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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第1章:革命後の現実

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第58話 強権への第一歩②

 さらに拍車をかけるのが「国家保安局」の動きである。


 パルメリアが非常事態宣言に続いて「保安局の権限強化」を定めた新たな大統領令を署名したことで、反対派への取り締まりがより苛烈になってきた。反政府活動の疑いをかけられた者、旧貴族派に関わりがあると目される者、さらには「現政権の批判を口にした」という理由だけで密告される者――こうした人々が次々と逮捕・尋問されている。


 「これは国を守るために必要な措置」とパルメリア自身が明言しているが、街の通りには暗い噂が流れる。「王政時代と変わらない秘密警察が生まれた」と。一度取り調べを受けたら、無罪を証明するのが困難だという恐れは、民衆をますます黙らせる結果になっていた。


 議員や官吏の中にも、王政時代を思い出し、身震いしながら執務を続ける者が増えている。特に保安局の新幹部には、革新的な改革を訴える立場からいつの間にか「強硬派」へ転じた者や、革命期に血なまぐさい戦闘で名を上げた者などが多く、彼らが一斉に権限を拡大し始めた。


 パルメリアは彼らをうまく制御しつつ、同時に利用しなければならない立場に置かれている。内心、その危うさを感じながらも、もう引き返せないのだ。


 ある夕刻、レイナーは外務の仕事を一段落させて急ぎ執務室を訪れた。


「パルメリア、ちょっといいか? 大統領令が続々出されていることで、周辺諸国の反応がさらに悪化しそうなんだ。いくら僕が外交で『国内の混乱を収めるため』と説明しても、軍拡と秘密警察の強化が同時進行しているせいで、恐れられているんだよ」


 彼の声には切実な訴えがこもっている。革命が成功してまもなくの頃、周辺諸国は新生共和国に期待を寄せたのに、今では「危険な隣国」とみなされつつあるという。


 パルメリアは机に並ぶ書類から目を上げ、眉間に皺を寄せる。


「わかってるわ。私だって、好き好んで強権を振るっているつもりはない。……でも、レイナー、現実問題として国外から援助が期待できる状況でもないでしょう? もし国内の反乱が拡大すれば、国自体が崩壊するかもしれないのよ」


 レイナーは苦い顔をしながら、資料を差し出す。


「これが各国の声明だ。『貴国は革命の名を借りた専制に突き進んでいるのではないか』――そういう論調が増えてる。僕の言葉だけじゃ説得が難しいし、実際に保安局が動き出した話も漏れている。これ以上、海外の信用が下がれば、交易も資金も止まってしまう。国の立て直しはさらに難しくなるんじゃないか?」


 彼の憂いに満ちた声を受け、パルメリアは一瞬だけ言葉を失う。強権を振るうことで内乱を防いでも、外国から孤立すれば長期的な再建は困難を極める。


 だが、喉元まで出かかった「それでも仕方ない」という言葉を抑え、パルメリアは深く息を吐く。


「……もし私たちが強権を使わなければ、今度は内側から国が崩れるわ。――もちろん、外交も(おろそ)かにはできないから、あなたにも協力して欲しい。でも、当面は秩序を守るために、こうするしかないのよ」


 レイナーはその横顔を見つめ、ぎりぎりと奥歯を噛みしめる。


「わかった。僕もできる限り動くよ。……だけど、本当に大丈夫か? 強権を手に入れた政権が正義を見失うのは、歴史が何度も示してきたことだ。君だけは、王政と同じ(てつ)を踏まないと信じてるんだ」


 パルメリアは一瞬だけ瞳を伏せ、それから「ありがとう」と微笑む。その笑みには、儚い陰りが混じっていた。


 同じころ、内務や治安を担当するユリウスは、議会の一室で複数の議員に囲まれていた。


「こんな形で法外な権力が集中すれば、我々は王政を打倒した意味がないではないか!」

「今度は大統領という名の『女王』が誕生したようなものだ。君は黙ってそれを見過ごすのか?」


 こうした批判の声に対し、ユリウスは心身ともに疲弊しながらも説明に努める。


「わかっている。けれど、今は内乱が各地で起こりつつある。放っておけばさらなる流血は必至だ。……俺だって、本当は革命の理念を死守したい。だけど、このままでは国全体が危機に(ひん)しているんだ」


 激昂する議員たちを前に、ユリウス自身も「力だけで解決できると思っているわけではない」旨を強調するが、誰も納得しきれない。その場は混乱し、結局彼は何も答えを出せないまま会合を終える。


(このままじゃ、ほんとうに王政を倒した意味がなくなるかもしれない。……でも、どうすればいい? パルメリアを止めれば、余計に混乱を招くかもしれない。かといって、この強権路線に反対しても国を守れないかもしれない)


 ユリウスは廊下を独り歩きながら、自問自答を繰り返す。何を選んでも痛みが伴う状況に、彼の心は引き裂かれそうになっていた。


 数日後、パルメリアはその強権的な路線をさらに鮮明にする大統領令を発布した。それが「特別裁定委員会」の設立である。


 王政が倒れ、暫定政府ができたときに考えられた「迅速な司法制度」の代替案として用意されていたはずだが、実際には「反乱・テロ・陰謀」に関して即座に取り締まり、議会を通さずとも裁定を下すことができる“非常法廷”的な組織になっている。


 布告が発せられた日の朝、首都の広場で兵士がその内容を読み上げた。人々は足を止め、不安そうに顔を見合わせる。


「旧貴族の陰謀も、反政府活動も、みんなひとくくりにして裁くのか?」

「これでは疑わしきは全員逮捕だ……」


 一部の商人や職人は、「もう面倒ごとに巻き込まれたくない」とばかりに、黙って従う構えを見せる。粛清されるリスクを犯してまで意見を表に出す余裕などないのだ。


 こうして、市民たちは「沈黙」によって秩序を保つ道を選び始める。同時に、王政時代の圧政と二重写しになっているような恐怖が、街全体に静かに染み渡りつつあった。


 パルメリアは布告を終えた直後、執務室で官吏たちを集め、委員会の具体的な運用を打ち合わせしていた。そこでは反対意見もほとんど出ず、ただ彼女の指示をメモする官吏の筆の音だけが響く。


 裏を返せば、この空気こそが「強権」による支配の始まりを象徴しているともいえる。議論の余地は少なく、パルメリアの決定が即座に法と化していく光景に、何人かの官吏は怯えたような表情を見せていた。


「特別裁定委員会は、暴動や陰謀の芽を迅速に摘むために必要です。議会が機能しきれない今、スピード感ある対応で内乱を回避しなければ……。いずれ正式な司法制度を整備して、権限を縮小するつもりです。――しかし、今は非常時です」


 パルメリアはそう言いながら、わずかに喉が渇くのを覚える。自分の声がどこか固く響く。


(本当は私だって、こんな権力を思いのまま握りたいわけじゃない。けれど、国を混乱から救う手段がこれしか見えないのなら、私が責任を負うしかない……)


 官吏たちは一斉に「承知しました」と答え、次々と指令書を受け取って散っていく。彼らの後ろ姿を見送りながら、パルメリアは椅子に深くもたれ、軽く目を閉じる。

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