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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第一部 第2章:変革の足音

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第8話 農業改革の成果②

 パルメリアがもう一度畑に足を踏み入れると、泥だらけの手を拭いながら農婦たちが彼女を取り囲んだ。収穫物を軽く選別している若者や、排水路の様子を監視する初老の男性など、皆が次々に声をかける。


「ねえ、お嬢様。じゃがいもを植える区画はどうしましょうか? いま植わっているのが豆なので、時期をずらして入れ替えたら良いのですか?」

「この排水路も、もっと延長したほうがいいのか、それともまずこの範囲だけできちんと整備したほうがいいのか……」


 矢継ぎ早に浴びせられる質問に、パルメリアは少し考え込みながらも丁寧に応じる。専門知識と前世の学びを総動員しつつ、実際にこの地で生活している農民の見解も聞き出そうとする。


 時には「そちらは私も検討したいので、後ほど詳しく話を聞かせてください」と返事を保留する。彼女は自分の独断で決めるのではなく、あくまで現場の状況を把握しながら進める方針だからだ。


(貴族だからといって何もかも決めて押し付ければいいわけではない。本当にこの土地に適した方法を見つけるために、私も学ばなくちゃ)


 それが、パルメリアの改革姿勢を象徴するやり方でもある。ここまで踏み込んで共同作業をしようとする貴族令嬢など、村人たちにとっては初めての存在だった。だからこそ、彼女が視察に訪れると、住民も積極的に声を上げるようになったのだ。


 畑から少し離れた場所で、一通り住民とのやり取りを終えたパルメリアは、深く息をついた。空を見上げれば、まだ日差しは高いが、腕時計の感覚でいうと昼下がりを過ぎようとしている時刻だろう。そろそろ次の村を回る予定があるが、彼女はほんのひとときだけ、この場所で感じる風と土のにおいを楽しむ。


 目を閉じて深呼吸すると、かつては荒れて冷ややかな雰囲気を(まと)っていたこの地の空気が、ずいぶん柔らかくなった気がした。人々の姿勢や畑から漂う活気も、うっすらと朗らかな色彩を帯びている。


(私の行動が、ほんの少しでも彼らに希望を与えられたのなら――それだけで、前の世界の私にはなかった生きがいを感じる)


 これまで「追放を避けたい」「破滅を回避したい」とばかり考えていた自分にとって、今の状況はまったく新しい感覚だ。何か大きな歯車が回り始め、「人々を救う」という大きな目標を自分の意志で背負っている。それが一筋の大きな手応えとして胸を満たす。


 同時に、保守派の貴族たちの警戒や、家臣との衝突を警戒する気持ちも、確実に増していた。だが、それを恐れていては何も成し遂げられないのだ。彼女は改めて拳を握りしめ、小さくつぶやく。


「もう追放や破滅の恐怖だけで動いてるわけじゃない。私がやるべきことははっきりしてる」


 彼女が馬車へ戻る途中、使用人が駆け寄ってきて、「次の村への移動はよろしいでしょうか」と声をかける。パルメリアはうなずき、手元の記録を改めて確認する。


「ええ。ここでの作業は一旦区切りがついたし、次の視察地に向かいましょう。まだ見るべき場所はたくさんあるわ」


 使用人は「かしこまりました」と応じ、手際よく馬車の準備を整える。そんな彼らの働きを横目に、パルメリアはもう一度、畑を遠目に見渡す。夏の高い空の下、農民たちの笑い声や作物を抱える姿がちらほらと目に映る。その全てが、小さな成功例として彼女の心に焼き付いた。


 馬車に乗り込み、揺れる座席に腰かけながら、パルメリアは少し安堵の息をついた。窓ガラス越しに風景が動き始めると、先ほどの村人たちの笑顔が次第に遠ざかっていく。だが、あの笑顔や満足そうな言葉こそが、彼女にとって大きな励みになっていた。


 この成果を足がかりに、他の地域にも改革を広げる――それは簡単な道のりではないだろう。思惑や利権が渦巻く貴族社会の抵抗も待ち受けている。それでも、パルメリアは揺らがない。追放の恐怖を避けるためだけではなく、領地の人々を本当に救い、笑顔を取り戻すために、彼女は躍起になっているのだ。


