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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第一部 第1章:運命の転機

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第7話 新たな決意①

 パルメリア・コレットが提案した領地改革の第一歩が、ようやく実行に移されようとしていた。輪作や排水路の整備に関する計画を最初に実験的に導入する地区が決まり、必要な道具や人員の手配も進み始めた。だが、家臣たちはまだ半信半疑のまま。村人たちも「本当にうまくいくのか」と疑い混じりである。


 それでも、公爵本人が承認した施策である以上、目立った反対は起こりにくい。とはいえ、陰では「今回もすぐ撤回されるのでは」「お嬢様がたまたま興味を持っただけ」といった声も漏れていた。パルメリアはそれを承知しながらも、ここで諦めるつもりはまったくなかった。


 何より、この短い期間で村には微妙な変化の兆しが見られた。最初はパルメリアを遠巻きに見ていた農民が、「お嬢様自ら話をしてくれた」「とりあえずやってみる」と前向きに動き出したり、一部では「排水路を改修するなら、自分たちも協力してみよう」という声が上がったりしている。


 家臣の間では、「お嬢様の熱意は認めるが、やはり資金が心配だ」という意見が根強い。しかし、公爵令嬢が自ら領内を駆け回り、泥だらけになっても説明を繰り返す姿は、一部の家臣たちの心を少しずつ動かしつつあった。抵抗や警戒は依然あるものの、あからさまに反対する者はいない。


(私が行動しなければ、誰も本気で動かない。いくら家臣を説得しても、結局は私が先頭に立って示すしかないのよね)


 そう感じるパルメリアは、今や改革に必要な情報を集めるため、連日連夜のように自分の執務室へこもっていた。昼間は村や倉庫を巡り、家臣や商人と細かく話し合い、夜になると資料とメモを整理しながら次の手を考える――いつのまにか、そのサイクルが彼女の日常になりつつあった。


 この日も、夜が更けて屋敷内がしんと静まり返る頃、パルメリアは執務室の机に山積みの書類を広げていた。ランプの柔らかな灯りが書類の端を照らし、壁には細やかな影が揺れている。窓の外に目をやると、月明かりが庭石を白く照らしていた。


 それでも、広い館の一角では物音ひとつしない。遠くで夜回りの足音がかすかに聞こえる程度で、他にはすべて沈黙に包まれている。パルメリアはその静寂を感じながら、手元の記録を丁寧に読み込んだ。


 輪作を行うために必要な品種や肥料の選定、排水路の具体的な施工手順、それに伴う費用の概算……前世で学んだ知識と今この世界の実情を組み合わせるための作業は、思った以上に骨が折れた。比較対象がまるで違うからだ。


 それでも彼女は目を逸らさず、ペンを握りしめ、懸命に文字を走らせている。眠気が押し寄せようとも、ここで手を止めるわけにはいかない――そう思えばこそ、杯に用意してもらったハーブティーを口に含んで眠気を払いながら机に向かうのだ。


 ふとパルメリアは、ペンを置いて小さく息をついた。指先には既に疲労が積もっており、肩も凝り固まっている。窓の外の月はすでに高く昇り、夜半を過ぎているのは間違いない。侍女のハンナが「お嬢様、あまり無理なさらぬよう」と声をかけてきたのはいつだったか――時計を見る余裕すらなかった。


 それでも、部屋の静寂とランプの揺れる炎を見つめるうち、彼女の脳裏にいくつかの光景がよみがえる。


 まずは荒れ果てた村の姿。枯れかけた畑、疲れ切った農民たち、そして「本当にどうにかなるのか」と目を伏せた子どもたちの顔。あの光景を思い出すだけで、胸の奥が(きし)むように痛む。


 そして、夜の廊下を歩きながら出会った家臣の一人が、「お嬢様の勇み足ではないか」とやんわり忠告してきた光景も浮かんだ。彼女にとっては、そんな冷たい言葉すら、行動を諦めさせるものにはならない。むしろ、「自分で変えないと何も変わらない」という意識を強めるだけだった。


(そもそも私は、追放される未来から逃れるために動いていたつもり……でも、今はそれだけじゃ足りない。みんなを救わなきゃ――)


 パルメリアは小さく声にならないつぶやきを飲み込み、書類の端をめくる。かつては「悪役令嬢ルートを回避する」という目標だけがあったのに、今ではそんな個人的な思いに留まらず、「領地全体を救う」という使命感に突き動かされている。


 破滅を回避するには、領地が破綻しては意味がない。だが、ただ自分の身を守るだけではなく、領民たちの暮らしを守ることこそが結局は自分の未来も左右するのだ――それに気づいて以来、彼女のモチベーションは前世の社畜生活では考えられないほど大きくなっていた。


「こんな深夜まで……でも、やらなきゃ。私にできることは全部、試してみないと」


 誰もいない執務室で、パルメリアはかすかにつぶやく。ランプの照明が書類の文字を薄く照らし、陰影がその横顔に投げかけられている。時計の秒針がカチ、カチと刻む音だけが静かに聞こえた。


 さらなる資料へ手を伸ばすとき、扉の向こうから控えめなノックが響いた。パルメリアが「どうぞ」と返事すると、侍女のハンナが控えめに顔をのぞかせる。


 ハンナは申し訳なさそうに頭を下げ、「夜もずいぶん更けております。お休みになられたほうが……」と声を潜めて言った。パルメリアはやわらかな笑みで応えながら、首を小さく振る。


「ありがとう、ハンナ。でも、もう少しだけ……ね。あと少し資料をまとめたら、ちゃんと休むから」


 ハンナはパルメリアの疲労した瞳に気づいているのか、心配そうな顔をしたが、「かしこまりました。どうかご無理なさらぬよう……」とだけ告げて静かに退室する。扉が閉まると執務室は再び沈黙に包まれ、ランプの頼りない灯りと月光だけが薄く室内を浮かび上がらせた。


(追放回避なんて小さな目的じゃない。この領地こそ、私が守るべきもの。誰が何と言おうと、ここを変えてみせる)


 パルメリアは自分の中でくすぶる思いを押し固めるように、深く息をつく。机に手を置き、「絶対に変えてみせる」と小声でつぶやいた。くぐもった声は室内の暗い空気のなかに溶け、すぐに消えていったが、確かな決意は残る。


 彼女はペンを握り直し、書類へ目を戻す。夜の静寂が広がる中、紙に擦れるペン先の音だけがかすかに響き続ける。

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