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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第1章:革命後の現実

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第57話 非常事態宣言①

 春先の朝。空は低く垂れこめ、冷たい雨がしとしとと降り続いている。革命後の首都には、まだ荒廃の跡が色濃く残り、街を往く人々の足取りはどこか重かった。かつて王政を打倒したときの歓喜や熱気は、もうすっかり消え失せている。


 そんな静かで陰鬱な朝に、パルメリア・コレットは早くも執務室で緊急報告を受けていた。いつものように山積みの書類の前に立ちすくむ彼女。その瞳には苦悩の色が消えない。


「大統領閣下、首都近郊の集落が今にも衝突状態に陥る恐れがあるとの報告です」


 白髪混じりの官吏が息を切らしながら駆け込んできた。手には雨粒に濡れた報告書が握られている。


 パルメリアはそんな彼を落ち着かせるように軽く手を上げ、「まずは詳しく聞かせて」と静かな声で促した。


「旧貴族に繋がる武装集団が、夜陰に乗じて大量の武器を運び込んだとのことです。警備隊からの情報では、農民たちも身を守るために集まっており、一触即発の状況だと。地方での鎮圧があったとはいえ……やはり根本的に不満が解消されていないのでしょう。どこで大規模な暴動が起きてもおかしくない、との報告です」


 官吏の声には悲壮な響きがあった。革命後、みなで王政を打ち倒し、「より良い国」を目指そうとしていたはずが、現実には混乱が続いている。「王政の復権」を望む旧貴族派や、飢えから過激化する農民たちが動き始めれば、首都とて安全ではない。


 パルメリアは唇を噛みしめ、部屋の窓辺へ目をやる。ガラスを打つ雨の音が、やけに耳に残る。


(やはり、地方を力で抑え込んだだけでは終わらなかった。反発の火種が首都近くまで広がっているなんて……もし本当に火の手が上がれば、内乱が起きてもおかしくないわ)


 深い息を吐きながら、彼女は苦い決意を胸に抱く。ここで静観すれば、国そのものが崩壊するかもしれない。


「わかったわ、あなたも大変ね。……でも、混乱をさらに広げないためにも、首都の防衛を強化しないと。まさに今、この瞬間を逃せば――」


 そこまで言いかけたところで、扉の外がざわついた。どうやら、臨時議会の要職たちが急ぎ集まっているらしい。誰かが駆け回り、「早く大統領閣下を」と呼びかける声がかすかに聞こえる。


 パルメリアは官吏に向き直り、短く指示を出す。


「議会に出向くわ。首都の防衛についても、すぐに軍部と詰めて頂戴。混乱が広がる前に、首都を守るための策をまとめる。もし何か追加情報が入ったら、すぐに知らせて」


 官吏は神妙な顔つきで深く頭を下げ、廊下へ消えていく。残されたパルメリアは一瞬だけ目を閉じ、「また強硬策を取らなきゃいけないのか」と自問する。


 間を置かずして、臨時議会が召集された。紋章の外れた古い議場には、この国の要職たちが一斉に顔を揃える。一部の議員は落ち着かない様子で立ち上がったり座り直したりしており、場内には不安と緊迫が混じり合う空気が漂っていた。


「大統領閣下、お忙しい中失礼します。早速ですが、首都近郊の内乱勃発の可能性について……」


 パルメリアが議席の中央に立つと、年配の議員がすぐさま声を上げる。いつになく慌ただしく、彼自身も顔色が良くない。どうやら、武装勢力による脅威が思った以上に差し迫ったものだという実感があるらしい。


 後方の席からも複数の議員が続けて声を上げる。


「大統領閣下、地方の鎮圧が一時は成功したとの報告でしたが、全く安心できない状況ではありませんか?」

「首都にまで火の粉が飛んでくるようであれば、早急に兵を動員する必要があります。ですが、同時に民衆への説明も欠かせません。彼らは『もう新政権も王政と同じなのか』とささやいているんですよ!」


 飛び交う意見に、パルメリアは胸の痛みを押さえながら深く息を吐く。


「……わかっています。だからこそ、私は非常事態宣言の発令を考えています。首都周辺に本格的な治安強化策を施さなければ、攻め込まれる前に内側から崩壊しかねません」


 その言葉が議場に落ちた瞬間、空気が急に凍るような感覚が広がる。非常事態宣言――革命直後の混乱を乗り越えるための手段として、いずれ話に出るかもしれないと噂されてはいたが、実際に発令する段階になると議員たちは明確に恐れを抱く。


「非常事態宣言だって……」

「本当にそこまでやるというのか?」

「力の行使ばかりが先行すれば、王政時代と変わらないんじゃないか?」


 一斉に声が湧き、動揺が広がる。パルメリアはそれを受け、再び言葉を重ねる。


「私も好んで強権を振るいたいわけではありません。ですが、反乱勢力が首都周辺まで迫っている以上、普通の手段では追いつかない恐れがある。――もう時間がないんです!」


 議場は騒然となり、あちこちから意見が飛び交う。


「だが、我々の掲げた自由はどうなるのだ!」

「農民たちに対する説得や支援を先にすべきでは?」

「それだけの余裕があるのか? 敵はすぐそこまで来ている!」


 意見がまとまらないまま議論が錯綜する。しかしパルメリアの決意は揺るぎなかった。自分がここで迷えば、さらに多くの血が流れるだけだ――そう彼女は信じるしかないのだ。


 やがて、興奮した議員たちが口を(つぐ)み始めると、パルメリアはゆっくりと息を整え、一段落とした声で宣言する。


「私としては、首都防衛と治安維持を最優先にするため、非常事態宣言を発令します。議会の同意が得られなくとも、私の権限で進めざるを得ない状況です。皆さんも、本当は理解しているはず。――今、ここで対応を誤れば、国が分裂してしまうかもしれないわ」


 その言葉に議員たちの間からは賛否両論が沸き起こる。強硬派の一部は「これはやむを得ない措置だ」とうなずき、穏健派は「革命の理念を踏みにじる」として猛反発する。


 だが、事態が差し迫っている以上、この場で長々と論争を続ける余裕はない。混乱したまま臨時議会は中断され、結局パルメリアの独断による強権発動が事実上認められる形となった。


 パルメリアは執務室に戻ると、主要な官吏や警備隊の指揮官たちを呼び集め、果断な口調で命令を下す。


「議会の同意はまだ十分ではありませんが、時間がありません。大統領として命じます。首都および近郊に非常事態宣言を出し、治安維持体制を最優先に強化してください。検問を設け、武器の持ち込みを厳しく監視します。地方からの部隊も再編し、首都防衛を固めなければなりません」


 官吏たちは驚きを隠せない様子だったが、彼女の命令に従ってすぐに動き始める。強硬策への不安は募るばかりだが、反乱勢力が首都へ迫っているなら、手をこまねいてはいられない。


 パルメリアは戸惑う彼らを見まわし、固い声で言い放つ。


「私だって、こんな形で力を振るうのは望んでいません。でも、国を守るには、いま行動しなければ取り返しがつかなくなる。――文句があれば、後で私が全ての責任を負います」


 その言葉に、官吏たちは息を呑みながら、静かにうなずき退室していく。


 革命後に誕生した新政府が、ここまで強権を握るとは予想していなかった者も多いだろう。だが、誰もこの場で「反対」の声を大きく上げることはできない。火急の事態が目の前にあると信じられているからだ。

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