったが、その内容は一層厳しい。


「ガブリエルへ。

 先の件、保安局の情報を信頼して行動すること。

 近頃、周辺諸国からの圧力や亡命者の動きが増え、内部の『裏切り』や『王政復古』の陰謀が高まっていると報告を受けている。

 あなたは私の騎士として、迷わず軍を動かしてほしい。甘い判断は許されない。たとえ民だろうと、反乱の芽を持つなら摘み取るしかない。

 ……誓いを守るならば、国と私を裏切らないで。

 ――パルメリア・コレット」


 その結びの言葉が、かつての誓いを思い起こさせる。ガブリエルは手にした書簡を見つめ、わずかに震えを感じた。


 王政打破のために命を賭けてきたあの日々――今、彼女の口から発される「誓い」は、血と粛清を伴う強権のために利用されているかのようにすら思える。


(この誓いが、こんなにも苦しみを伴うものだったのか……)


 ガブリエルは部屋の壁にかかった古い騎士団の紋章に目をやる。あの頃はその紋章が誇りであり、パルメリアが掲げる理想の象徴でもあった。


 今や、そこからは輝きが失われ、ただの飾りとして色あせて見える。しかし、彼はそれを捨て去ることはできない。


 ガブリエルが書簡を読み終え、部屋を出ると、廊下で数人の部下が待ち構えていた。皆、出動の準備は整っているが、その表情は沈痛なものばかり。


「司令官、これから私たち、本当にあの『疑わしい』だけの人々を処罰しに行くんでしょうか……」


 若手の兵士が声を震わせて尋ねる。彼らはもう、「民を守る騎士団」としての誇りなど感じられないまま、粛清の現場へ駆り出されることに抵抗を覚えていた。


「民と剣を交えるなんて、革命前には考えもしなかった。俺たちは貴族の横暴から民衆を救うために戦ったんじゃないか……」


 もう一人の兵士も、同じように悔しそうに顔をゆがめる。


 ガブリエルは苦々しい思いを抱えながらも、声を落として言った。


「みんなの気持ちは痛いほどわかる。しかし、今、命令に背けば大統領府や保安局に睨まれるのは確実だ。……そうなれば、ここにいる全員が粛清の対象になりかねない。家族や友人まで危険に晒すわけにはいかないだろう」

「……でも、それじゃあ……いつまでもこんな……!」


 若き兵士の言葉は半分まで出かかるが、後ろから保安局の捜査官らしき男が通り過ぎた気配を感じると、慌てて口をつぐんだ。廊下を冷たい目で横切るその男は、聞き耳を立てていたのかもしれない。


 ガブリエルは兵士たちを目で促し、「今は耐えるしかない」という無言の意思を伝える。部下たちは複雑な表情を浮かべながらも、司令官の判断に従うほかない。


 薄曇りの空の下、国防軍の一隊が街道を進んでいく。目的は、地方の村や町での「反乱分子一掃」である。保安局の捜査官も同行し、彼らは「事前に得た情報」と称して名簿を握りしめているが、その信ぴょう性はまるで保証されていない。


 隊列の先頭に立つガブリエルは、何度も馬の上で息を吐く。部下たちは無言だが、その背中には重苦しい雰囲気が漂っている。つい数年前まで、革命の高揚感に包まれていたはずの国――今はどこへ消え去ったのか。


(ここにいる誰もが、このやり方に疑問を持っている。しかし、パルメリア様を裏切るわけにはいかない。私たちは誓いをたて、ここまで来たのだから)


 心の中で何度もつぶやき、己を奮い立たせる。だが、その言葉は虚ろに響くだけだった。


 行軍の途中、通りすがる村人は、国防軍の姿を見ただけで道端に膝をつき、あるいは恐怖に顔を曇らせて逃げ去っていく。かつてガブリエルが見た「騎士をあがめる民衆」の光景は、もはや遠い幻になっていた。


 目的地となる小さな市場町に到着すると、保安局員はすぐさま通行人を制止し、「捜査」の名目で村人を一か所に集めはじめる。


 刃をむき出しにするわけではないが、その威圧感に人々は震えあがる。「何をされたら逮捕されるかわからない」という恐怖が、町全体を覆っていた。


「……司令官、やはり一人ひとり尋問していくんですか? この町の商人も巻き添えになるかもしれません」


 副官がそっとガブリエルに話しかける。ガブリエルは首を振り、低い声で答えた。


「ここでは私たちは保安局の補助をするよう命じられている。たとえ納得いかなくても、命令を果たすしかない……。くれぐれも住民に手荒なことはするな。ただし、保安局の判断が下れば、それに従わざるを得ない」


 どうしても冷淡な言い方になってしまう。隊員たちの戸惑いの眼差しを感じながらも、ガブリエルは自分の立場を守り、パルメリアの方針に逆らわないように注意を払う。


 そして保安局員たちは、躊躇(ちゅうちょ)なく捕縛の範囲を拡大していく。ほんの少しでも「王政復興」に言及したという噂があれば、列に加えられてしまう。


 そうして「反乱分子」とされた人々は次々に連れ出される。時折、悲鳴や泣き声が聞こえ、そのたびにガブリエルは心をえぐられるような痛みを覚える。

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