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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第3章:崩れゆく革命の理想

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第73話 孤立する共和国③

 それからしばらくして、ガブリエルはパルメリアの執務室を訪れた。


 いつもは沈黙を貫く彼だが、この日は意を決して一枚の地図を広げて見せる。そこには、周辺諸国が国境沿いに配備した軍の動向が示されていた。


「パルメリア様、これらの国々は明らかに警戒態勢を強めています。もし我々がさらなる軍拡や国境付近での演習を行えば、衝突が起きる可能性は極めて高い……どうか、軍備方針を再検討していただけませんか?」


 その声には、必死の訴えが込められている。


 パルメリアは地図に視線を落とす。赤や青の線で描かれた国境部隊の配置が、この国を取り囲むように並んでいるのがわかる。だが、彼女は苦しげに目を伏せながらも、ゆっくりと首を振った。


「国境付近の警戒を解けば、逆に隙を突かれて侵攻されるかもしれないわ。彼らは私たちを『危険』と見なしているのなら、尚更よ。私は、この国を戦渦に巻き込まないためにも、圧倒的な力を示すしかないと思ってる」

「しかし……万が一、本当に戦いが始まれば、内乱と対外戦争の二正面を余儀なくされます。兵力が足りませんし、民衆の支持も得られないままでは……」


 ガブリエルは言葉を探しながら、なんとか説得を試みる。しかしパルメリアは疲弊した表情でつぶやく。


「わかっているわ。でも、やむを得ない。私は国を守るために、独裁者と呼ばれようが、戦火を呼ぶと思われようが、やらなきゃいけないの。……そうしないと、もっと大勢が死ぬから」


 その言葉を聞いたガブリエルは、深い苦悩を抱えつつもうなずかざるを得ない。彼女が強硬策を選ぶのは、狂気だけでなく、「民を救いたい」という原初の思いが(ゆが)んだ形で発現しているのだと知っているからだ。


 しかし、その(ゆが)みこそが周辺諸国の敵意を煽り、さらなる孤立を招いている現実に、誰も歯止めをかけられない。


 その夜、レイナーは一通の書簡を読みながら執務室で倒れこむように椅子に座った。


 書簡の差出人は、昔から親交のある外国の商人。かつては革命を応援していたが、今や共和国に荷物を運ぶ商隊は激減し、商人自身も身の危険を感じているという。


「申し訳ないが、これ以上の取引は難しい。周辺諸国が貴国との交流を規制し始めており、私の隊が狙われる恐れがあるからだ。王政を倒したころは輝いていたのに、なぜこんなことに……」


 レイナーは手紙を握り締め、頭を抱える。


 以前は「新しい国を共に作ろう」と熱く語り合った相手が、今では安全のために自分を遠ざけるしかなくなっている。その落差が胸を刺すように痛い。


「どうして、こうなってしまったんだ……」


 独り言が虚空に消えていく。


 レイナーはパルメリアにこの事実を伝えるべきか、迷いながら書簡を机に置く。彼女に報告したところで、「もうその商人とは取引しなくてもいい」と突き放されるだけだろう。実際、それに代わる新たな交易ルートが今のところ確保できる見込みはない。


(周辺諸国の包囲網は確実に狭まっている。……いずれは、軍事行動が現実味を帯びてくるかもしれない。そして、この国は一層多くの血を流すことになる……)


 だが、レイナーにはどうすることもできなかった。パルメリアを否定し、政権から離れれば、さらに事態は悪化するだろう。だからこそ、渋々とでも彼女の命令に従うしかない自分が歯がゆい。


 革命をともに走り抜けたはずの者たちは、ひとり、またひとりと去り、ガブリエルとともに残るレイナーも心は限界に近づいていた。けれど、黙っているしかない。


 孤立による経済悪化は、市民生活をじわじわと追い詰める。一方で、保安局の粛清は依然として続き、反政府活動の芽は早期に摘まれているため、表向きは大きな混乱こそ起きていない。