(私がやらなければ、誰もこの領地を守れないかもしれない。それなら、私はこの改革を信じて、一歩ずつ進むしかない)


 そう決意を新たにすると、彼女の脳裏には再び、畑で得意げに豆の房を見せてくれた中年女性の笑顔が浮かぶ。あの表情を見てしまえば、もう後戻りはできない――どんな困難があろうとも、少なくともここで生きる人々に絶望を残すような真似はしたくないと、強く思うのだ。


 馬車が丘を越え、次の村へ続く道に入る。視線を前方へ向けるパルメリアの表情には、かすかな自信と情熱が宿っていた。


 村人たちが作物を大きく育て、少しずつ暮らしが改善していく現実――その成果が「破滅」を回避するだけでなく、自分自身の意義を大きく変えていることを彼女ははっきり自覚している。もはや「悪役令嬢」などというレッテルに縛られる存在ではなく、領地の未来を左右するキーパーソンとして動いているのだ。


 さらに、外の地域でもパルメリアの動きがうわさになりつつある。農民から農民へと、「公爵令嬢が直接指導し、改革を実行している」と伝えられ、その成功例に興味を示す者が増えているという報告が、彼女の館に届き始めていた。中には「自分の村でも輪作を試したい」「排水路の工事方法を学びたい」と前向きな問い合わせも寄せられている。


 もちろん、そうした好意的な噂だけではなく、反発や警戒心も同時に広がっているのは事実。保守派の貴族たちが「公爵令嬢が何を企んでいるのか分からない」と不穏な動きを見せ始めているという話も耳に入ってくる。しかし、パルメリアは焦らない。確実に成果を重ねれば、反論の余地を与えないほどの実績を積むことができる。


 農具の改良や基礎的な技術指導についても、彼女は前世で学んだ知識をさらに深掘りし、可能な限りわかりやすい形で農民たちに共有するつもりでいる。今までは口先だけだった貴族令嬢の姿とは違い、現場で汗を流し、わずかな失敗にも向き合う。そんな「地に足がついたアプローチ」が、領民との距離を縮めているのだ。


 夕暮れにさしかかり、馬車が次の村へ到着するころ、パルメリアの心は一日中歩き回った疲労で重くなっていたが、同時に喜びが湧き上がっている。先ほどの村では、輪作による効果が明らかに形となり、排水路整備による畑の改善が確かに進んでいた。


 窓の外を見やると、広大な空が赤く染まり始めている。夕陽に照らされる畑は、次の収穫に向けて生き生きと育っているように見える。人々の笑い声とまではいかなくとも、少なくとも悲壮感だけが漂っていた以前の光景と比べると、天地の差があった。


(次はこの村でも、同じように成果を出せるかしら。やってみせるしかないわ)


 パルメリアは静かに決意を胸に刻む。一つの成功が広がれば、あちこちで声をかけてくる農民も出てくるだろうし、それに応じる形で改革が広まるのも時間の問題かもしれない。逆に言えば、ここからが本当の勝負――失敗すれば、保守派が一斉に叩いてくるリスクも高い。


(だけど、ここで怖気づく私じゃない。破滅の未来から脱するためにも、もはや引き返すつもりはない)


 そう心に誓いながら、彼女は馬車を降り、夕陽がゆっくり沈む道を見据えた。遠くには豊かとはいえないまでも、新しい可能性を感じさせる畑のシルエットがかすかに見える。


 こうして、パルメリアの「農業改革」は大きな第一歩を確かに踏み出した。排水路の整備や輪作による土壌改良が、少しずつではあっても成果を見せ始め、村人たちの間に確かな手応えと喜びが広がっている。何より、彼女自身が「追放を避けるため」だけでなく「領民を救う」ことを主目的にし始めている点が、改革の根底を支えていた。


 このほんの小さな成功例が、やがて公爵領全体を変え、ひいては王国にも大きな影響を及ぼすかもしれない――そんな予感を抱きつつ、パルメリアは新たな村で同じように人々との対話を重ねていく。深い夕暮れの空を背に受けながら、彼女の瞳には強い意志の光が宿っていた。

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