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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第2章:強権と孤独の狭間で

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第66話 孤独な決断①

 灰色の曇天が、旧王宮を改装した政庁の尖塔を重たく覆い隠していた。その影は長く、まるでこの国の未来を照らす光が徐々に消えていくかのような感覚を呼び起こす。


 パルメリア・コレットが立つ執務室の窓際には、かつて豪華な飾り窓だった面影がわずかに残るが、いまや革命と内乱の傷跡が壁にも床にも刻まれ、華やかだった頃の姿をほとんどとどめてはいない。


 それでも、この場所は「大統領」の名を与えられた彼女が執務を行い、指示を飛ばす一大中枢となっていた。王政を倒した熱狂から月日が流れ、今や人々はこの場所を新政権の権力の象徴として畏怖をもって見上げるようになっている。


 その日の午後、執務室ではパルメリアがただ一人、山のように積まれた書類と向き合っていた。


 机の上には紛糾する地方情勢に関する報告、新たに発生した密輸ルートの摘発案件、さらには「反乱分子」と名指しされた疑わしき人物たちのリスト――そういった類の文書が次々と運び込まれ、処理を待っている。かつては、仲間や部下たちと相談しながら目を通していたが、今は違う。ほとんど全ての決裁が、パルメリアのサインと印鑑一つで決まっていく。


(また逮捕者のリストがこんなにも増えている。それでも、混乱が拡大する前に手を打たなければ……)


 薄暗い光の下で書類を読むパルメリアの横顔には、深い疲れが刻まれていた。革命直後は仲間たちと喜びを分かち合い、自由な国のビジョンを描き、一緒に笑い合っていた。だが今、彼女の傍らには誰もいない。


 以前ならレイナーが笑いながら「一息ついたらどう?」とコーヒーを差し入れしてくれたかもしれない。ユリウスは「この案件は慎重に扱ったほうがいい」と助言してくれたかもしれない。


 クラリスやガブリエルも、時には国の未来を熱く語り合ってくれたはずだった。それが今、どれほど昔のことのように思えるだろう。


(皆、去ってしまったのよね……私のやり方を受け入れられなくて。あるいは、私の決断が彼らを遠ざけてしまったのかもしれない)


 淡い感傷がかすめ、パルメリアはわずかに唇を引き結ぶ。しかし、その思いに浸る暇はない。彼女には背負うべき責務がある。国を守るために、多くの血を流して王政を倒し、新たな秩序を築いたのだから――今さら後戻りなどできはしない。


 やがて執務室の扉が控えめにノックされると、若い官吏が数名入ってきた。彼らはパルメリアの指示を仰ぐために集まるが、その様子はどこかよそよそしい。


 以前はこの執務室にもレイナーやユリウスが足を運んで、意見を交わし合う光景が当たり前にあった。活発な議論や言葉の応酬が飛び交い、時には衝突や口論もあったが、その背後には確かに「同じ理想を追いかける熱」があったのだ。


 しかし今、机を挟んで向かい合うのは、新しく登用された官吏たち――どちらかといえば、「パルメリアへの忠誠を示したい」「権力に近づきたい」という空気を漂わせる者たちである。書類を用意してはかしこまった態度で意見を求めるが、それはあくまで「大統領の意向を汲む」ための儀礼に近い。


「大統領閣下、先日の取り締まり方針に基づき、新たに治安局が作成した『反乱分子リスト』がこちらです。地方行政官からの密告なども反映しておりますが……いかがいたしましょう?」


 官吏の低い声が静寂を切り裂く。


 パルメリアは書類を受け取り、さらりと目を通す。そこには幾つもの名が連なっていた。教会の司祭、地方の農民リーダー、王政復活を噂される元貴族の子息――どれも彼女からすれば、王政再建の危険性を(はら)む存在あるいは秩序を乱す可能性のある者だ。


 瞬間、かつて共に行動した者の名前を見つけ、彼女は眉をひそめる。革命当初、支援物資の分配を手伝ってくれた農民リーダーだった。今では「反政府的思想を持つ恐れがある」と報告されている。


「……状況を詳しく」


 パルメリアの問いに官吏は淡々と答える。その農民リーダーは、税や収穫量の減少に対して不満をこぼしており、さらに「王政のほうがまだマシだった」などという声を聞いたとする噂があるらしい。


 それだけで「反乱分子」とみなすのは乱暴かもしれない。しかし、いまの政権においては、そうした「危険な兆し」を見逃せば、いつ暴動が広がるかわからない。


 パルメリアは小さく息をつくと、押し殺した声で答える。


「……治安局に任せるわ。取り調べと監視を徹底して。彼が本当に反乱の意志をもっているかどうか確認して」


 官吏たちは深く頭を下げる。おそらくこのまま進めば、その農民リーダーは逮捕されるだろう。以前なら、彼女は直接会いに行き、状況を調整しながら解決策を模索したかもしれない。今はもう、そんな余裕もなくなっていた。


 官吏たちはまた別の書類を広げる。先日行われた会議で決まった新兵の募集要項、それに伴う兵士の給料引き上げ案――要するに、軍備増強の一環だ。


 彼らは抑揚のない声で「早急にご判断を」「こちらも大統領閣下のお力添えを」と口をそろえる。かつてなら、ユリウスあたりが「軍拡にばかり予算を裂くのは危険だ」と警鐘を鳴らしたかもしれない。今はそんな相手はいない。


「軍を強化して、地方の不穏分子を制圧する。それで国が守られるなら……」


 パルメリアは印鑑を手に取り、書類にサインしながら、ぼんやりと思う。


 これが、かつて望んだ「自由と平等」なのか。――そう疑問を抱いても、それを真っ向から問いただす人はいない。自分が疑問を口に出しても、周囲は口先だけで「閣下の決断こそ最善」と返すだけだろう。


(そう、私が決めなければ、国が崩壊してしまう。もう誰も教えてくれないのなら、私が一人で進むしかない)


 抑えようとしてもにじみ出るような、どうしようもない孤独が胸を締めつける。しかし今さら、誰に寄りかかることもできない。

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