表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第2章:強権と孤独の狭間で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

134/314

第62話 失われた絆①

 雨雲が薄く広がる灰色の空。遠くで雷の音が低く鳴り、まるでこの国に垂れこめる不安と緊張を写し取るかのように、重々しく空気を震わせている。かつては革命の成功を祝う明るい声が響いていた首都も、今ではその名残を感じさせるものがほとんどなくなっていた。


 街角には警備隊が警戒態勢で立ち、通りを行き交う市民は皆、どこかおびえたように足早に過ぎ去っていく。建物の窓は固く閉ざされ、昼間でも薄暗い光に包まれたままだ。


 誰もが胸の奥に閉じ込めている――王政を倒し、新たな共和国を築こうと燃え上がったあの熱狂と希望。その記憶が、今や苦い残像となって心を乱しているかのようだった。


 この日、パルメリア・コレットの執務室にはいつになく重苦しい空気が漂っていた。


 大理石の床に敷かれた濃紺のカーペット、かつて王宮の意匠が残る高い天井。そして旧王宮時代の豪華な調度品はほとんど処分されたはずなのに、その部屋には微妙な威圧感が残っている。革命が終わった直後は、さまざまな市民代表が希望を携えここを訪れた場所であり、パルメリア自身も彼らの声に耳を傾けて国作りに乗り出したのだった。


 しかし今、この執務室には来客の姿が少ない。ごく限られた官吏や軍の関係者のみが慌ただしく出入りし、パルメリアに必要最低限の報告や決裁を求めるだけ。かつてのように「新国家の未来を共に考える」対話の場では、もはやなくなりつつある。


 パルメリアの机の上には、厚みのある書類が何冊も積み重なっている。大統領令の数々に署名する彼女の姿は、まるで一人で国の全てを背負い込んでいるかのようだ。


 ――ただ、そんな彼女の周囲にも、わずかながら変化の兆しがある。


 そっとドアをノックしたのは、数年来パルメリアを支え続けてきた科学技術担当のクラリス・エウレン。そして、国防軍司令官を務めるガブリエル・ローウェル。かつては「頼もしい盟友」として、コレット領の改革時代から今に至るまで、ずっとパルメリアを支えてきた二人だ。


 しかし、近頃では彼らの顔から笑みが消え、パルメリアの前でも疲れ切った表情を見せる場面が多くなった。今日は、その「変化」が決定的なものとして表面化しようとしている。


 クラリス・エウレンは、研究と教育の分野を担当し、新政府の政策の中核を担っていた一人だ。革命時には、医薬品や兵站に関する知識を駆使し、パルメリアの部隊を後方から支援するという重要な役割を果たした。


 彼女は元々、純粋に「学問によって国を豊かにしたい」という信念を抱いており、革命後は農業技術や医療制度の改革にも大きく貢献してきた。実際、新体制がはじまった当初は、その研究成果が農村を少しずつ(うるお)し、疫病の防止にも役立っていると評価されたのだ。


 ところが、最近では「反政府勢力の捜索」や「取り締まり」が優先され、研究所自体が厳しく監視されるようになった。たとえ農業技術の改良や教育改革のプランを提出しても、「そんなことに手を回す余裕はない」と却下されるか、あるいは「危険分子を匿う場所になる可能性がある」として踏み込まれ、研究員や学生たちが取り調べを受けるなどの事態が相次いでいる。


 クラリスはその状況に強い疑問を抱きながらも、何とか研究を続けようとしていた。しかし、無遠慮に研究室へ押し入る兵士や官吏の態度は日増しに強硬となり、彼女自身も当局の「監視対象」として扱われているのを感じていた。


 さらに、周囲の仲間たちが次々と研究所を去り、ある者は地方へ逃げ、ある者は逮捕を恐れて身を隠す――。その光景が彼女の胸を深く痛めつけていた。


「私たちは、国を豊かにし、人々の暮らしを安定させるために研究をしていたはずです。それがなぜ『監視』されるようになってしまったの……?」


 それが彼女の抱える問いであり、執務室へと足を向ける際も、その暗い思いは晴れなかった。会いに行けばパルメリアが耳を傾けてくれるのではないか――そんな期待がないわけではなかったが、同時に「もはや話をしても無駄かもしれない」という諦観も、クラリスの胸を重く締めつける。


 もう一人、執務室を訪れるガブリエル・ローウェルもまた、かつては革命軍を率いた重要な人物だった。彼は騎士道精神に(あつ)く、腐敗した王政のやり方に我慢がならず、パルメリアの護衛騎士して共に決起した一人である。


 革命が成功したあと、ガブリエルは「国防軍司令官」の任を受け、旧王国軍の再編や治安維持の任務を担った。だが、最近の治安維持とは名ばかりで、事実上は「反政府勢力の鎮圧」を繰り返す日々。


