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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第2章:強権と孤独の狭間で

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第61話 鎮圧された声②

 そして、隊列が広場の手前まで来たとき、先回りしていた部隊が列の進路を塞ぐように並んでいた。前日はまったく報じられていなかった「デモ計画」だが、どうやら当局側はしっかりと情報をつかんでいたらしい。


 デモ参加者たちが歩を進めると、制服姿の隊長らしき男が鋭い声を上げる。


「これ以上の進行は許可できない。非常事態宣言下では、無許可の集会とみなす。すぐに解散しろ!」


 その声に、一瞬で空気が張り詰めた。先頭に立っていた学生が叫ぶ。


「私たちはただ、声を届けたいだけなんです! 弾圧に反対する平和的な行進で、暴力は一切……」


 言い終わる前に、兵士の一人が学生を乱暴に押し返した。学生は地面に転倒し、周囲の参加者たちが慌てて駆け寄る。


 その瞬間、隊列の中から非難の声が次々に上がった。


「やめろ! 手を上げる必要なんてないだろう!」

「話を聞いてほしいだけだ! なにも闘いをしたいわけじゃない!」


 しかし警備隊は取り合わず、じりじりと前進してくる。銃を構える兵士の姿も見え、さらには後方から別の部隊が回り込むようにしてデモ隊を囲み始めた。


「解散しろ。従わない場合は『反乱分子の集会』として強制排除する」


 その宣言が(とどろ)いた途端、周囲の空気が凍りつくように感じられた。デモ参加者の多くが、ここで抵抗すれば命の危険さえあると悟り、小さく身を縮こまらせて動けずにいる。


 学生や商人、ジャーナリストは必死に言葉を尽くして「平和的に話し合いがしたい」と訴えるものの、警備隊にはまるで届かない。


 ついに、どこかで警戒のための威嚇射撃が行われた。パン、という乾いた銃声に広場全体が悲鳴で包まれる。泣き叫ぶ子どもを抱えた母親の姿が見え、足を(くじ)いた老人がうずくまる。近くにいた職人仲間が支えようと手を伸ばしたところを、警備隊の警棒が容赦なく振り下ろされた。


 爆発的に広がる混乱のなか、叫び声と怒号が入り混じり、遠巻きに眺めていた通行人たちまでもが後ずさりしていく。


「やめろ! 子どもがいるんだ!」

「落ち着け! 俺たちは暴れたりなんかしてない!」


 そうした必死の声も、強化された警備体制の前には無力だった。何人かは血を流して倒れ、慌てふためいた多くの人々が四散するように逃げていく。まさに一瞬で「平和的デモ」は押し潰されてしまったのだ。


 気づけば、広場には倒れ込む数名の姿と、その周囲に立ち尽くす警備隊が残されていた。プラカードや小旗は踏みつけられ、地面の上で破れ散っている。


 乱雑に蹴飛ばされた板には「自由を守ろう」と書かれていたが、その文字はもう誰の目にも留まらない。視界の隅には、泣き崩れている若い女性がいて、その肩を学生の一人が震えながら抱きしめている。だが、兵士の怒号が響くと、二人とも慌てて立ち去るしかなかった。


 こうして、ほんの数十分にも満たないうちに、首都で初めて行われた大規模なデモは徹底的に鎮圧された。平和的に意思表明をしようとした多くの人々が、力によって抑えこまれ、血を流し、あるいは逮捕され、あるいは逃亡した。


 遠巻きに見ていた通行人の中には、かつて革命を熱心に支持していた者も数多くいたが、誰一人としてこの場で声を上げることはできなかった。彼らはただ、「ここで何か言えば次は自分がやられるかもしれない」という恐怖に身をすくませるしかない。


「王政を倒したのに……なんで、こんな世の中になっちまったんだ」


 誰かがつぶやいたが、その声もすぐかき消されてしまう。騒然とした広場を、警備隊の兵士たちが無言で整理し、やがて人々は蜘蛛の子を散らすように立ち去っていった。


 破れた横断幕が風に煽られてはためくたびに、その文字――「私たちの声を聞いて」は痛々しく地面を擦るばかりだった。


 そのデモの一部始終は、すぐに新政府の中枢へと報告された。パルメリアが執務室で書類に向かっていたところへ、慌ただしく官吏が駆け込み、緊迫した面持ちで伝える。


「大統領閣下、本日午後、首都中央で無許可の集会が行われ、警備隊による鎮圧が行われました。多くの逮捕者と負傷者が出ております。主導者と思われる数名が拘束され、詳細な取り調べが始まっています」


 パルメリアはペンを置き、深いため息をつく。


 そこに待ち構えていたかのように、レイナーとユリウスが入室してくる。二人の表情からは明らかな動揺と怒りがにじみ出ていた。


「パルメリア、どうして……。ただ意見を述べたいだけの市民に、ここまで強硬な手段を使う必要があったのか?」


 先に声を上げたのはレイナーだった。彼は外務担当として国内外の反応を熟知しており、これ以上国際社会からの批判が高まれば、経済や外交面でさらなる孤立を生むと危惧している。


 一方、ユリウスも激昂するのをこらえながら、机を拳で軽く叩き、詰問する。


「聞けば、今回は明らかに平和的なデモだったと。王政が倒された後、俺たちは『民衆の声を大切にする政治』を夢見てたんじゃなかったのか? こんなやり方が、それに合致するのか……」


 パルメリアはうつむきながら書類を整理する。しばしの沈黙の後、苦々しげな声で口を開いた。


「放っておけば、反乱分子が紛れ込んで混乱を扇動するかもしれない。今の国情では、一度でも大規模な衝突が起きれば、大勢が巻き込まれてもっと酷い事態になる。……だから、未然に防ぐ必要があったの」


 その言葉に、レイナーは怒りを抑えきれないまま言葉をぶつける。


「でも、それじゃあ王政と変わらない。いや、それどころか、警備隊が市民に銃を向けるなんて、王政時代でもそう簡単に起こりはしなかったぞ! 国内の人々がこれほど恐怖に(おび)える状況に追い詰められて、どうして君は平然としていられるんだ!」


 パルメリアは苦しげに目を閉じ、唇を噛んだあと、低い声で応じた。


「平然なんかじゃない。……私だって心を痛めているわ。でも、国を守るためには、時に強権が必要だと思っている。ここで甘い顔をして、もし内乱になれば、それこそ収拾がつかなくなる。大勢の無辜(むこ)の民が血を流すよりは……」


 そこまで言いかけて、言葉を飲み込む。彼女自身も、平和的なデモすら潰す現状を望んでいたわけではない。しかし、今さら方針を大きく変えれば、「旧貴族や反政府派が息を吹き返す」と考えると、踏み切れないのだ。


 ユリウスは悲しげな表情で拳を開き、しわがれた声で告げる。


「パルメリア、俺にはもう、君を説得する術が見えない。だけど、覚えておいてくれ。民衆が口を塞がれて、血を流して、それで保たれる秩序なんて、本当に正しいのか……」


 そう言い終えると、ユリウスは執務室から踵を返し、レイナーも後を追うように出ていった。


 残されたパルメリアは、机の上に置かれた逮捕者名簿を見つめながら、かすかに震える手を押さえる。数か月前まで「自由だ」「革命万歳」と笑い合っていた市民すら、いまや取り締まる対象になり得る現実――それが示すものは、彼女自身の心を(むしば)んでいた。

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