表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第3章:崩れゆく革命の理想

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

160/314

第71話 沈黙の街③

 沈黙が社会を覆う中、わずかながらの「声なき抵抗」も起こっていた。


 例えば、小さな落書き。「王政に戻る必要なし」「自由はどこへ?」といった言葉が、一夜のうちに壁に書かれ、翌朝には保安局によって消される。あるいは、「処刑反対」「血を止めろ」といったビラが路地裏に貼られるも、すぐに剥がされる。


 いずれも、保安局の目をかいくぐって行われるため、長続きはしない。だが、それでも誰かが行動を起こそうとしているのは確かだ。


 しかし、それは市民全体の大きなうねりにはならない。なぜなら、あまりにも周囲を疑い、恐怖し、沈黙を守ることに慣れてしまっているからだ。


 「余計なことに関わりたくない」「万が一、通報されたら一巻の終わりだ」――そんな慎重さが、街全体に染み渡っている。


 ある日、パルメリアは久しぶりに外出のため、少人数の護衛を連れて街を見回りに出た。保安局の幹部や警備隊の隊長も同行し、周囲の市民はその行列を遠巻きに見るしかない。


 彼女の姿を見かけた商人たちは、一瞬、革命当初を思い出して顔を上げかける。だが、すぐに(おび)えの色を浮かべ、黙ったまま一礼して視線を逸らす。かつてなら「大統領様、お疲れ様です!」「どうか私たちの声を聞いてください!」などと声を上げる者がいたかもしれない。今では、そのような気概を示す者はほぼいない。


 パルメリア自身も、その光景を目にして内心で何かが(うず)いた。


(私が街を歩いても、人々は畏怖するだけ。誰も微笑まない。私のために血を流してくれた民衆が、今は私を恐れている……これが本当に正しい道なの?)


 喉の奥に何かが突っかえたように、言葉が出てこない。


 護衛の隊長が「危険がないように」と先導し、周囲にいる市民を遠巻きに追いやる。人々はこそこそと後退し、誰もパルメリアに直接近づこうとはしなかった。


 彼女は沈黙のまま通りを進むが、その足取りはどこか重々しく、まるで自ら犯した罪の重みに耐えきれないかのようだ。


「……誰も、何も言わない」


 護衛の兵士のひとりが、ぽつりと漏らした声は聞き逃せないほど悲痛な響きを帯びていた。しかし、すぐに別の隊員が「黙れ」と制止する。


 パルメリアは一瞬、その兵士たちに目を向けたが、何も言わずに足を進める。心の中では「これが私の選択の結果」と繰り返し、自分を納得させようと必死になっていた。


 こうして街を回ってみれば、よくわかる。


 どこに行っても、人々は常に周囲を気にして小声やジェスチャーでやりとりするだけ。以前なら路上で聞こえた喧騒や陽気な笑い声が、今は消え失せている。


 ある家の庭先では子どもが小さく歌を口ずさんでいたが、母親が慌てて駆け寄り、口を塞ぐ。「静かにしなさい。大声はだめ」と厳しく叱りつける。その子は泣きそうな顔をして、そっとうなずくしかない。


 まるで世界そのものが声を失ったように感じられる。


 しかし、これはパルメリアが自ら選び、築き上げてきた「秩序」にほかならない。暴動や大規模反乱こそ起きないが、その代わりに誰もが声を押し殺している――革命が生んだはずの「自由」とは程遠い状態だ。


「もう、王政の頃が懐かしいよ……あの頃は重税に苦しんだけど、こんなふうに隣人を疑う必要はなかった」


 そんなつぶやきが、酒場の片隅で密かに交わされる。聞きとがめる者がいなければいいが――そう思いつつ、誰も咎めない。酒の味は苦いだけで、余計な言葉を交わす客は少ない。店主も愛想を振りまくどころか、客との会話を避けて淡々と酒を注ぐだけだ。


 こうして首都は、言葉を失うことで平穏を保とうとする奇妙な社会へと変貌していた。王政時代の支配構造を倒したはずなのに、結果的にはより精巧な監視体制と、言葉狩りの嵐が広がっている。


 パルメリアの掲げる「国を守る」という名目の下で、人々は隣人さえ信用できず、声を潜めるしかない。いつ、どこで、どんな一言が命取りになるかわからないからだ。


 夕暮れの赤い光が再び街を染める頃、路地や広場には人影がまばらになる。誰もが屋内へと急ぎ、夜を越えようとする。闇の中で、保安局の密偵がどこを巡回しているのか分かったものではないし、物騒な場面に巻き込まれて通報される可能性もあるからだ。


 いったい、これが本当に「守られた国」なのだろうか? ある老女が自宅の窓から外を見つめ、うめくように独りごちるが、それを聞く人は誰もいない。


 パルメリア自身もまた、夜の執務室で、書類にまみれた机に向かって苦悩し続けている。自分がこんな社会を作り出すことを望んだわけではないと理解しながら、それでも「ここで手を緩めれば、より多くの血が流れる」という懸念から逃れられない。ユリウスが去った今、彼女に迷いを振り払う術はほぼない。


 結果として、街には沈黙だけが深く染み込み、自由を失った民衆は耐え忍ぶしかない。やがてその沈黙は、さらに大きな虚無へと変わっていくのかもしれない――。


 こうして、「沈黙」の名の下に一見安定を取り戻したかに見える首都。その実態は、血を浴びた粛清の歴史を背後に(はら)み、言葉を奪われた人々の悲鳴がかすかに渦巻く場所へと変貌していた。


 革命の理想は遠く霞み、かつて掲げられた「自由で平等な社会」という旗印は風雨にさらされ、ほとんど判読不能なほど擦り切れている。


 それでもパルメリアは、心を震わせながらもその道を歩み続ける。もはや、止まることも、引き返すことも叶わない――そう信じ込むことでしか、自分の存在意義を確かめられなくなっているからだ。


 街に満ちる沈黙はますます深く、重くなり、少しの光や笑い声すらも飲み込もうとしている。真っ暗な夜の帳が降りるとき、人々はさらに身を潜め、無音の世界で朝を待つしかない。


 だがその朝に希望はあるのか――今のところ、その答えを知る者は誰もいなかった。噂だけが細い糸のように人々を繋ぎとめ、「今は耐え忍ぶしかない」とささやく声すらも、やがて風にかき消されていく。


 ――こうして、血と粛清が当たり前となり、パルメリアの精神的孤立が進むなか、「革命が崩れゆく過程」はますます悲惨な景色を広げている。


 人々は沈黙の中に生き延び、街は声を失ったかのように静まりかえり、ただ警戒の空気だけが行き交っている。まるで永遠に解けない氷の下に、すべてが閉ざされてしまったようだった。


 それこそが、王政を打倒して手にした「自由」の行き着く先――今は、そんな皮肉が胸に突き刺さるばかりだ。


 陽は沈み、辺りを包むのは深い暗闇と、言葉を持たない街の姿。遠くで犬の吠える声すら、重々しく虚しく響く。誰もが耳を塞ぎ、誰もが心を押し殺して日々をやり過ごす。かつてのにぎわいを思い出す者がいようとも、それを口にする人はいない。


 ここには「沈黙」という名の平穏だけが――まるで血の代償として与えられたかのように、街を覆い尽くしているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