 本人も「本来は国と民を守るための剣」であるべきと信じているのに、いつしか市民を取り締まり、ひとたび疑いがかけられれば逮捕へと突き進む――そんな現状に苛立ちと罪悪感を抱えていた。


 部下の中には、「これ以上、市民に剣を向ける任務はできない」と退役を申し出る者も増えている。さらに、かつて革命を支えた仲間の家族や友人が「反乱分子」の疑いをかけられ、理不尽に逮捕される状況を目撃すれば、いくらガブリエルが司令官として説得を試みてもその不満を抑えきれない。


 悩んだ末、彼はパルメリアのもとへ(おもむ)き、この問題を訴える決意をした。自分の口から正面切って話せば、少しは事態が改善されるかもしれない――そう信じたい気持ちがあったからだ。


 しかし彼の胸にも、「もしかすると、こちらの訴えが一蹴されるのではないか」という不安が大きく渦巻いている。彼は軍人である前に、パルメリアに誓った護衛騎士だ。もし彼女が本当に変わってしまったのだとしたら、どんな言葉をかけても届かないのではないか――そんな恐れを拭いきれずにいた。


 時刻は午後。外はにわか雨が降り出し、石畳を叩く水音が淡々と響いている。


 パルメリアは執務室で山積みの書類を前にしながら、深いため息をついた。旧王国軍残党の動きや、先日行われたデモを鎮圧した報告書、さらに人事異動や財政状況の緊急資料など、どれもが一刻の猶予もないと訴えているようだ。


 そのとき、ノックの音が響き、秘書が静かに扉を開けて顔をのぞかせる。


「大統領閣下。クラリス・エウレン様とガブリエル・ローウェル司令官がお越しです」


 パルメリアはペンを置き、短く応じた。


「入ってもらって」


 扉を開けると、クラリスとガブリエルが並んで姿を現す。どこかうちひしがれた様子の二人を見たパルメリアは、ほんの一瞬、瞳を伏せた。


(……二人とも、ずいぶん疲れた顔をしている。私だって胸が痛むわ。でも、今さらどうしようもない)


 そう思いながらも、表情を引き締めて、彼らを促すように応接セットへ座らせる。かつては和やかに語り合ったこの場所だが、今は重苦しい沈黙が部屋を満たしていた。


 先に切り出したのはクラリスだった。机の上に書類を置きながら、低い声で言葉を探す。


「パルメリア様……最近、研究所が厳しく取り締まられていることはご存じですよね。学生や研究員の私的な行動にまで目を光らせ、少しでも反対意見を述べれば『危険思想』とみなされる。それが恐ろしくて、多くの有能な人材が去って行っています」


 パルメリアはうっすらと息を漏らし、書類にざっと目を通す。


「そう。だけど、今は非常事態宣言下。それに乗じて反体制の動きが活発化したら、国全体が混乱してしまう。わずかな油断が、取り返しのつかない内乱を呼ぶかもしれないのよ」


 クラリスは、テーブルに添えた自分の手を強く握りしめる。かつて、この大統領である女性を「信頼」していた自分を思い出しながら、言葉を必死につなぐ。


「もちろん、私だって事態の深刻さはわかっています。でも、私たちの研究は本来、農民を救い、教育を普及させるためのものだったはずです。それがいまは、まるで『どんな研究をするか』さえ監視される。研究員や学生たちは、思想の疑いをかけられ、身動きできなくなる人も出ています。このままでは、国を良くするための学問自体が損なわれてしまいます」


 彼女の声には切実さがにじみ、ほんのわずか震えていた。パルメリアは目を伏せたまま、小さく首を振る。


「研究が国に役立つことはわかってるわ。でも今は、それよりも『安定』が優先されるべき。自由に研究しても、反乱分子が新たな武器や理論を拡散する可能性だってある。あなたなら理解してくれると思ったのだけど」


 その言葉に、クラリスの表情が苦く(ゆが)む。かつてパルメリアは「クラリスの研究が国を再建する」とまで言い、彼女を鼓舞してきた。ところが今は「危険な研究」の可能性を警戒するあまり、門戸を閉ざそうとしているように見える。


「……では、私たちが積み上げてきた改革の成果はどうなるのでしょう? 農村への技術普及も、学校の建設計画も、すべて放棄するつもりですか?」


 クラリスの問いかけに、パルメリアは眉を寄せ、少し強い口調で返した。


「放棄はしない。ただ、今は時期が悪いの。反政府勢力がうごめく最中に、手を広げすぎる余裕なんてないわ。あなたなら、賢明に判断してくれると信じている」


 会話が徐々に噛み合わなくなる。その沈黙を破るように、ガブリエルが重い声で口を開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