 しかし、それは「暴動が不可能なほど民衆が萎縮している」というだけで、実際には貧困や不満が積み重なり、見えないところで危険な膨張をしていた。


「こんな暮らし、もう耐えられない。だけど声を上げたら殺される……あんたどうするつもり?」

「わからない……食糧が尽きれば、いずれ必死で外へ逃げるしかないだろうね」


 市場の隅や農村の小屋では、そんな小さな会話が交わされても、すぐに掻き消される。誰もが保安局の耳を恐れ、ささやき合うだけだからだ。


 いっぽう、王政復活を目論む旧貴族の残党は地下に潜り、「国際社会の介入」を期待する動きを続けているとも噂されるが、具体的な成果は見られない。周辺諸国もわざわざ干渉するメリットが薄いため、結果として共和国はますます「自力で立ち直るしかない」状況へと追い込まれていた。


 深夜、パルメリアはまた執務室で書類を読みふけっていた。粛清と外交、軍事態勢の更新――いずれも短期間で解決できる課題ではなく、むしろ時間が経つほど悪化していることが明白だ。


 それでも彼女は筆を握りしめ、「誤解だ」と言わんばかりに命令書へ署名する。


(周りが何と言おうと、私は国を守り抜くしかない。――孤立したところで、この国を滅ぼさないためには、私が強権を捨てるわけにはいかないの……)


 心の奥には、離れていった仲間や民の姿が重なり、痛む。けれど、その痛みこそが彼女をさらに独裁へと駆り立てる。


 もし自分が止まれば、もはや誰も国を束ねられない――その思い込みが、「狂気にも似た決意」を支え続けているのだ。


「これでいいのよ。……もう戻れないし、戻る必要もない。私は最後まで、この道を行くだけ」


 つぶやきに答える者はいない。


 窓の外には、うっすらと灰色の闇が広がる。かつて花々が咲き誇っていた庭は今、閑散としている。夜の静寂が、そのまま“国際社会の孤立”を象徴しているかのようだった。


 レイナーが先の交渉で知った通り、周辺諸国は共和国に対し警戒を強めつつあり、外交的な圧力は今後さらに高まるだろう。ガブリエルは軍の動きを探りながら、国境での衝突の可能性に戦々恐々としている。財務担当や官吏らは、貿易制限による物価高騰と税収の減少に悩み、商人や農民は命をかけた密輸や闇取引に手を染め始めている。


 しかしパルメリアは、そのすべてに対し「粛清の徹底」と「軍備の強化」で応じる方針を崩さない。


 ――こうして、共和国は内外で孤立を深め、まるで自らを囲む闇の中へ突き進むように見えた。


 かつて王政を倒して盛り上がった革命の理想と熱狂は、どこにも残っていない。血と恐怖に縛られ、誰もが互いを信用できなくなり、さらに国外からの支援も期待できない。それが「孤立する共和国」の現状だった。


 明け方の執務室、パルメリアは静かにペンを置いた。


 蓄積された報告書や逮捕リストは増えるばかり。外務交渉の要請は却下続きで、軍備の拡充計画だけが現実味を増していた。


(……いずれ周辺諸国が連携してこちらを叩きに来るかもしれない。でも、私は逃げない。どれほど嫌われても、虐げられても、この国を守り通す)


 それが「誰を守る」行為なのか、もはや定かではない。民は怯え、国外は遠ざかり、味方と言える人間さえ少なくなった世界で、彼女は一人きりで立ち続けるしかなかった。


 すでに激しい粛清で国内を支配する道を選んだ以上、外との軋轢をどうしようもないと割り切っているフシがある。――その先に待ち受けるのはさらなる悲劇か、それとも意地のような均衡か。


 このとき、パルメリアの耳には、どこか遠くから聞こえる朝の鳥のさえずりが届いていた。


 だが、その美しい響きさえ、彼女の胸に安らぎをもたらすことはない。脳裏には絶えず、「粛清をやめれば国は崩壊する」という焦燥が巡り、周辺諸国の包囲網が迫っているという厳しい現実が重なっているからだ。


(世界は私たちを見放した……それでいい。もう誰も私たちの革命を理解しないのなら、私が最後まで責任を背負えばいい)


 その決意は痛々しく、かつ破滅的な香りを放ち始めていた。


 こうしてパルメリアの共和国は、外からの信用を失い、内からは恐怖に縛られ、孤立を深めていく。――その道が、やがて次なる地獄への入り口になることを、彼女も周囲の者も、心のどこかで薄々感じ取っていた。


 しかし、もはや誰も止めることはできず、彼女自身も止まらない。


 孤立する共和国は、世界の冷たい視線を浴びながら、深い闇の中に沈み込んでいく――。

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