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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第3章:崩れゆく革命の理想

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第71話 沈黙の街①

 夏の盛りだというのに、街全体の空気はまるで厳冬期のように凍りついていた。


 かつて活気に満ちたはずの首都は、いまや粛清の恐怖によってすっかり萎縮し、声をひそめる人々の姿ばかりが目につく。まるで、にぎわう市場や路地の隅々まで、見えない氷の結晶が張り付いているかのようだ。


 表向きには「王政を倒し、人々が自由な社会を築く」――そんな大義を掲げていた革命の余韻がまだ残っているはずだった。しかし、近頃ではその革命の看板を信じる者など、ほとんどいない。大通りを行き交う市民たちは、あのときの熱狂や期待を思い出すよりも、保安局の監視の目を警戒するほうに忙しかった。


 そう、街には今、「沈黙」という名の秩序が敷かれている。表向きの混乱は収束し、反乱や騒ぎらしいものはほとんど見当たらない。だが、人々が口を閉ざして生きること――それがこの国の新しい「安定」にほかならなかった。


 かつて王政崩壊直後には、小さな露店や大道芸人が集まり、活気あふれる市場ができあがっていた広場。それが今や、閑散とした空気しか漂わない。


 朝の陽光が石畳に降り注ぐにもかかわらず、店を開く者は少ない。わずかに軒を開けた商人たちも、ちらちらと辺りを窺い、客と話すときも極力声を落としている。


「おい、野菜はいかがですか……? …あ、いえ、すみません、なんでもないです」


 若い男の商人が、客らしき人に呼びかけるも、すぐに口を閉じてしまう。


 客らしき人も、まるでそれに応じるかのようにうなずき返して無言のまま、ただ手早く商品を買い、釣り銭を受け取ると急ぎ足で立ち去る。余計な言葉は交わさない。感謝の言葉すらほとんど聞かれない。それが今の首都の現状だった。


 通りを歩く老人と孫らしき子どもの姿も見られるが、微笑ましい会話は一切聞こえない。老人が孫の手をぎゅっと握りしめ、口をつぐんだまま歩く。その子が何か尋ねようと口を開きかけると、老人は慌てた様子で制止する。それきり、悲しそうな表情を浮かべる子どもの瞳だけが物語るように潤んでいた。


「おじいちゃん、どうして…」

「しっ……いいんだ。黙ってなさい」


 その声は震えていた。怒りというより、恐怖に近い。わずかなつぶやきや言葉尻が保安局に聞きとがめられれば、どうなるか知れたものではない、という思いが老体に染み付いているのだろう。


 広場の端、かつては芸人が集まり、楽しい笑い声が聞こえた噴水近くも、今は人影が少ない。やむなく腰かけているのは疲れた行商や、行き場のない放浪者のような人たちだけだ。彼らもまた、互いに会話を交わすことなく、ただうなだれるか、こちらの視線を避けるようにしている。


 まるで街全体が、巨大な灰色の布をかぶせられ、音も光も吸い込まれているかのようだ。ここが「革命の成功」を謳っていた共和国の首都とは、とても思えない。


 人々が口をつぐむ最大の理由は「国家保安局」の存在だ。


 公には「国を守るための情報収集機関」とされ、反政府活動や旧貴族派の陰謀を事前に察知し、鎮圧することが役目だと説明されている。だが、実際のところは「秘密警察」と言ったほうが近い。市民同士の密告を煽り、危険分子は容赦なく処刑へと追い込む――そんな噂が国中に広がっていた。


 大通りを警備隊が巡回する様子は、ある種の秩序を感じさせる。だが、その陰で、保安局の密偵がどこに紛れ込んでいるかわからないという恐怖が、人々を沈黙させているのだ。


「ねぇ、あそこに立っている男……昨日はあの角にいたわよね。保安局の者じゃないかしら」

「しっ、見ちゃだめ。あなたの顔を覚えられたら、次は私たちが…」


 こうしたささやき声が、路地裏や市場の棚の陰で交わされては消える。誰もが互いに疑心暗鬼になり、友人や家族との会話すら躊躇(ためら)うようになっていた。


 以前は仲良くしていた隣人同士が、今ではすっかりよそよそしい態度をとり合う。


 「もしかすると彼らが自分を密告するのではないか」――そんな被害妄想が広がり、あちこちで人格破綻や精神の病をきたす者も増えている、という診療所の報告すらあった。


「革命なんてするんじゃなかった」

「前の王政も確かに酷かったけど、こんな社会になるぐらいなら……」


 そう漏らした人がいれば、すぐに誰かが口を塞ぎ、やめろと合図する。単なる愚痴やぼやきでさえ、反体制的発言と見なされれば命取りになりかねないのだ。


 一方、大統領府の高い窓から、この街を見下ろす者がいた。


 パルメリア・コレット――革命の英雄として人々の先頭に立ち、今は「大統領」として国を治める彼女は、先日の「断絶」を経てさらに孤独の淵に沈んでいるようにも見える。


 かつては声を上げた民衆が、今は口を閉ざし、怯えた目で過ごしている。その現実を目にして、彼女の心中にも暗い影が落ちていた。


「これが……私が作った世界なのね」


 思わず、そうつぶやいてしまう。


 多くの人々が笑顔を失い、広場ではささやき声さえまばら。店先での呼び込みも勢いを失い、そもそも店を開かずに閉じこもる商人も増えている。以前なら、夜になれば酒場のにぎわいや街角での歌声が響いたというのに、今では沈黙と警戒だけが支配する。


(やりたかったことは、こういうことじゃなかった。王政を倒したとき、私たちはもっと自由で、みんなが声を上げられる社会を夢見ていたのに……でも、手を緩めれば反乱が起きて、また血が流れる。そうならないためには、強い抑止力が必要だ。――私が弱さを見せたら、あっという間に国は崩壊するでしょう)


 その思いが、彼女をかろうじて支えている。


 自分が強権的な措置を取り続けるたびに、人々が萎縮していくのはわかっている。しかし、今さら路線を変えれば、激しい反動が巻き起こり、より悲惨な内戦へ発展するかもしれない。そこに待ち受けるのは、さらに膨大な血と苦しみだ――そう考えなければ、彼女はすでに精神を保っていられなかった。


 机には相変わらず、保安局や軍からの報告書が山のように積まれている。「密告」による摘発希望者リスト、「反革命思想」の疑いがある人物の情報――その一つひとつが、実際にはどんな事情を抱える命なのか、もはや彼女の目には届かないほどの数だ。


 しかし、自分が署名すれば、その人たちの運命が大きく左右される。にもかかわらず、パルメリアは自らの手で「次の処罰」を認め続けなければならない。止めれば、今度は自分が築いた秩序が一気に崩れ、さらなる混乱と悲劇が待っている、と信じ込むことでしか心を守れないのだ。


「……これでいいはず。これこそが、国を守るための選択……」


 彼女はうつむいたまま、かすれた声で何度も自分に言い聞かせる。まるで呪文のように何度も、何度も。

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